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柔道対決

 第一学年 七月三十日 火曜日

 宝塚市民体育館 武道場 


 この日は小雨が降っていた。

 柔道着を纏った一文字は、静寂が支配する武道場へと足を踏み入れた。

 そこにはあぐらをかいて座る坊主頭の男がいた。小林銀平だ。

 二人は柔道の練習をするために武道場に来ていたのである。


「それにしても一さん、よう逃げんとここまで来たのう」

「逃げる? 俺が誰から逃げる必要があるんや?」

「ええ度胸やのう」

 二人は準備運動をしてから、交互に技を掛け合う打ち込み稽古を行った。そうして三十分ほど経過した頃、銀平が言った。


「体も温まったし、そろそろ試合でもやるか?」

「おう、望むところや」

 夏の蒸し暑い日、温まったどころか二人はバテかけていた。


 一文字と銀平は、道場の中央で互いに一礼すると一定の間隔で対峙する。

 その距離、約一メートル。

(小内刈りで態勢を崩したら、一気に懐に飛び込んで背負い投げで決める)

 小柄で腕力で有利な銀平は、一文字の懐を狙いつつ、じわりじわりと間合いを詰める。


(奥襟をとって大外、堪えられたら体落としに連絡)

 一文字も自分なりの戦術を持って対抗する。


 両者、少しでも優位な状況をつくろうと釣手と引手を必死にとりあう。

 過熱する攻防の中、畳に足を取られたのか、一瞬、銀平の腰がガクリと落ちた。

(隙あり!)一文字はすかさず奥襟を掴もうと右手を伸ばす。


(よし、誘いに食いつきよった!)

 銀平は、一文字の右手が伸びたところを見計らって、勢いよく懐に飛び込むと、瞬時に襟と袖をがっちり掴み、体を小さく丸め込んで背負い投げを敢行する。


(くっ、やるな銀ちゃん、せやけどこれなら堪えきれる!)

 一文字はとっさに腰をひき、重心を後方に移して堪える。


「ぬうう・・・」


「こなくそ!」

 銀平はさらに身を縮め、渾身の力で一文字を投げ込もうとする。

(まだまだ~!)

 一文字は銀平の強引な猛攻を、顔を真っ赤にしながら必死に耐えしのぐ、膠着の末、銀平の力が徐々に弱まっていく。


(よっしゃ、バテよったな、チャンスは逃さへんで)

 一文字は反撃とばかりに、背中をさらす銀平を後方に引き、足を引っ掛けた。

 銀平の体は大きくぐらつき背中から落ちる・・・と思いきや、

 器用に体を捻り前受身の状態で畳に落ちた。


(あぶな!ここは耐えるしかない・・・)

 銀平は自分の襟をがっちり掴んで絞めに備える。

(くそ、逃さへんで、何が何でもここで決めてやる!)

 すかさず一文字はひっくり返そうとすがりつくが、銀平は亀のように身を固め隙がなく、攻めきる事ができなかった。


 しばしの膠着があったため、互いに立ち上がり再び対峙する。

 この状況、一見すると振り出しにもどったようだが、スタート時とは大きな違いがあった。

 普段から部活で技、体力ともに鍛え続けている銀平に対して帰宅部でぷらぷら過ごしている一文字は体力的に余裕がなくなってきていたのだ。


(あかん、集中せな、集中、集中、とりあえず距離おいて、細かい技で時間稼いで回復せんと・・・)

 一文字は出足払いで牽制しようと左足の土踏まずで銀平の右足のくるぶしを払いにいったが、その足の動きは本人が思ったほどキレがなかった。


(勝機!)

 銀平はそれを見逃さない、本能的な動きで素早く膝を曲げそれをかわすと、すかさず膝を伸ばし、逆に空を泳いでいた一文字の左足のくるぶしを勢いよく払った。


「え!」


 気の緩んでいた状況での意表を突く返し技に、一文字はなすすべなくバランスを崩し背中から畳に打ちつけられた。一本である。


 勝ちを手にした銀平は満面の笑みを湛えてこう言った。

「一さん見たか、俺の必殺技、燕返しや!」

「なんや、新しい技を身に付けよったな!」

「おうよ! それにしても、ここんとこ俺の五連勝や、これで通算二十勝五敗、一さんの勝率が二割切るのも時間の問題やな」

「なんや、俺が弱なったとでもいいたいんか?」

「それもある、でもそれ以上に俺が強なったということかのう、ふぉっふぉっふぉ」

 腕を組み、わざとらしくジジイ風に笑う銀平に、少しムカついたが、言うことも一理あると認識せざるを得ない。


 俺はこのままでいいのか?


 一文字はぼんやりと自分を遠くから眺めていた。


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