意地っ張り
甘えたい。
くっつきたい。
仕事してるのは分かってるけど。
「ねぇ…お出かけしたい」
「いってらっしゃい」
「いってきます…じゃなくて一緒に!!」
「仕事してるからダメ」
眼鏡をかけたあなたはパソコンしか見ていない。
仕事になると異常に真面目になるあなたに、私は少し困っていた。
やっとテストが終わってのんびり過ごす時間が出来たのに、
相変わらずあなたは仕事に没頭。
2人でじっくり過ごす日はまだなかった。
この何日間、少しも構って貰えない私はそろそろ限界に近かった。
「ねぇ…明日も仕事?」
「仕事」
「明後日も?」
「お仕事」
「明々後日も?」
「ジョブ」
「その次も?」
「グッジョブ」
「面白くないんだけど」
「そうか、それは残念だ」
訳の分からないボケにツッこんでみるものの、
一向に自分の方を振り向く様子のないあなたに、私は遂に怒り散らした。
「もういいよ!!知らない!!仕事ばっかりしてたらいいんだ!!」
そう言い残すと、鞄を引っつかんで部屋のドアを乱暴に閉めた。
あいつが行ってしまった後のドアを、俺はしばらく呆気に見つめていたが、
ひとつ溜息をつくと、また仕事に戻った。
恋人といえども仕事の邪魔はして欲しくないのが本音であったからだ。
だが、作業を進めて行くにつれて、何故か思うように手が動かない。
さっきまで浮かんでいた企画が急にぼやけてなくなった。
その原因はもちろん、あいつ。
確かにあいつの立場になってよく考えてみると、適当に遇われるのは快くは感じられないだろう。
ましてや、自分の恋人であるなら尚更。
不安に陥いるのも当然である。
俺は居ても立ってもいられなくなった。
同時に、自分の身勝手さと鈍感さに唇を噛んだ。
気が強く、俺の事を誰よりも分かっているあいつは、
『構って欲しい』などと言えなかったのは想像出来たはずなのに。
今の時刻は午後5時。
あいつはまっすぐ自分の家に帰っているとは思えない。
俺は必要最低限のものを上着のポケットに突っ込むと、家を飛び出した。
後悔。
今の私の胸の中には、怒りよりもその方が勝っていた。
段々と日が暮れ、辺りがイルミネーションで飾られる様子を目にしながら、
海辺の柵にもたれ掛かって溜息をつく。
今頃、あの人も自分に呆れてついているだろうと。
『出掛けたい』という言葉は、本意ではなかった。
ただ、一緒に過ごす口実が欲しかっただけ。
仕事より自分が大事だと確かめたかっただけ。
自嘲した。
あの人がやりかけた仕事を、放っておける性格ではないのを知っている自分に。
自分から突き放しておいて、やはりあなたに抱きしめて欲しいと思う自分に。
涙が込み上げて、慌てて腕に顔を埋めた。
こういう時、女でよかったと思う。ドラマみたいじゃん。
「ばかぁ…」
後悔とは裏腹な言葉しか、口からは出なかった。
「分かってるよ」
背後から声が聞こえた瞬間、後ろから優しく抱きしめられた。
期待してもいいだろうか。
振り返ってもいいだろうか。
まさか別人だとは思えないけど。
光が射した気分だった。
相手を確かめずに、続ける。
「よく…ここが分かったね」
「いつか一緒に行こうね、って約束したのは誰だっけ?
休日はカップルが多いから、なるべく少ない日がいいって」
そう、ここは夜景が有名な海浜公園で。
男の言う言葉にも、心当たりがある訳で。
「ねぇ…あなたでしょ?って聞いてもいい?」
「他に誰がいるの、って聞きたいんだけど」
振り返って、その男に抱き着く。
数時間離れただけなのに、感触が懐かしく感じた。
愛おしそうに男の手が私の髪を撫でると、
涙が更に込み上げた。
「あーあ、こんな顔して」
そっと私の顔を上げさせると、あなたは笑って言った。
「誰のせいだと思ってるの」
また裏腹。本当は自分から謝ろうと思ってたのに。
あなたは、ごめん、と言いながら微笑むと、今度は自分から私を抱きしめた。
「せっかくの夜景…見えないんだけど…」
「意地っ張りだなぁ。後でじっくり見ればいいだろ」
裏腹な自分を、あなただけがいつも気付いてくれる。
end.