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婚約破棄予定の悪役令嬢なんだけど、ヒロインより先に婚約者を泣かせてしまった

作者: にふゆ

「レナード様、お味はいかが?」

「美味しいです。頬っぺたが落ちそうだ」

「ケーキばっかり食べていないで、お紅茶も飲んでくださいね。やっとのことで取り寄せた希少なものでしてよ」


私はアシャザ王国のマール子爵家の令嬢リリア。縦ロールの金髪がいかにもなお嬢様だ。

そして、そのマール家の庭園でお茶を共にしているのは、レナード・ディート。黒髪に緑の目をした落ち着いた雰囲気の青年だ。十人中百人が惚れそうなくらい顔がいい。甘党の彼は幸せそうにチョコレートケーキを頬張っていて、実に可愛い。

ディート家は伯爵の家柄で、代々薬草の研究でめざましい実績をあげてきている。元々はうちと同じ子爵家だったのだけど、レナードのお父上が毒殺されそうになった現陛下を救った功績を評価されて伯爵にランクアップしたのだ。

しかし、王家からの信頼も厚く、それまで地味~に薄~く貴族社会に溶け込んでいたのにいきなりの大躍進を遂げたディート家を妬む奴らがいて。彼らはとある噂を吹聴し始めた。

その噂とは、ディート家が王に毒を盛り自らその解毒を行ったというマッチポンプ説だ。今までディート家が薬草研究一筋でパッとしなかっただけに、信じる貴族もちらほらといた。

でも、私は信じなかった。

何故か。それは知っていたからである。

ここは前世、『癒しの乙女』というタイトルの小説だった世界だ。現代日本人だった私はそれを愛読しており、その中でも推しキャラはこのレナード・ディート。可哀想すぎるという同情から始まって、ずぶずぶと沼にはまった。

そう、この目の前で幸せそうにケーキを頬張るレナード。非常に可哀想な役回りなのである。

小説のストーリーはざっくり言うと、女性不信のレナードとヒロインがなんやかんやで恋に落ちていく話だ。

小説内のレナードは幼少期に継母に虐待同然に辛く当たられ、密かな恋心を抱いていたメイドが自分を殺そうとしてきて、婚約者は自分を見映えするアクセサリー兼パシリとしか思っていない成金令嬢。成金令嬢はヒロインが男爵家であると下に見て馬鹿にしていて、何かと突っかかってくるいわゆる悪役令嬢といった役回りだ。そして、この成金令嬢が私が生まれ変わった子爵令嬢である。

マール子爵家は元は商人で、金儲けの才能が有りすぎる一族だった。爵位も国への寄付が元であったほど。

私とレナードが婚約したのも、マール家にとったら新事業のひとつでしかない。うちの父親が製薬の方面にも着手したかったようで、ディート伯爵家に目を付けたのだ。

ディート伯爵家は貴族だが領地もそこまでうま味のある土地ではなく、決して裕福な家ではなかった。だから彼らにとって、領地のみならず、自分達の研究にも資金援助をしてくれるといううちの提案は大歓迎だったらしく、父が話を持ちかけたその日中に私たちの婚約は成立した。ちなみに、私が記憶を取り戻したのはこの時、私たちがお互いに五歳の頃だ。顔合わせで会わせられて、レナードを見た瞬間に記憶が甦った。

これで原作通りだったら私はレナードを下僕同然に酷く扱ったはずだった。なんせこちらはスポンサー、レナードは逆らうことができない。

しかし、レナードは私の推しである。小説ならばレナードの不幸は物語を盛り上げるためのスパイスだったけれど、推しの不幸は私の不幸。物語が盛り下がろうがなんだろうが知ったこっちゃないのである。

私はレナードに襲い来るはずの不幸を片付けてしまうことにした。

まず、継母の問題。まず、レナードの生母は病死だ。幸いにもまだ彼女は存命だったので、金にものをいわせてありとあらゆる治療法を試し、完治までこぎ着けた。その際には家族である旦那や息子よりも私の方がむせび泣いてしまったくらいだ。

さて、そうなると残す問題はメイドの方だ。お金で解決できた母親はよかったが、メイドは原作ではそこまで詳しく書かれていなかったので誰なのかわからなかった。レナードを殺そうとしたのは逆怨みだったとはあったけれど、それもなにが理由だったのかもわからない。はっきりいって詰んでいた。

そんなわけで五年前のあの日、私はうちがやっている店から惚れ薬をくすねてレナードに盛った。私に惚れてしまえば、メイド相手にそこまで隙を見せることもないだろうと思って。

一応、スポンサー兼婚約者の権力を使って彼の周りは男性の従者で固めさせてもらったけど、どちらかが効いたのかここまで平穏無事に過ごせていた。

来月からは貴族の通う学校に入学することになっており、それは原作の開始を意味する。つまり、レナードがヒロインと出会う。私に惚れさせておく必要がなくなったというわけだ。

今日の紅茶には惚れ薬の解毒剤が仕込んである。これで後は、機会を見て婚約を解消すればレナードは無事ヒロインとハッピーエンドというわけだ。レナードは賢くすでにいくつもの新薬を開発するほど才能があるし、ヒロインもなかなかにガッツのある女なので成金パワーがなくとも己らで道を切り開いていけるだろう。

まあ、こっそり資金援助はするつもりだけどね。

さて、レナードが紅茶のカップを手に取った。推しに特別扱いしてもらえるのもこれで最後かと思うと、少しばかり後ろ髪を引かれる思いだ。それを堪えて彼が紅茶を飲むのを見守る。すると、


「……なんでだよおっ!!」


レナードが泣いた。テーブルに突っ伏しておいおい泣く姿に理解が及ばなくて、私は一瞬固まってしまった。その私の肩を椅子からほとんど崩れ落ちるようにして下りたレナードが掴む。


「レ、レナード様……?」

「なんで僕に惚れ薬の解毒剤なんて盛ったんですか……!?」

「え……?」


なぜそれを。顔に出ていたのか、レナードがいまだ泣きながらも「わかるよ」唸るように言う。


「薬の研究をしているんだし、よその薬だって試してみたりしています。それに、この惚れ薬は味に特徴があるから、すぐにわかりましたよ」

「じゃ、じゃあなぜ、あの時惚れ薬を素直に飲んだんですか……!?」


訳がわからない。惚れ薬が混入されていたとわかっていたなら、その場で吐き出すべきだろうに。しかし、レナードはなんてことのないように言う。


「効果がないことをわかってたからです」

「効果がない……?」

「僕、君のことが好きなんです」

「うそ」

「嘘じゃありません。ずっとリリアのことが好きでした」

「嘘よ。だって、出会った頃からなんにも変わらない態度じゃない……」


レナードは私に穏やかで優しく好意的な態度で接してくれていたが、良くも悪くも一貫してそれは変わらなかった。とてもじゃないが恋されてるようには見えなかったし、もしそうだとしてもそのタイミングはさっぱりわからなかった。

混乱を極めていると、今度はレナードが目を丸くして。それから可笑しそうに笑った。


「初めて会った時に好きになったんだもの。そりゃあ変わらないですよ」

「一目惚れってこと……?」

「うーん、ちょっと違うかな。リリア、君は躊躇いなく僕の手を握って、笑って挨拶してくれましたよね。僕はそれがとても嬉しかったんだ」


毒薬伯爵の後継ぎなんて、誰も触れたがらなかったのに。浮かべていた笑顔を自嘲めいたものに変えて、レナードは呟く。

ディート家は王を救ったことを称賛されると共に妬まれ、影で『毒薬伯爵』と言われていた。私は原作を知っていたからちっとも気にしなかったけど、それを真に受けている人はそれなりにいたのだ。彼がその事で悲しい思いをしたことは想像に難くない。


「君はとてもお金持ちで、身分の差はあっても僕らが君の家に逆らうことは出来ない。むしろ、マール家がディート家にいうことをきかせられる立場。好きになってもらおうなんて烏滸がましいと思ってた。だから、惚れ薬を飲まされて、好きであることを許してもらえて、好きになってほしいと思われているほどには好かれているんだと思えて僕は嬉しかったんです」


私から手を放したレナードはテーブルの上のカップの縁を指でなぞる。それから、酷くしょぼくれた顔で私を見た。


「……僕のことが嫌いになってしまいましたか?」


推しの不幸は私の不幸。それはもちろんのこと、元々の好感度に加え知らず知らずのうちに『好きな女の子扱い』をされていた私が彼のことを悪く思っているはずもなく。首を左右に振る以外の選択肢はなかったのである。

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