化かされる
虫除けスプレーと懐中電灯を持って竹藪の中へ。
あっという間に居間の明かりは届かなくなり、屋敷の
敷地内とは思えない漆黒の暗闇の中へ。
「すごいね!これは…」春は言葉を失う。
「ねっ、なんでこの地が日本と呼ばれるようになったのか?
夕方話したよね?」有間が静かに語る。
「ああ〜、マンションに幽霊退治に行く前ね。」
春が手探りで進む有間の後ろで足元に気を付けながら
相槌を打つ。
「神武天皇は、元々九州地方の人なんだよ。
その時代、最も文明が進んだ中国と交易し易く
武器も財もあった、最強の地なんだよ。
なのに、なぜかその当時、まだ海だった大阪を船で渡り
わざわざ近畿のこの狭い渓谷の地まで遠征してきた。
この大阪と奈良を隔てる生駒山のせいで兵が疲弊し
一度負けたんだよ。
なのに、南下してわざわざ竜田川を挟んで矢田山方面から回り込んでまで、
この渓谷の地に拘った。
そして八咫烏の力を借りて、この渓谷を
自分の領土にしたんだよ。」
道らしい道も無いのに真っ暗闇の中を木を払い除けながら
まるで場所が分かっているかのように有間は進む。
語る有間は、まるで見てきたように神々の時代の話しをする。
急に立ち止まり春の方へ振り返った。
「そして、矢田山の頂上からこの地を見て『日本』を始めたんだよ。」
振り返った有間の顔は、春が知ってる有間では無い気がした。
天使のような風貌のはずなのに、漆黒の直毛のオカッパ頭の黒い大きな瞳の線の細い美少年。
知らない人だ。
「あなたは誰?」自分でも不思議だが冷静に聞いてしまった。
「有馬だよ。変なの、春ちゃん。」
そう言いながら、落ちてる竹の朽ちた欠片をポイポイと払い除ける。
「どうしても国創りの為には、ココが必要だったんだよ。この秋津島が。
結局、この渓谷の地では都が作れないから周辺の平地に点々と移動しながら巨大な国へとなった。」
「飛鳥斑鳩、藤原京、平城京、平安京ね。
それと難波京や大津宮も。
不思議だったんだよね。各時代の都を地図に書き込むと
秋津島が中心になるのよ。
まるで、ココからあまり離れない様に遷都する
決まりがあるみたいに。」莉夏が後ろで話し出す。
やはり顔が知らない人だ。
すごい美人のはずなのにしもぶくれでふくよかな目の細い…古代美人に。
だけど、特に驚かない自分がいる。
「あっ、これだ!」知らない顔の有間と莉夏の手元に
懐中電灯に照らされて小さな祠が!
石造りで刻まれた文字は判読できないが、びっしりと
刻み込まれてる。
ふと周りを見ると漆黒だった竹藪がボンヤリと照らされて見えるように!
懐中電灯の灯りじゃない!
地面自体が発光しているような…蛍の光のように輝きを祠を中心に発しているのだ!
もっと目を凝らすと藪の中は無数の発光体が蛍のように飛んでいる!
「まだ蛍がいるのかな?」
「まさか〜もういないよ〜目が暗闇に慣れて居間の明かりが見えてきたんだよ。」
有間の顔が元に戻ってる。
ハーフみたいな顔立ちに。
莉夏もエキゾチックな立体的な顔立ちに!
さっきの平たい顔の人は、誰だったのか?
「さあ、戻るよ〜ついて来て〜」有間が手を上げて
先導してくれた。
結局、一瞬の事だった。時計は10分くらいしか経過していなかった。
「なんか30分くらいは、居た気がしたのに…」
「はあ〜やっぱり刺されたよ〜薬はどこだっけ?」
バタバタと2人は玄関の方へ走って行った。
春は1人キツネにつままれたような顔で立ち尽くした。