謂れ
「ここが秋津島と呼ばれるようになった謂れは
話したっけ?」有間が何とか時間稼ぎしたいのか?
急に話しだした。
「それは有名だから私でも知ってるわよ!
最初の天皇と言われてる神武天皇が、この地を
苦戦しながら、地元豪族ナガスネヒコをやっと倒し
た時に
『蜻蛉が繋がって飛んでる姿の様だな』と
この竜田川沿いの細長い砂州を見て言ったからでしょう?
「そう、古語でトンボは秋津とも呼ばれてたから、秋津島になったんだ。
でも、それがなぜかこの地域だけではなく、日本を
表す言葉になったんだよね。
不思議じゃない?」
有間は学者を目指してるから、こういう話は得意だ。
「すごく面白いけど、また今度ね!
今は幽霊倒さないと!私達は!」春が有間を羽交い締めしたまま引きずり、
莉夏がサクサクとビーチサンダルを履かせてしまった。
「ごめん!本当にこういうのダメなんだよ〜
マジ見たから、もうムリムリムリムリ〜!」と絶叫しながら村民マンションに連れて行かれた。
改めてマンションを見ると、昔の本家の母屋だった時代みたいに
威圧感を感じる。
建物自体が夕闇の中で玄関から廊下まで青白い白熱灯に照らされて大きな幽体のような…
「なんで建てる時にもっと照明器具考えなかったの?
莉夏〜これは、本当にヤバイよ!」春がまた苦情を言う。
「蛍光灯は寿命も短いし虫が集るから、最新の白熱灯を
勧められたのよ!専門家に!
スッキリした感じだったのよ、見本は。
大量に付けるとこんなに幽霊屋敷みたいな感じになると思わないじゃない!」
莉夏が逆ギレ気味に言い訳する。
成人し晴れて当主としての仕事初めが、幽霊退治とは。
玄関口のポストがズラッと並んでいるエントランスにガラス扉を開いて入ると掲示板の前にあの男の子が立っていた!
「ヒッ!」有間が逃げようとする。
「また、現れたわね!君、何者なの?」春が身構える。
「…お姉ちゃん達、勘違いしてるよ。
幽霊はやっつけるもんじゃないし、元は人間だよ。
失礼じゃない?」
質問はガン無視してにらみつけてくる。
「塩盛っても幽霊は、逃げないよ。
苦手なだけで、人間がゴキブリ苦手なのと同じだよ!」
何だかこの間より生々しい。
前はもっとフワッとしてたが…今日はパジャマじゃないし…
「君は…人間だよね?」莉夏が確かめるように近づく。
「もうアキラ〜暗くなったら勝手に出ちゃダメよ〜」
莉夏の家に来た女性が階段を降りてきた。
「あなたは?」
「あら、大家さん〜先日は突然お邪魔しました〜
307号室の畑中です〜
ほら、アキラもご挨拶なさい。」
男の子の横に立って頭を下げさせた。
急に子供らしい様子になって、バツが悪そうに頭を下げた。
「思ったより早く退院できたんですよ〜
この子が急かしたみたいです。
本当に大丈夫?気持ち悪くない?」両肩を大事そうに抱いて
頭をナデナデしている。
本当に嬉しそうだ。
「まさか、こんな日が来るなんて!
夢みたいです〜奈良に転院して引っ越してきて本当に良かったです。」
少し涙目の女性を見ていると、少年も春や莉夏達も
幽霊云々話せる様子では無くなった。
「また学校やら手続きが終わったら、大家さん家に
お邪魔しますね。
ほら、お姉ちゃんやお兄ちゃんにバイバイして」
優しく少年に促して手を引いてエレベーターの方へ
歩いていった。
「バイバイ〜お兄ちゃんお姉ちゃん、幽霊イジメないでよ〜分かった?」
声は可愛いが、それはお母さんの前だから。
こちらに向いてる顔は口の端だけ上げてふてぶてしい笑みで去って行った。
「あれ、何?」春は敵意満々だ。
「噂のシャーマン、霊能者でしょう?」莉夏がやれやれと言う顔で答える。
有間が真っ青な顔で震えている。
「どうしたの?有間」
「おかしいだろ?今日、退院したなら、この間のアレは、何だよ?」
そこで春と莉夏もハッとする。
あの日は、まだ入院してたはず?
「病院抜け出した…とか?」一応言ってみる、春。
「夜中の2時よ。それに病院はニュータウンの1番奥よ。
あの子の足じゃ、1時間くらい掛かるし無理よ、
田舎だから真っ暗だし…」
「絶対不可能なんだよ〜どう考えても〜」有間が半泣きだ。
結局、3人は怖くなって帰った。