1.聖女様は駆け落ちしたらしい
魔塔内にある光魔法専門部署。数ある研究室のうちの一室で、課長補佐モニカは盛大にため息を吐いた。
「聖女様が隣国ソアの王子と駆け落ちねぇ〜」
王宮から送られてきた、通信水晶に浮かぶ文字を、頬杖をつきながらモニカは眺める。
アルフレッド国は聖人または聖女が、国を覆う結界を張る水晶に光魔法を注ぎ、魔人や魔獣たちといった魔物の侵入を防いでいた。その魔力量は、属性魔法を持たない平民の魔力量を1とすると、その十万倍以上が必要とされている。
聖女リンジー・ライト。
桃髪緑眼の美少女で、王立魔法学園に通う十八歳。彼女は元平民で、六歳の頃に魔法属性診断器で光魔法を有し、魔力測定器で十一万の魔力量を弾き出した。現聖人は高齢で、やっと次期聖女が現れたと、神殿だけでなくアルフレッド国中がお祭り騒ぎになったことを、モニカは思い出す。
聖女として神殿で丁重に扱われ、第三王子と婚約した。二人の仲は良好と言われていたのに何故?と、モニカは首を傾げながら、登城の準備を始める。モニカは各部署の共同研究者に一緒に登城してほしい旨と、自部署の部長に登城するために不在にする旨を通信水晶で送信した。
転移水晶を安置している部屋で一緒に登城する同僚をモニカは待っていた。
「モニカ!」
一番最初に部屋にやってきたのは、モニカの幼い頃からの友人で、風魔法の使い手オリビアだった。
「オリビア」
「大変なことになっちゃったわねぇ」
「本当にね」
苦笑いするオリビアに、モニカも肩を竦める。オリビアは隣に並ぶと、はぁと溜め息を吐いた。
「こんな形でなんだけど、モニカを呼んだってことは、この研究を国が認めてくれたってことよね?やったじゃん!」
ニコリと笑うオリビアに、モニカは頬をポリポリと掻く。
「ただ、前魔塔主の孫娘で、光魔法の使い手だからかもしれないわよ?」
既に他界しているモニカの祖母グレースは、前魔塔主で現聖人テオドールの姉だった。そして、モニカは聖女リンジーと第二王女シンディの次に多い魔力量を持っている。
「でも、モニカの研究はお祖母様も太鼓判を押していたじゃない」
「それは、うん……」
モニカが歯切れ悪く返事をしていると、部屋に次々と彼女の共同研究者が集まった。
モニカの婚約者で黒魔法の使い手ジャレッド、水魔法の使い手ローガン、火魔法の使い手エルム。皆、王立魔法学園からのモニカの友人たちだ。
「皆。忙しい中、来てくれてありがとう」
モニカが礼を述べると、ジャレッドは彼女の肩を抱きながら、優しい目で話しかけた。
「いや、モニカの研究が日の目を見ることになったんだ。俺は嬉しいよ」
「私もです」
ローガンが胸に手を当てて、ジャレッドに同意すると、エルムも慌てて口を開いた。
「モニカ!当然!俺も嬉しいよ!?」
ワタワタとしながら話しかけるエルムに、モニカはくすりと笑う。
「うん、分かってるわ。みんな、ありがとう」
緊張していたのがバレていたのだろうかと、モニカは笑顔で応える。少し震えてるモニカの肩を、ジャレッドは優しく撫でた。
「モニカ、行こうか?」
「えぇ。皆!私、研究発表頑張るわ!」
モニカは友人たちに笑いながら、拳を握って意気込む。彼らは頷いて、彼女の研究が認められるようサポートしようと心に決めた。