ちょっと早めの断罪
公爵家に国王の名で召集が来た。
お父様は『アルストロメリアが王太女に指名される』と呑気にはしゃいで、私のドレスを侍女に選ばせた。そして、意気揚々と王城に参上し、玉座の間へと肩で風を切って進む。
ルミナス王女を虐め抜き、悪評を広めまくった張本人。
もはやルミナス王女が追放ならぬ留学や降嫁すると信じて疑わない。
まあ、そんな事は起きないんですけど。
既に国内に残っていた国王の側近で、ルミナス王女への虐待を憂いていた宮廷医師に告発の手紙を託した。
どうやら無事に届いたようだ。
顔を引き締めた国王が姿を現す。
臣下の礼を取る私に対し、王弟の分際で調子こいて国王の許しもなく顔をあげるお父様。ちょっと国王様、甘やかし過ぎではありませんかね。
「グレシャロッド公、どうして許しもなく顔を上げた?」
「え?」
「え?」じゃないんだよなあ。宮廷儀礼的にその振る舞いは完全にアウト。時代が違えば、一発で不敬罪で領地没収だ。
娘の私に王女予算を横領して分刻みで家庭教師をつけておいて、自分は宮廷の侍女と火遊びしているだけあって頭がかなりパッパラパーだ。
これが実父と思うだけで、胃がひっくり返りそう。
「グレシャロッド公よ。ここに呼びつけたのは、お前たちグレシャロッド公爵家に謀反の疑いがあるからだ」
お父様は、キョトンとした顔をした後で、腹を抱えて笑い出した。
「は、はは、何を言うんだ、兄上。何もかも劣っていた僕が、兄上を押し退けて国の王になんてなれるわけがないだろう?」
ゲラゲラと笑っていたお父様が、国王の言葉を聞いて笑うのを止める。
「ルミナスの名を貶めれば、アルストロメリアが指名されると思っていたのか」
通常、王弟は国王が決まると同時に王位継承権を放棄し、代わりに一代限りの爵位と領地を授かって王籍を抜ける。王妹は手柄をあげた部下への報酬として嫁ぐ。
そうして継承権から遠ざける事で、国王の座を狙ってのクーデターを防ぐのだ。外国に追放しないのは、王血に宿る魔力の流出を恐れての事。
王妹や王弟の娘、息子には、王位継承権はない。王女や王子を排除して、王位を乗っ取らないようにする為だ。
しかし、例外もある。
次期国王として素質に問題がある場合、特例として王妹や王弟の子がスペアとして国王になる。
素質に問題がある、というのは、精神的疾患、肉体的疾患、あるいは子を成す力があるかどうか。
そう、つまりお父様が侍女に命令して王女の食事を抜いて、肉体労働をさせていたのも、身体機能を損ねて淑女としての価値を貶める為だったんですね。クソがよ。
「兄上、我が子を可愛いと思う気持ちはあるでしょうが、ルミナス王女に国王の座は重過ぎます。その点、我が娘のアルストロメリアは、この年齢で座学のほとんどを理解し、次期国王の片鱗を早くも……」
あ、コイツ国王を説得するつもりだな。
まあ、ここで説得できなきゃ処罰がきますもんね。
「エドワード、余はお前を許さない」
「あに、うえ……?」
「我が妻の忘形見をほんの一瞬でも傷つけたお前を、余は決して許す事はできない」
わお、憤怒の鬼って形相。
そりゃ愛娘を虐待されていたら、誰だってブチギレますわな。いいぞ、もっと親の自覚を持て。
「娘の治世が少しでも安寧のあるものになれば、と思って外交に力を入れ、最も信頼できる弟に娘を預けた己を、許すことなどできない」
玉座の肘掛けを、国王は強く叩きつける。
何度も、何度も。
肘掛けが、砕けるまで。
「余は、俺は、父のようには、なるまいと、王族同士で争い、貶め合うような醜い真似はするまいと、そう誓ったというのに、我が娘をその渦中に放り込んでいたとは!」
国王は、気性が穏やかな人物で知られている。
いつも温厚で、下々の民を広く愛する慈悲の王。
その王が、激昂して、取り乱した。
側近たちに動揺が走るのを見た。
内心、私もびっくりしている。
本編では、ため息を吐いて僻地への左遷を命じるだけだったから、ここまで取り乱すとは思わなかった。
凡愚、は言い過ぎだったな。国王もまた一人の人間で、激務を抱えた父親だ。
告発の手紙を受けて、可能な限り国内に戻って来るだけでも、かなりの労力を費やしたんだ。その証拠に、いつもより目の下の隈が酷い。
「我が娘ルミナスを虐待し、王宮の予算を不正に操作した罪は重い。よって、エドワード・フォン・グレシャロッドの爵位を剥奪し、領地を没収とする。余罪が判明するまで、クロップスフォード強制収容所に収監する」
お父様は叫ぶ。
「証拠はあるのか! 国王といえども、公爵の僕をそう簡単に逮捕できないはずだ!」
「証拠はある。証言もな」
「誰が証言した!?」
「アルストロメリア」
お父様が呆然とした顔で私を見る。
裏切られるとは予想もしていなかったんだろう。
「アルストロメリア、発言を許す。此度の告発がなければ、我が娘の心と体はさらに病んでいただろう。報酬に何を望む?」
私は臣下の礼を崩す事なく、顔を上げる。
「身に余る光栄でございます、国王陛下。国の病巣を取り除くのは、臣民の務め。義務を果たしたまで。ましてや、父の策略とはいえ、ルミナス王女殿下を害した身でありますが故に、報酬を望むわけにはいきません」
口をあんぐり開け、絶望した顔で私を見つめるお父様。
洗脳した娘が裏切るなんて、本当に思ってなかったんだね。
お母様が亡くなってから、お父様は取り憑かれたように劣等感に駆り立てられて、ルミナス王女を排除しようとした。そこにあったのは、王位という玉座だけ。目的がゴールになっていた。
アルストロメリアの幸せなんて、始めから考えていない。彼女は生まれて死ぬまで、父の妄執を果たす為の道具だった。
国王への告発の傍ら、これまでサボっていた王女教育を死ぬ気で再履修した。あまりの修羅ぶりにお父様は感涙していたが、まさか裏切る為だったとは思わなかったのだろう。
すまないが、お父様と同じ臭い飯を食べたくないんだ。
「アルストロメリア、その告発した勇気と、親族であっても庇わぬ誠実さに免じて、この度の罪は不問とする。今後はお前が公爵となり、エドワードに代わって国に貢献せよ」
「あ、ありがたき幸せ……国王陛下の慈悲に感謝申し上げます……」
まだ未成年の子どもだから、平民への格下げと降嫁ぐらいで終わるかなって思ってたのに!
身内と子どもに甘いところはどうにかしろ、国王!
そういうところやぞ!!
ど、どうする!?
実父の排除には成功したけど、まさか爵位と領地運営がこっちに転がり込んでくるとは思わなかったぞ!
「アルストロメリアと内々に話がしたい。他の者は退出せよ」
あ、あ、やばい、国王が内々に話がしたいって前置きして人払いするって、かなりやばい話をする前振りじゃないか。
やばやばやば……
「さて、これで二人だけになったな」
「……」
「アルストロメリア、正直なところ、余はお前が憎い」
あ、これ詰められるやつ。
まあ、当然だよな。娘を蹴り飛ばしていた相手を許すのは、あくまで体裁を守る為。心の中で殺したいと思ってもおかしくはない。
「だが、お前に流れる王血がこの国とルミナスにとっては必要であるのも事実。故に、処罰を与えるわけにはいかなかった」
王家の血を引くのは、国王とルミナス王女、王弟と私だけ。
ルミナス王女が統治者となった時、何よりも後継が求められる。臣下からの激しい突き上げに病んだ王妃は、産後の肥立ちが悪く帰らぬ人となった。
遅くに授かった、愛した人の忘形見。
許さない気持ちと、許さないといけないという責務。
これだから貴族政治は嫌なんだ。
人を人として運用しない、碌でなしの政治システム。
「……心得ております。ルミナス王女殿下には、極力、近づかないようにいたしましょう」
「ならぬ」
「理由を、お伺いしても?」
国王は、静かに、それでいてゆっくりと息を吐き出す。
「ルミナスの悪評を取り除くには、時間がかかる。此度のエドワードの捕縛も、本来ならばもう少し正規の手続きを踏まなければいけなかったが、他の貴族の横槍が入った所為で前倒ししなければならなかった。
ここでお前を排除すれば、社交界でルミナスの素質を疑う声は高まる」
「……ルミナス王女殿下の悪評は、エドワードの策略によるものです。娘の私が否定すれば、殿下の素質を疑う声が高まるとは思えませんが」
「国王たる余が脅して言わせた、と詰るだろうな」
国王が私に何を望んでいるか。
公爵の位を与えて、罰を与えないという事は。
「アルストロメリア、国の為に尽くしてくれるか? ルミナスの踏み台となり、子を王家に差し出してくれるか?」
「国の為であれば、喜んで貴族の義務を果たします。それが陛下と殿下の未来に役立つならば、これに勝る喜びはありません」
悪役令嬢ルート、続行みたいです……