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悪役令嬢アルストロメリア

 いつものように、生意気王女に身の程を弁えさせるべく、その小さな背中を蹴り飛ばしたある日の事。


 少し軽く小突くつもりが、王女はボールのようにゴロゴロと転がって、壁に備え付けた本棚にぶつかって、降ってきた本の下敷きになってしまった。

 まるで生まれたての子鹿のように足をプルプルさせている姿を見て、私はふと違和感を覚えた。


『ルミナス王女は我儘三昧。使用人を怒鳴りつけて殴るのは日常茶飯事。何人も大怪我を負ったらしい。あれでは、国の王にはなれない。

 だから、代わりにお前が王となれ。アルストロメリア』


 父の言葉と比べると、目の前にあるルミナス王女はなんと弱々しくか細い事か。

 私が一歩を踏み出せば、青褪めた顔で私から距離を取ろうと芋虫のように這う。


 侍女によれば、ルミナス王女は毎日のように国税を注ぎ込んでドレスを着せ替えているらしい。

 使用人によれば、ルミナス王女は家庭教師も逃げ出すほどに癇癪持ちらしい。

 噂によれば、あまりにも偏食過ぎて、発酵したパンのようにぶくぶくと太っているらしい。


「あなた、ドレスを脱ぎなさい」

「や、やだ……」


 掠れた声で、ルミナス王女は拒否する。

 私より五つ下の七歳という話だったが、あまりにも体は細く、いつも見るドレスしか着ていない。そのぶかぶかなドレスを手繰り寄せる手は、下級使用人のようにあかぎれや肌荒れが酷い。

 水仕事をしている人の手。


 嫌がるルミナス王女を押さえつけて、ドレスの裾を捲る。

 枯れる寸前の枝のような、骨の形すら皮膚の下に見えそうな太腿。

 脛や太腿には、ぶつけたのか青痣が刻まれている。


「なに、これ」


 聞いていた話と、実態が違う。

 困惑していた私の頬を、弱々しくルミナス王女の掌がぺちんと叩いた。


 ……その瞬間、私は前世の記憶を思い出した。









 『月光女王は愛されてる』

 前世で読んだことのある恋愛小説だ。ウェブ小説で完結して以降、爆発的に人気が加速し、ウェブ漫画やコミカライズ化を経てアニメとなり、ついには乙女ゲームにまでなった。

 主人公はルミナス。王女に生まれたが、前世は国の為に魔法を研究して生涯を尽くした魔女。悪役令嬢に虐められる日々を過ごしていたが、前世の記憶を思い出し、変わる事を決意する所から物語は始まるのだ。


 ルミナス王女を虐めるのが、アルストロメリア・フォン・グレシャロッド公爵令嬢。

 王弟の娘であり、ルミナス王女とは従姉妹の関係にあたる。

 法律上は王女になれないにも関わらず、ルミナスを敵視して戦争の引き金を芋づる式に引いて突き進む悪役令嬢である。

 国王を妬む王弟の洗脳に近い教育もあったが、己の過ちを認めたがらないプライドの高さも災いして、平民堕ちしてもなおルミナス王女につっかかり、最後はルミナス王女を守ると覚悟を決めたヒーローの一人に処刑される、という悪役令嬢。



 どうやら、私はよりによって悪役令嬢のアルストロメリアに転生したらしい。

 ヒリヒリした頬を扇で隠しながら、私はご機嫌ナナメで馬車に乗っている。


 今の私の状況は、かなり悪い。

 何故なら、ルミナス王女を虐めている上に、彼女に宛てがわれるはずだった家庭教師をぶんどっている状態だ。間も無く帰還した国王にルミナス王女が接触して、事の次第を知って激昂する。

 いや、確か前世の記憶を思い出したルミナス王女は、蹴られる時に魔女の頃に開発した衝撃緩衝の結界を使ったはず。

 なら、まだ本編開始前?




「どうするべきか、ねえ」



 ルミナス王女の父、すなわち国王は、はっきり言って凡愚である。七歳になるまでルミナス王女に行われていた虐待を見過ごす阿呆なのだ。

 王妃が亡くなって、仕事が忙しいのもわかるけど、七歳とかまだ親に甘えたい盛りでしょうに。

 王弟に子どもを任せたから、この虐待は始まったのだ。


 国王は、身内に甘い。

 特に唯一の肉親ともいえる弟に対して、ずっと負い目を感じていたという独白があった。対して、王弟はスペアでしかない事に劣等感を感じている。

 そう。この二人の関係は底なしの沼で、そう簡単には改善しない。

 子どもを巻き込んでいる時点で、大人として非常にアレな人たちである。


 虐待が発覚した時点で爵位剥奪、牢獄にぶち込めば、ストーリーの騒動が起きない。

 残念ながら、温情を与えて僻地への左遷で事を片付けようとしてしまう。それが回り回って事態の悪化を引き起こす。

 つまり、どうするべきか、など始めから判明している。



 実父を排除しつつ、私がスペアとなって公爵家をどうにかするしかないのだ。


 お父様、安らかにお眠りください!

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