第一章 始まり⑦
イカです。
第七話
「!? 速い!」
イノシシ擬きの駆け出しがその巨体の重量を感じさせない程俊敏だった為、一瞬遅れて俺も全身に力を入れ真横へ走り出した。
それだけのスピードでは直ぐには曲がれないはずだと思いなるべく正面に位置取らない様に逃げる。
近付いて来れば来るほどその巨体が露わになってくる。
体中を覆っている体毛は焦茶色で堅そうにみえる。
顔の部分は、前方へ伸びる大きな鼻があり、そのすぐ下にある口からは鋭い牙が何本も生えている。
特に前方へ伸びる二本の長い牙は特に大きく、獲物を串刺しにする為のものだろう。
両目は黄色く光っており、暗がりでも見えているのだろう細い眼球が忙しなく動いてこちらを常に探している様子だ。
頭には二本の短い角らしきものが生えており頭部を守っている。
俺は全力で森の中を逃げるが、地の利は当然獣にある。
すぐに距離を詰められ後ろからその牙で突き刺されそうになる。
その度に真横に転換しギリギリでそれをかわしていく。
それな曲芸じみた事を数回繰り返す。
こんなにも死を身近に感じた事は無い。
両足からは木の枝や棘のある植物で引っ掻き所々出血し、足の裏に至ってはもはや感覚が無いほどにボロボロだ。
そんな状態など気にしてられないほど切羽詰まっている。
もう体力の限界も近い。
いつまでもかわしきれない。
「はぁはぁはぁ!・・・しょうまっ、だい、じょうぶか?」
「・・・うん。とうちゃん・・・」
しょうまの顔を見てる余裕はないが、泣きそうな声からして状況を少しは理解している様子だ。
「・・・もし、父ちゃんが、動けなく、なったら、逃げろ!良いか?」
「いやだよ!とうちゃんといっしょがいい!」
「はぁはぁっ!後で、父ちゃんも、追いかけるからっ!」
守ってやりたい。守ると決めたのに。
しかしどうしようも無い時が来るだろう。
死ぬのは怖い。でもこの子だけは生きて欲しい。
理不尽だ。
どうしてこうなった。
俺達が何をした。
普通に暮らしていただけなのに。
恐怖に染まる心に僅かばかりの怒りを宿しながら、
また大木を回り込む様に急旋回し加速しながら走り出す。
イノシシ擬きは細い木なら軽く薙ぎ倒しながら突っ込んでくる。
まるで高速で走る殺戮重機だ。
何処をどう走り回ったかもわからなくなり森の奥へ奥へと駆けていく。最早思考する余裕すら無くなってきた。
再度方向転換した所で遂に足が絡れてバランスを崩し前のめり倒れた。
その衝撃でしょうまが呻き声を上げる。
一瞬遠ざかった重量感ある足音が再びこちらに向けて迫ってくる。
息つく暇も無く慌てて体制を立て直そうと、しょうまを抱えたまま身体を横に捻りそのままの勢いで片膝立ちになる。
両足に再び力を入れて駆け出そうとしたその時、
ドクンっ
突如身体中を何かが駆け巡り力が抜けていくような感覚に襲われる。
否、身体中が痺れている。
さっきの手足が少し痺れていたような感覚がかなり強烈にそれも全身に巡っているような感じだ。
意識が一瞬飛びかけたが極度の興奮状態である事と命の危機からか、何とか倒れずに踏みとどまった。
「くぅ!?・・・なんだっ!体がっ!?」
ドクンっ
ドクンっ
力が入らなくなり腕からしょうまを落とす。
「いたっ!とうちゃんどうしたの!?」
「し・・・しょうま、逃げろっ・・・」
遂に自分の体重を支えられなくなり倒れ込む。
枯れ草に半分顔を埋めながらしょうまに訴えかける。
「とうちゃん!おきてっ!とうちゃん!?」
霞む視界の端に迫り来る巨体を見ながら目の前にしょうまの泣き顔が映り込む。
くそっ。動けっ!
頭では必死に体に命令を送っているがその命令を受け取る側の体がまったく言う事を聞いてくれない。
立たなければ!
逃げなければ!
守らなければ!?
「くっ・・・うぅっ・・・!」
言葉にならない言葉が呻き声として漏れ、思考では無く本能で自分を奮い立たせる。
不思議と自分の死に対する恐怖など無い。
唯だ唯だ息子の命の危機という事にとてつもない恐怖を抱いていた。
しかし、
動かない。
動けない。
そんな自分の瞳からは自然と涙が溢れていた。
守ってやれない自分の弱さ。
自分への怒り。
そして息子への申し訳なさ。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざったような苦しさ。
(こんな父ちゃんでごめんな…。)
懺悔とも言える言葉しかもう出てこなかった。
もうすぐそこまで迫って来ているイノシシ擬きの顔が見えて来た。
流石にもうダメ、かな。。。
もう一度しょうまに逃げてくれとお願いしようとした、
その時、
ドドドドドッ!!
地割れかと思うほどの音が地面から聞こえた。
俺は見てしまった。
突進してくるイノシシ擬きの前方の位置の床が……陥没したのだ。
一瞬消失したかと思ったが、半径5mくらいの円周上のすべての草木が地面の下へ下へと飲み込まれて行く様子は、正直に言って非現実的だ。
飛びそうになる意識に再度鞭打って少しでも状況を確認する為、倒れた体制のまま必死で瞼だけは閉じまいと抗う。
「じめんこわれた?さっきのおおきいのもいないよ」
5歳児でも半分くらいはわかったのだろうか。怖くてなのか、父ちゃんを守る為なのか、俺に抱きつきながら必死に説明してくれる。
意識が朦朧とする中やはり俺には愛する息子しか見えていなくて、そんな小さな息子が父さんを庇う様な仕草をしてくれてるのだ。
「しょうま、父ちゃんを、助けてくれて、ありがとね。」
呂律が回らなくなってきているので聞き取れたかはわからないが、しょうまのおかげだと言ってやりたくて、最後にニっと笑って見せた顔はきっと泣き笑いの顔になっているだろう。
状況は更に変化する。
今度は光りながら高速で迫ってくる複数の物体。一定方向からしか飛来していないがそのすべては先程の陥没した中へ吸い込まれていっている。
光矢が終わったら今度は何処から現れたのか、青年がその陥没した上の縁に立って何やら呟いている。
『...@dt♪○>9^・・・』
よく聞き取れなかったけど、どこの言葉で何を言ったのかはわからない。
その青年が突如ジャンプしてその穴な中へ飛び込む。いつ取り出したのか両手に大きな剣が握られており、これまた光り輝いている。
青年が中へ飛んで遅れて数瞬、
『グォォォー!グォォォー!グォ・・オ・・・・・・・・・』
戦闘しているような音と獣の怒鳴り声。そして最後には断末魔のようや獣の声も聞こえてきた。
倒したのか?
ちらりとそんな事を思ったけど、俺の限界はすでに過ぎておりよくここまで頑張ったと褒めてあげたいほどだ。
無意識のうちに、目の前にいるしょうまの手をギューと力強く握る。
今度こそ意識が混沌としてきて俺を強制シャットアウトさせようとしてくる。
しょうまが何度も何度も俺を呼んで譲ってくれているようだが、もうそれも半分も聞こえていないし感覚もない。
そんな朦朧とした意識の中で俺が最後に見た光景は、
泣きじゃくるしょうま。
と
その後ろに佇む、短髪の青年と金髪の少女、そして後からゆっくり近付いて来ている初老の男。
だった………。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
いろいろとご都合主義です。どうかご理解下さい。
藤沢家の名前は全て平仮名です。読みづらいかもしれませんがご了承下さい。
別視点からではカタカナになっています。
投稿は不定期ですが温かい目で見守ってくれると助かります。
では、次回もお楽しみに。