イケメンがいきなり教室にやってきて告白を始めた
イケメン「俺、君のことが・・・・・・!」
女の子「ごめん。次移動教室だから長くなるなら後にしてもらってもいい?」
イケメン「あ、うん・・・・・・」
ていうシチュを思いついて、ちょっと書いてみた作品。
唐突だけれど、イケメン、というものを生で見たことはあるだろうか?
正直、テレビの画面の向こう側にいる以上のイケメン、というのは、いないだろう、と思っていた。
イケメンっているもんだなあ、と今は思う。
***
休み時間だった。
唐突に、ざわ、と空気が揺れた、気がした。
教室に、そいつが入ってきたから。
噂くらいは聞いていた。
学校内でも評判のイケメン。
勉強運動どっちもよし。性格も悪くない。モテる。
名前は確か、
「槇原宗也だ!」
そいつは、教室に入るなり、そう名乗った。
教室中の視線が、そいつに向かう。
目立ちたがりなのかな、と思っていたら、そいつは教室の中を見回して、叫んだ。
「いた!」
そうして、ずかずかと教室を進む。
道をふさいでいたやつが自然と道を開けるあたり、イケメンオーラでも出てるのかな、と遠目に思っていた。
槇原は、一つの席の前に立った。
その席は、女子の席だ。
次の授業の準備か、教科書をまとめて取り出してとんとん、と机の上で整えていた女子は、さすがに前に立たれて槇原を見上げた。
「・・・・・・何か?」
女子生徒が首を傾げる。
「柚木理沙さん!」
「はい」
槇原に名前を呼ばれて、その女子生徒、理沙は返事をした。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは」
なんなんだろう、こいつ、と思っていそうな理沙の表情と、なんか真剣な様子の槇原。
自分がいる場所は黒板の近くなので、この位置からだと理沙の表情は見えるけれど、槇原については背中しか見えない。
「・・・・・・えっと」
槇原が挨拶までしたところで、何か言いよどんだ。
周囲、教室の中は、二人の様子を見守っている。
固唾を飲んで、という雰囲気だ。
槇原の様子からして、何が目的で来たかが、察せられるからだろう。
雰囲気が張り詰めているし、教室に入ってきた時の槇原の様子は、何か熱を持っていたように感じられた。
「柚木さん!」
「はい」
がばっと、槇原が勢いよく頭を下げる。
「この間はありがとう!」
その拍子、理沙の目が黒板の上の時計をとらえたのが分かった。
「あの、俺、槇原宗也って言って! それで、この間・・・・・・!」
一生懸命な様子は、なんだか甘酸っぱさを感じさせて胸に来る。
「俺、この間転んで、それで怪我したから保健室行ったんだけど、先生いなくて、そしたら柚木さんが来て・・・・・・」
その時に手当か何かしてもらったんだろう。
それで、槇原は理沙に特別な感情を抱いたのだろう。
その特別な感情が何なのかは、槇原の顔を見ていればよくわかる。
「だから、俺・・・・・・!」
「ごめんなさい。次移動教室なの。その話長くなるなら後にしてもらってもいいかしら?」
「あ、・・・・・・うん」
何か言いかけた槇原だったけれど、理沙にそう言われて、思わずと言った様子で頷いていた。
理沙は教科書と筆記用具を持って、さっさと教室を出ていった。
後には、頭を下げた姿勢のままの槇原が残されている。
教室の皆の視線は、槇原と、理沙の出ていった扉の両方を行き来していた。
「・・・・・つよい」
思わず、理沙の背に向かって呟いてしまった。
***
放課後になった。
教室の扉が勢いよく開かれた。
槇原が、立っていた。
ずかずかと教室に入ってくる。
そうして、また理沙の席の前に立つ。
「柚木さん」
「はい」
「・・・・・・えっと、今時間ある?」
「ええ。大丈夫よ」
休み時間の反省だろう。
先に理沙の予定を確認している。
ちょっと哀れにも感じた。
何はともあれ、理沙が頷いたのを見て、槇原はほっと息を吐いた。
「じゃあ、ちょっといいかな?」
「ええ。前に後にしてって言ったことよね?」
「そ、そうだ」
槇原が分かりやすく挙動不審になった。
今も、教室の前方にいるため、斜めから理沙の顔は見えるが、槇原は横顔しか見えない。
ただ、緊張のせいか、顔が赤いのは分かった。
きょとん、としている理沙の顔との対比がすごい。
「・・・・・・え、ええっと」
「?」
誰かが、ごくり、と息をのんだ。
正直、この緊張感に、ちょっとした居心地の悪さを感じる。
ついでに言うと、きょとん、とした理沙の顔がなおのこと、居心地の悪さを助長する。
「俺と」
おお、と誰かが息をのんだ。
何を言おうとしているのか分かるからだろう。
人生の中で、こんな場面、何度も目にすることはないだろうとは思うけれど、それでも期待値上げ過ぎじゃないだろうか。
「柚木さん。俺は、君が好きだ! 俺と、どうか付き合ってください!!」
おおおお、と教室が揺れた気がした。
廊下から覗き込んでいる目が増えている。
熱気がすごい。
教室の中にいる一人だというのに、なんか他人事のようにそう感じる。
理沙の顔を見ると、やはり驚いたのか、目を見張っている。
それから周囲のざわめきにきょときょとと目をやり、
「・・・・・・」
こっちと目が合って、軽く睨まれた気がした。
「・・・・・・」
槇原は、告白を言い切った後、頭を下げたままだ。
ただ、見る限り、耳辺りが真っ赤になっている。
ああいうのを、女子はかわいいとかいうのかなあ、とぼんやり考える。
周囲、期待値が上がっている。
理沙が何と応えるか、その答えは、周囲の皆の中では決まっているように見える。
確かに、これが漫画かアニメなら、そういうこともあるんだろうけれど、
「ごめんなさい」
それは、断りの文句だった。
がば、と槇原が顔を上げる。
「・・・・・・あ、ええっと」
何かつかみかかりそうな雰囲気、と身構えたところで、だけど槇原は真っすぐに背筋を伸ばして上を向いて、しばらく息を整えた後、理沙を見た。
「・・・・・・・・・・・・理由を、聞いてもいいですか?」
すごいなあ、と思った。
声を荒げるでもなく、表情も決して歪んでいない。
告白を断られたばかりだというのに、イケメンだった。
「私、もう他に好きな人がいて、その人と付き合っているから」
その答えに、教室中から視線が理沙に向いたのが分かった。
そんな中で、槇原だけは、その答えに一瞬息をつめて、
「ふー・・・・・・」
ゆっくりと、息を吐いた。
「・・・・・・そう、なんだ」
槇原の声に力はない。
「・・・・・・そいつのどこが好きなの?」
「どこが・・・・・・」
うーんと理沙は顎に手を当てて悩みだした。
それを見かねたのか、槇原が聞く。
「えっと、顔は?」
「槇原君の方がかっこいい」
「勉強とか・・・・・・」
「平均的よ? 少なくとも私よりは成績悪いかなあ」
「運動は」
「可もなく不可もなく」
「性格がいいとか?」
「どうかしら」
ううん、と悩まし気に理沙は唸る。
「変なこだわりあって、変に頑固だし。好みはうるさいし。手料理持って行って上げたのに、お礼の一つも言わないで」
指折り、
「デートの待ち合わせは遅れてくるし、コンビニで新商品出てれば必ず手を出す癖に、口に合わないといやそうな顔をして押し付けようとしてくるし、口に合えば合ったで同じものを何個も買ってくるし」
ことん、と首を傾げて、
「一回本を読み出すと止まらないし、集中すると反応がおざなりになるし、邪魔すると機嫌悪くなって、手を出すと逃げるし」
む、と顔がしかめられた。
「既読スルーはよくするし、話をしてても楽しそうな顔はしないし、同じ部屋に二人きりしかいないのに、キスどころか手に触れるのすらためらうし」
むむむ、となんか目が据わってきた。こわい。
「・・・・・・えっと、なんか、聞いてる限りだといいところないんだけど、・・・・・・なんで?」
「なんでって・・・・・・」
言われて、ちょっと考えた理沙は、仕方なさそうにため息を吐いて、
「だって、そういうところが全部好きなんだもん」
かわいい顔しやがって、と思う。
ほんと、そう思う。
「どうしようもないのは分かってるけど、そういうのが全部私の好きなところなの」
理沙は顔を赤らめて、へへへ、と笑った。
「趣味が悪いかもだけど、私は、そういう人を好きになったの」
「・・・・・・そ、か」
槇原が力なくうつむいた。
「・・・・・・そうか。よくわかった」
それから、顔を上げた槇原の横顔は、横顔だけでも、やっぱりイケメンに見えた。
「俺じゃあ、そいつよりも柚木さんに好きになってもらえないってことだ」
「そうね。きっと。槇原君には悪いけど、私は槇原君をそいつより好きになることはないと思う」
槇原をしっかりと見て返す理沙の横顔は、かっこいいと思う。
「はっきり断ってくれてありがとう。柚木さん」
「お礼を言われることじゃないわ。むしろ、こんな私を好きになってくれてありがとう、とこちらこそ言うべきよね」
理沙は苦笑を浮かべている。
「ちなみに、その彼氏は誰って聞いたら、教えてくれる?」
「・・・・・・いいわよ」
理沙が頷いたのに驚く。
理沙は、そのまま、こちらを指さした。
「あれ。あれが私の彼氏」
「・・・・・・あれが」
イケメンにじっと見られていると、なんだか照れてくる。
周囲、教室の皆の視線は、驚きと、なんとも言い難い複雑な表情を伴っている。
そういう周りの空気を無視して、槇原はこちらをしげしげと眺めた後、
「・・・・・・じゃあ、帰るよ」
「ええ。さようなら」
槇原は、最後に理沙の顔を見て、教室を出ていった。
ざわざわと教室は揺れている。
教室中の視線は、ふう、とため息を吐いた理沙と、その彼氏宣告をされたこちらを行ったり来たりしている。
理沙はカバンを手に持って立ち上がると、こちらに向かってきた。
「・・・・・・帰るわよ」
「あいあい、まむ」
すっごい睨まれた。
***
「彼女が告白されている最中、よくも傍観者に徹したわね?」
「いやあ。邪魔したら悪いかなあ、と」
睨まれている。
理沙は、こちらの手を引いて、廊下をずんずん進んでいく。
手をつないで、というか引かれて歩いているから、下校途中の生徒の視線がこちらに向くけれど、理沙はそれを気にも留めない。
「・・・・・・理沙?」
「・・・・・・・・・・・・」
呼びかけると、無視された。
こういう時は、いくら言ってもあまり答えは返ってこない。
だけど、呼びかけずに放っておくと、機嫌がどんどん悪くなる。
教室ではさんざっぱらこちらを面倒くさそうに言っていたけれど、そういうところは理沙もどっこいどっこいで面倒な気もするのだけれど。
「理沙ー。帰ろうよ。おごるぜ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「理沙。ほら」
「・・・・・・・・・・・・」
「理沙。靴履き替えるから手離して」
「・・・・・・・・・・・・」
「理沙? 手」
「・・・・・・・・・・・・」
「理沙さーん?」
「・・・・・・・・・・・・もう」
手が離れたので、靴を履き替える。
理沙も靴を履き替えるのを見ていると、
「・・・・・・なんで何も言わなかったの?」
「槇原の告白のこと?」
「他に何があるの」
「だって、マジな告白っぽかったもん」
「邪魔しろとは言わないけど、彼氏としての態度ってもんがあるでしょ」
「・・・・・・いや、付き合ってることは内緒にするっていうのは、理沙が言い出したことじゃんか」
「私が悪いってこと?」
「そうじゃなくて、その約束を守ったままで、槇原を邪魔するのは嫌だったんだよ」
「なんで?」
「彼氏ですって名乗れないのに、邪魔したら、なんか・・・・・・変じゃん?」
「・・・・・・・・・・・・そうね」
「次はちゃんと邪魔するから」
「次なんてない」
「ああ、うんそうね」
靴を履き替え、上履きを靴箱に仕舞った理沙は、こちらをじっと見る。
「・・・・・・・・・・・・はあ」
「なんでこんなやつ好きになったんだろう、みたいなため息はやめてよ」
「なんでこんなやつ好きになったんだろう」
「言葉に出すのはもっとやめて」
苦笑する。
「・・・・・・帰りましょ」
「あいあい。まむ」
「もう!」
ぷい、と顔を背けて、理沙は歩き出す。
その背を追いかけて、
「・・・・・・・・・・・・」
一つ、苦笑。
いろいろ言われたけれど、
「・・・・・・理沙」
「何?」
「僕は、槇原以上に、理沙のことが好きだからね」
理沙は足を止めなかった。
こちらを振り向きもしない。
ただ、
「ばか」
小さな声だけ、聞こえた。
正直、人付き合いとか苦手で、恋愛とか最たるものなので、こういう会話があり得るのか、とか、古くないか、とか、ずれてないか、とか、そういうところで不安になります。
面白いと思ってもらえるといいなあ・・・・・・。