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1話【3】

ワタシは普通を生きたいだけなのに。親に叱られ、愛され、友達を作り、他愛もないことで笑い合い、些細なことで喧嘩して、仲直り。

普通を望んだだけなのに。

生まれたその瞬間には運命が壁となって押し寄せた。運命という名の箱に閉じ込められ、身動きもできずもがき苦しんだ。

箱の中では装束姿の男の大人たちがワタシを観察していた。裸のワタシを。畜生を見るような目で。

その中でワタシは最低限の食事を摂り、ただひたすらに勉強をさせられた。

閉じ込められた理由を問うても、答えは無かった。

人の温もりなんて存在しない。

子供が自由研究で、惰性で植物を育てているかのような日々。

たまに与えられた休憩で、静かに読書で知識を得る。

幸い、

どうしようもなく辛かった。

成長するワタシの身体を見る装束姿の大人の目。その目には異性を見る目が含まれつつあった。13歳ほどの成長しきっていないワタシの身体に、欲情しているのがよくわかった。

もはやプライドなんてものは無かった。あったのは「普通」を欲する望みのみ。

本で得た知識と自分の体の成長に見合っていない淫靡で貧相な服を身につけて、その男の「好み」通りに動いた。その男がワタシに手を出そうと誘った時、交換条件で5分間だけ外出の許可を得た。

外に出る時、この男は決まって煙草を吸う。その煙草を盗んでおき、煙草を忘れてきたと勘違いした男は自分の部屋に戻る。そのスキをついて、ワタシは逃げ出した。5分間という短い条件下だったこと、部屋から外がそれなりに近いこと、ワタシが今までその男にだけは従順だったこと、ワタシをただのエロガキだと見下していたこと。これらが男の油断に繋がった。

全速力で走り出す。後ろからは銃声が聞こえる。ワタシに向けて撃っているのだろうか。それとも、重大なミスを犯した男が射殺されたのだろうか。不安と罪悪感に襲われつつも足を止めることはなく、ただただ、走り続けた。

だが。

13歳の少女の全速力なんて、たかが知れている。

街を巡回していた1人の装束姿の男が、ワタシを見かけた瞬間、血眼になって追いかけてきた。

耳にはインカムのようなものが見えた。もう連絡は回っているようだった。

(でも!曲がり角が多い、振り切れる!)

なるべく速度を落とさず角を曲がる。

「!!!!」

角を曲がると、そこには。

装束姿の男が立っていた。

「あぁ、ぁ、あぁ」

言葉が、出ない。

思考がまとまるより先に絶望が押し寄せる。今まで自分の背中を押していた「逃げたい」という追い風が「逃げられない」という逆風に変わる。もう、走れない。限界はとうに超えていた。

膝から崩れ落ち、地面に手を突いて、喘ぐ。次第に、涙が、嗚咽が溢れた。

…ワタシはついに死を悟った。もう、それでもいいとさえ思った。

今、起こり得る絶望から救われる唯一の方法。それは死ぬことだった。現世から永久に逃げることだった。

そして、それさえも叶わないのだと、気づく。男たちの下卑た笑み。そして男たちの汚らしい口から発せられた言葉に目を見開く。

「もう2度と、逃げられない、ように、躾が、必要、みたい、だなぁ〜?」

独特な口調の装束姿の男。その握られた拳を見れば言葉の意味はすぐにわかった。

暴力だ。発言通り、2度と逃げられないよう、逃げようと考えることもないように、心を壊す。身体を嬲り、痛めつけ、最後には慰みものに。

文字通りの生き地獄が、未来に待っていた。

涙が止まらない。

「エヘ、あは、あひぁはははは、イヤ、たひけて、あぁ」

暴力が、始まる。男が殴り始めるより先に、少女の心は折れていた。

容赦なく大男2人の拳が華奢な身体に突き刺さる。

痛い。辛い。怖い。なんでワタシがこんな目に。

目前の大男2人に服を破かれ、サンドバッグにされながら自問自答を繰り返す。

何故自分なのか?自分が悪いのだ。普通なんて望んだから?自分が悪いのだ。自分が。ワタシが。

暴力が少女に降り注ぐ。

腹、肩、鳩尾、太腿、胸、腕、脇腹、顔。殴打、殴打、殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打。

殴られた部分は青紫に変色し、意識も保つのがやっとだ。無論、その身体に抗えるほどの力は無く、大男2人に嬲られ続ける。

悲鳴すら喉から出ない。口から吐けるのは血と胃液が入り混じったものと、喘ぐような息、嗚咽のみ。

視界がぼやける。救いは無い。どこにも。生まれた瞬間から決まっていた。今日までを生き抜けたのが奇跡だったのだ。

これからは、ボロ雑巾の方がマシだと思えるような日々が始まる。

人として、日を浴びることは無い。

もはや舌を噛み切る余裕も無い。

落ちかけた意識。

遠くから男の雄叫びのような声が聞こえる。

淀んだ視界の隅っこで。

2人の男女が走って来ているのがわかった。

女の子はワタシと同い年ぐらいだろうか。遅れて走る男の子は高校生ぐらいだろうか。

(…来ても何も変わらない。)

少女にはもう救いを求めることすら出来なかった。

もちろん大男も気づいていた。ワタシを壁に押し付け、手を離し、走り寄る男女に意識を向ける。

ワタシはそれをぼんやりと眺めることしかできなかった。

一緒に走り寄っていた男の子が、直前の曲がり角を曲がる。それを見た装束姿の男はもう1人の大男に合図を送る。

「君たち何やってるんだ!!少女を大の大人2人が寄ってたかって…!!」

スピードを落とし、女の子が近寄ってくる。

怖いもの知らず…いや、命知らずなのだろうか。

大男はニチャリと笑い、走り寄ってきた女の子の腹に拳を入れる。

「ぇあ"ッ!?!?」

たまらず女の子が崩れ落ちる。

女の子を一撃で無力化したのを見たもう1人の大男が、角を曲がった男の子を追いかけて走りだし、角を曲がる。

「このことは、黙っておけ、な?痛い、思いは、したくない、だろ?」

独特な口調で大男が言葉を投げかける。

「…うる、さい…私が痛い思いをして切り抜けられるなら、いくらでも無茶してやるよ…!」

その言葉を聞いた大男はニチャリと笑い、女の子の胸ぐらを掴んで無理矢理立たせる。

「ぅ…」

手を離させようと必死にもがくが、それも無駄に終わる。

大男が拳を握り込み、女の子に叩きつけようとしたとき。


向かいの壁から、何かが飛び出し、大男に勢いのまま蹴りを放つ。

「死ね!ドブカスがァッ!!」

それはさっき角を曲がった男の子だった。

「カイ…!」

女の子が必死に声を出す。男の子の名前だろうか。その声には不安と心配、少しの嬉しさが混じっているようだった。

大男は完全に不意を突かれ、防御が間に合わずモロに顔面に蹴りが入ってしまう。

女の子から手を離し、大男は大きくよろける。

「き、き、さ、ま、あぁぁぁぁ!!!!」

大男が激昂し、男の子に襲い掛かろうとする。

それを見た男の子は。


男の股間を、思いっきり蹴り上げた。


「ぅぐぅッッ!????!!?」

突然の爆発的な痛みに大男は倒れ込む。

「1人目…!」

カイと呼ばれた男は己が曲がったはずの曲がり角を睨む。そこに向かって全速力で走り一気に曲がり角に到着する。

そこへ、

「あの男、どこへ消えやがった…!」

と喚きながらもう1人の大男が曲がり角から顔を出した。

その瞬間、大男の鳩尾に向けて握り込んだ拳を叩き込む。

カイという男もそれなりに鍛えているのだろう、その拳は大男の身体に深く沈みこむ。

「2人目ぇ!!」

カイという男が、あっという間に2人の大男を沈黙させてしまった。

「ぅ…うぐぐぅ…ッ」

股間を蹴り上げられた大男が立ち上がろうとしている。

それを見たカイという男は走ってワタシに近づき、ワタシをおんぶし、なんとか立ち上がった女の子とその場を離れようとする。

「ま、待て…ッ!そのガキを、置いて、いけ…!!」

カイという男はため息をつき、鋭い目つきで言い放つ。

「黙れ。そこでくたばってろ。」

すると、言い終わったタイミングで、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

それを聞いた大男は、内股になりながら焦ったようになんとか立ち上がり、まだ呼吸がうまく出来ずに悶絶していたもう1人の大男と逃げていった。

鋭い目つきに殺気、正確で無慈悲な急所への一撃、目的達成までの無駄のない動き。

本で見た、架空と思っていた存在に一致した。

「…にん…じゃ…」

ワタシは震える声を絞り出す。

「忍者じゃねぇよ。…俺は通りすがりの一般人だ。」

カイという男の背中に触れて気づく。

震えているのだ。

女の子の方も殴られたというのに、ワタシが見ているのに気づき、ニコッと笑った。見ればその体も恐怖で震えていた。

この人たちも、怖かったのだ。それなのに、見ず知らずのワタシを助けるために走った。

この背中が、ワタシの居場所だと言ってくれているような、そんな気がする。

命をかけて己の正義に従う。

まるで、それこそ、本で見た、勇者のようだった。

「とりあえず、警察に電話しないとね」

と女の子が言う。

それを聞いて

「警察は…ダメ…」

とワタシはどうにか言葉にする。

それを聞いて怪訝そうな顔をした男の子が、理由を問おうと口を開く。

それを見たのを最後に、ワタシの視界は暗転した。

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