1話【2】
俺には見覚えがある。
駆け出すミヤの背中を眺める、この光景。
中学2年の夏。今日と同じく、肌を焼き付けるような日差しが印象的な日だった。
当時の同級生の女子が高校生2人に恐喝されているところを目撃したミヤは、今と同じく全速力で走り出した。
ただ、助けるために。
ただでさえ小柄なミヤが、怖さを振り切って。
ただ、助けるために。
そして、ミヤの隣にいた俺は、今と同じく、いや、今をそのままなぞったかのように、助けを呼ぶという体で逃げ出した。
他人の危機を、幼馴染の危険を、「大人を呼ぶことが優先」であるとして逃げ出した。
結果だけを話すと、怪我人は出なかった。
ミヤが恐喝の場に乱入したことで高校生2人は動揺し、その間に走っていた俺が近くにいた大人に助けを求め、なんとか事態は早急に収まった。
そう、結果だけを見ると俺は正しかったのだ。結果だけを見たのなら。
そしてもちろんのこと、俺を責める人間もいなかった。
正しかったんだ。
俺は正しいことをした。
必死に、必死に思い込む。
俺はその答え合わせをするかのように周りを見渡した。
ミヤが、助けた同級生の女子と抱き合って泣いていた。
その姿を見て、気づく。
俺はずっと逃げたことの言い訳をしてたんだ。それもミヤや同級生の女子にでは無い。
俺だ。
俺は、俺自身に言い訳をしていた。
結果として正しかったかじゃない。
幼馴染の、女の子に怖い思いをさせ、自分は1人で安全策を図る。
その事実に目を向けたくなかったんだ。
俺は、逃げた。
同級生の女の子には泣きながら感謝された。解決したのは俺の行動が故だったからだろう。
ミヤもまだ泣いていた。
その姿を見て、俺は謝罪の1つも言えなかった。
俺は「正しかった」のだから。そう言い訳して。
ただ泣いている姿を、見つめることしかできなかった。
それ以降、この事件の話をすることは無かった。
ミヤも俺も何事もなかったかのように過ごした。
このまま忘れ去られていくのだ、薄れていくのだ、と解決した時とはまた別の安堵感があった。許されたんだと勘違いした。
今回も、同じ。大男との正面衝突は避け、いつ来るかもわからない警察に丸投げし、俺は安全な場所で解決を待つ。これが最善。
それで終わり。そうしたかった。
足が、動かない。恐怖とは違う、葛藤。
また、あの日と同じ、「正しい」と言い訳して、逃げて、情けなく解決することを祈るのか。
それとも。
あぁそうだ。
あの日以来、臆病者となってしまった自分との決別だ。
「くそおおおおおおぉッ!」
動かない足を思いっきりぶん殴る。
痛みで恐怖を誤魔化して、一歩前に進める。
「怖ぇよ…怖ぇ…!怪我で、怪我で済まないかもしれないんだぞ…!?」
少しずつ歩みを進める。
足を踏み出すたびに涙が溢れる。
思うように足が動かない。
「お前は…!なんで…!!そんなに、他人のために…ッ」
瞳に涙が滲む。太陽の光が自分の涙に反射し、ぼやけた視界の中で走るミヤの背中が輝いていた。
そうだ、俺は、あの背中を。
「ぅうおおおあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
恐怖を気合いで振り払う。
走り出す、走り出す。
部活で鍛え上げた肉体で、脚でコンクリートの大地を強く蹴る。
走る。
奔る。
疾る。
俺は、全速力で。
大男2人のもとにたどり着いたミヤを横目に、手前の角を曲がった。