第一話:始まり【1】
「あっっっっっつい…太陽神までもがこの宿守界理を陥れようとするのか…」
そう、今日は8月15日。
今は高校3年生、つまり進学をしない俺にとって、最後の夏休みの真っ只中だ。
青春を捧げた野球部も二回戦敗退で最後の大会を終え、引退した。優秀な選手、とよく褒められたが特にスカウトなんかがあったわけでもなく、引退後の急激に暇になった日々を、惰性で過ごしている。
コンクリートの地面から感じる熱気と空から無慈悲に降り注ぐ太陽の光にサンドイッチされながら、夜食が入ったコンビニのレジ袋ぶら下げて、ぐでぐでと歩きながら愚痴をこぼす。
「買ったサンドイッチも俺も焼きサンドイッチになっちゃう〜…こんな日はクーラーの効いた部屋でグダグダしながら美人でロングで身長が高くて巨乳で清楚なお姉さんに膝枕されながらゲームがしたいなぁ〜」
「でっかい独り言!カイ、最近まで野球部だったんだから暑さぐらい余裕でしょ?」
「…ミヤ、別に野球してたからと言って暑さに強いとは限らないだろ?」
俺のことをカイと呼ぶ女は入貝美夜、もといミヤ……ボブカットで貧乳で元気なオタクで身長が低くて童顔の幼馴染、つまるところ「真逆」が来た。
「そんな『真逆が来た』みたいな顔しないでくれないかな?」
……バレた!?
いやいや落ち着け、ミヤも別にエスパーじゃない。
俺の気持ちをこうもあっさりと見抜けるはずはない。
カマをかけられてるに違いない。
そうだきっとそう。
いや、そうであって欲しい。
そうと決まれば、この俺の巧みな話術で誤魔化し、上手く話題をすり替えてみせよう。
「い、いいいやいやいやいやいやいや、そそそんなこと思ってないさ!そそんなことよりどうしたんだこんなところで??」
「嘘が下手すぎない?大丈夫?詐欺とか向いてないよ?」
「詐欺しようと思ったことなんてこの世に生まれて一度もないですけど!?」
「気をつけた方がいいよ?」
「それ詐欺側に言うことじゃないよね!?詐欺される側に言った方が良いよね!?そして俺は詐欺してないよ!?」
ミヤが楽しそうにケタケタ笑う。釣られて俺も笑いをこぼしてしまう。
しまった、すっかりミヤのペースだ。
それと同時に気付かされた。そういえばこいつはエスパー以上に厄介な「幼馴染」という属性を持っていたんだった。
これは偏見だが、どのラブコメでもクセモノ扱いされるのは幼馴染だ。例外なくコイツもクセモノだ、間違いない。ただ一つ間違いがあるのなら、この世界はラブコメの世界ではないということ。ここは現実だ。肌に突き刺す日差しがそれを教えてくれる。
ひとしきり笑い合ったあと、
「それで、カイは何してんの?」
「…先に聞いたのは俺なんだけど…まぁいいか。今日、親が2人とも仕事で帰ってこないから弟の分も含めてコンビニ弁当を買ったとこだな」
「あれ?今日ご両親いないの?旅行行ってたからお土産買ってきたのに〜」
「一昨日帰ってきたんだったか」
そういえばこの女、なかなかアクティブなオタクだった。
「そう!東京に行ってたんだ!楽しかったよ!」
「どこに寄ったんだ?」
なんとなく答えはわかる。都会でオタクがよく出没する場所といえば…。
「アニメイト!!!!!!………………とスカイツリー」
「ブレないな…お前。普通先にスカイツリーが出てこないか?」
「アニメイトと比べればたいしたもんじゃないよ」
「頼むからただの田舎の人間が都会人に喧嘩売らないでくれ…。ドン・キホーテマウント取られるぞ。」
「ドンキ無いのウチの県だけだからマウント取られるの東京に限った話じゃないよね?」
…痛いところ突いてきやがる。そう、ウチの県は全国唯一のドンキなし県、高知県だ。
いやまぁドンキ以外にもいろいろ無いんだが…その話はやめておこう、高知県民が悲しくなるだけだ。
「じゃあ俺の家に用があったわけだ」
「今無くなったけどね」
「いやなんで俺と弟はお土産渡す対象に含まれてないんだよ」
「ふふっ冗談だよ!弟くんにはあげないとね!」
「ずっと俺が含まれてないんだよなぁ…」
互いに吹き出す。悔しいが、コイツの隣は心地いい。会話一つ一つが噛み合い、盛り上がっていくこの感覚。永遠に続いてほしい。
そんな悦に浸りながら駄弁っているうちに、ミヤが異変に気づき、目を見張る。
「ねぇ、アレ…」
ミヤが俺の服の裾を引っ張る。
さっきまでのテンションの高い声音とは違う、真剣なトーンに切り替わっている。
服の裾を引っ張られるという行動に萌えを感じつつ、ミヤの視線を追う。
……。
それを見た時、さっきまでの楽しいお喋りも萌えなんて感情も全てが吹き飛び、冷め切った。
…簡潔に言おう。金髪の中学生ぐらいであろう女の子が、大男2人に襲われていた。
もちろん、性的な意味では無く、暴力的な意味で。
見慣れたはずの風景に起こった、あからさまな異常。暴力が姿を消した生ぬるい現代社会に生を受け、生まれて初めて体験する事態に足が竦む。
そんな中。ミヤは。
華奢な体に暴力受ける金髪の女の子を見ていた。
嫌な予感がする。頼む。俺が考えている言葉だけは発さないでくれ。
ミヤが口を開く。
「助けよう」
「ダメだ。絶対にダメだ。」
予想が当たってしまった。ミヤは、昔から良い奴だ。善人だ。正義のために動ける人間だ。
咄嗟にミヤの口から出た言葉を否定する。
「ミヤ、ガキ同士の喧嘩じゃないんだ。関わるべきじゃない。警察を呼んで警察にどうにかしてもらうのが最善だ」
「警察を呼んだうえで助ける。」
「ただの高校生である俺たちが大男2人をどうにかできると思うか?すぐそこを曲がると俺の家だ。早く行くぞ」
ミヤの腕を掴み、グッと引こうとする。
するとそれをミヤは振り解き、
「でも!!その警察を呼んでる間にもあの子は暴力を受けるんだよ!?」
「だから!!大男2人に勝てるわけがー」
「違う!!!!カイは逃げたいだけでしょ!?」
思いがけないその叫びに、気圧される。
「敵うわけがない?!やってみないとわからないよ!!警察を呼んで?それまでにあの子が死んじゃったらどうするの!?『俺はやるべきことをやりました』それで満足!?そんな他力本願で何を解決するつもり?!事件?事件は解決できても、あの子の問題は解決できないでしょ!?」
ものすごい剣幕だ。反論するタイミングが無い。…いや俺が言おうとしていることはきっと、反論なんて美しいものじゃない、ただの言い訳だ。わかってる。本当はどうすべきなのか。でも、足が竦んで動かないんだ。怖いんだ。目の前にある暴力が。動かないんだ。部活で鍛え上げた自慢の体が。
「私は行く!無理だったとしても時間は稼ぐ!!その間に、カイは逃げて警察を呼んでよ」
その提案に俺は目を見開き、ミヤの顔を見る。その瞳には涙が溢れようとしていた。よく見れば肩も、手も、足も、震えていた。
それでも、それでも、立ち向かおうとしていた。
「…ッ」
口から零れそうだった言い訳を奥歯で噛み砕いた。
女の子であるミヤが、怖くないわけがなかった。
怖くても立ち向かえるのが、ミヤ。
じゃあ、俺は。
俺は、どうだろう。
どうすれば、いいのだろう。
考えれば考えるほど、「最悪」の光景が思いつく。金髪の女の子が死ぬ。ミヤが死ぬ。血の気が引くのがわかる。足の震えが止まらない。心臓が苦しくて苦しくて、息ができない。
「あぁぁぁぁァァァァッ」
金髪の女の子の悲鳴が上がる。
その声を聞いたミアは。
もう走り出していた。お土産が入った袋を勢いよく放り投げて。
俺は、その背中をただ見ていることしかできなかった。