↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/92

醜悪なるヒステリー

 ライラティーヌの死亡は、全ての希望を打ち砕かれたのと同じだと思えた。


 あの小さな肩に、どれほどの期待を寄せていたのかを思い知る。


「あんな幼いライラティーヌ様まで弑す必要があったのか!」

「邪魔なんだよ、あの娘。特にあの目、癪に触る。おっと、殺したのは貴様だよ。忘れるな」


 鮮やかな紫の瞳が脳裏に蘇る。

 無邪気さと危うさを併せ持つ不思議な光。それがもうこの世から消えてしまったというのか。


「哀れな娘だよ! この俺に勝てると思ってたんだろうなぁ。策略に嵌められてるとも知らないで、いい気なもんだなぁ! クレメンスどころか、自分も死んでちゃ世話ねえぜ! お前らは負けたんだよ! 俺を見下した事をあの世で悔いてろ、ばーか!」


 ダミアンの不気味な勝鬨(かちどき)が、静まり返った室内に響き渡った。


 だがその高笑いも、どこか遠くに聞こえる。

 目の前が暗くなり、全ての感覚が麻痺していく。


「あの方は、死なない」


 絞り出した声は、願望に他ならなかった。

 最早自分が、この窮地から脱する事は出来ないだろう。


―――私やライラティーヌ様がいなくなれば、コンラーディン様はどうなるのだ。


「コンラーディンの事を心配しているのか? お前と言う目と足を失えば、最早生きる屍同然。殺す価値もないわ」


 怒りと喪失で目眩がする。


―――最早先がないならば、せめてカロリングの為にこいつだけは。


 サーベルを握る手に力を込める。


 文官であるクレメンスがタンストンに敵うとは思わない。だが一太刀でも、ダミアンの首に届かせよう。


 絶望という名の決意に心が支配された時―――


 唐突に室内の騎士達が、声もなく倒れた。

 まるで操り人形の糸が切れたかのようにバタバタと、一斉に昏倒した騎士達が床に転がった。


「なっ、なんだ!」


 何が起こったのか分からない。

 気がつけば、立っているのはクレメンスとダミアン。そしてタンストンの三人だけだった。

 倒れた者達は息はしている。だが意識は完全に失っている。


「何が起こったんだ! 起きろお前達!」

「ダミアン殿、落ち着いてください」


 タンストンが宥めるが、聞く耳を持たない。


「これが落ち着いていられるか! 貴様、何をした」


 狼狽しながら噛み付いてくる。だがクレメンスにも訳が分からなかった。


「私に何かをする余裕があったように見えたか?」

「お前はこういう趣味の悪い事をする奴だろうが」

「貴様に言われたくないな」

「黙れ!」


 ダミアンが足裏を床に叩きつける音だけが響く。


―――何が起こったんだ。落ち着け。考えろ。いや、今が好機だ。今なら刃も届く!


 一切の迷いを振り払い、サーベルを抜き放とうとする動きを、静かな声が阻んだ。


「私ですよ」


 声はタンストンの物だった。


「こいつらを眠らせたのは、私です」

「タンストン! 貴様」


 ダミアンが詰め寄る。


「嘘です」

「は?」

「ですから、嘘です。お二人とも頭は冷えられたか」


 タンストンがしれーっと瞼を閉じた。


「少し落ち着けば、誰の仕業なのかは一目瞭然でしょう。……クレメンス殿、サーベルから手を離して下さい。そんな事をする必要は最早ない」


―――何の事だ。


 いやタンストンは敵なのだ。この混沌とした場を支配する為の虚言に過ぎない筈だ。だが、なぜかタンストンからは一切の敵意を感じなかった。


「うふふ。流石タンストン隊長ですね」


 突然、場違いな明るい声が背後から割り込んだ。


 聞き馴染みのある声が耳に届いた途端、クレメンスは全身の血が暴れ回るような思いがした。


 知らず口元が緩む。


 振り向くと、ベッドの傍の椅子に、悠然と腰掛ける少女がいた。

 明るい翠の髪、意志の強い紫の瞳。

 死んだ筈のライラティーヌが、悠然と足を組んで座っていた。


 目が合うと、にやぁっと笑って、手のひらをヒラヒラと振ってきた。


―――なんだろう。嬉しい筈なのに、殺意が湧くぞ。


「私の位置から丸見えです。背中を向けているクレメンス殿ならまだしも、気付かない訳もありません」


 タンストンはこれ見よがしに溜息をついた後、チラリとダミアンに視線を流した。


 気付かずに騒いでいたダミアンは、蒼白な顔で叫んだ。


「何故お前がここにいる?! 何故生きている?!」

「死ななかったからでしょ」


 ライラティーヌは椅子からぴよんと降りる。


「何処から入った! いったいどう言う事だ!」


 クレメンスも同じ疑問を持った。


 確かに先程までは誰もいなかった。

 ライラティーヌは忽然と姿を表したのだ。まるで転移のように。


「煩いですよ。貴方のヒステリーは醜悪で、見るに耐えません」


 ライラティーヌはゆっくりとクレメンスの隣まで来た。


 小さな手で、ぽんぽんとクレメンスの腰を叩く。

 見下ろすと、力強く笑う瞳が見上げてきた。


 あとは任せろ、と言われている気がした。

 不覚にも鼻の奥がツンと痛んだ。


「そう言えば先程、タンストン隊長はアーレント側の人間だと言っていたようですが」


 ライラティーヌはダミアンを正面に見据えて微笑んだ。


「隊長を軽く見過ぎです。隊長は誰かの駒になるような玉ではありませんよ」

「なんだと?」

「勿論私の手数(てかず)でもありません。隊長が何かの為に動くとしたら、それはカロリングの為だけです」


 ライラティーヌの流し目を受けて、タンストンが静かに目を伏せて口元を上げた。


「タンストン! 裏切ったのか?!」

「裏切るも何も。私はラフレモーサの噂をクレメンス殿に伝えただけです。何やら事が動きそうでしたので、渦中に入っただけの事。知らぬ内に事が終わってしまっては、対処も出来ませんから」

「と、言う訳です」


 ライラティーヌはビシッとダミアンを指さす。


 そして高らかに宣言した。


「さあ、解決編のお時間ですよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。