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騎獣作成

 自室に戻ると、アンヌがいた。

 部屋の中央で居住まいを正して立っている。


 ピンク色の髪は高い位置で二つに結ばれ、ゆったりとしたウェーブを描いている。紺色の瞳に薄桃色の唇。表情に乏しく、ふわふわした外見なのに、受ける印象は凛としていて堅苦しい。


「アンヌ、無事に戻れたのですね。ごめんなさい、私のせいで大変な目にあったと聞きました。酷いことはされませんでしたか?」


 小走りに駆け寄ると、アンヌは少し眉を寄せて怪訝そうな顔をした。だがすぐに表情を引き締めて、無言のまま両膝をついた。胸の前で両腕を交差し、そのまま頭を垂れて、ライラティーヌの靴に額づいた。


「この度は命を救って頂き恐悦至極に存じます。わたくしアンヌ・バント。ライラティーヌ様の手となり盾となり、生涯お仕えすることを誓います」


「え? あの、アンヌ」


 最大限の忠誠を誓われているようだが、現代人としては人に額づかれるなんて落ち着かない。

 慌てて足を引こうとしたとき、アンヌが声を落とした。


「このような時は『許す』と」

「許す?」

「有難き幸せにございます。誠心誠意仕えさせて頂きます」


―――いや、今の疑問形でしたから!


 アンヌはスッキリした表情でさっさと立ち上がると、汚れたスカートをポンポンとはたき「お茶を入れますね」とスタスタとキャビネットに向かった。


 実にあっさりしたものである。


―――結構重大な儀式だったと思うんだけど、流れ作業みたいに終わっちゃった。


 ライラティーヌは何となく、釈然としない気持ちでテーブルに着いた。


―――その内去ることは決まっているのに、忠誠なんて受け取って良かったのかなぁ?


「お気になさらずに」


 アンヌが、まるで心の中を読んだかのように語りかけてきた。


「私が勝手に捧げただけですので、責任を感じられる必要はないです。それに、これはライラティーヌ様にとって、今一番必要な物だと思うのです」

「一番必要な物?」

「信頼できる手駒です」


 言葉に詰まる。

 アンヌも、今回の事件は魔力の暴走などではなく、第三者の手によるものだと知っているのだ。


―――当たり前か。濡れ衣を着せられた本人だもんね。犯人へ怒り心頭なのは、私と同じだろうし。


「怖くないですか? このような権力闘争などない、安全な職場を探すよう、クレメンスに頼んでみても良いのですが」

「先ほどの誓いをお忘れですか? ライラティーヌ様の盾となる、と申し上げました。そのように扱ってください」


 お茶を準備する手を少し止めて、アンヌは心臓に拳を充てて一礼してみせた。確か騎士の挨拶だ。

 ふわふわの美少女なのに、その姿はとても頼もしく見えた。


「頼りにさせて頂きますね」

「お任せください」


 ずっと無表情だったアンヌは、初めてふっと笑った。


―――わあ! かわいい!


 ガッシャーン!


 茶葉入れが床に転がり、アンヌの足元には茶葉が散乱していた。


「あ、すみません。すぐ片付けます」


 アンヌは『よくあることだ』みたいな態で、特に焦ることもなく、さっさと床を片付けると、新しい茶葉を貰いに部屋を出ていった。


 アンヌが出ていった扉を呆然と見つめる。


「そうだった……。アンヌってちょっとアレな感じの娘だった」


 『きゃー』とか『あーん、またやっちゃったぁ』とか言えば『天然なのね』と微笑ましくも見られるだろう。実際そんな台詞がとっても似合いそうな容姿をしている。


 なのに、ニコリともせず、焦りもしない。

 天然感のない生粋のおっちょこちょい。

 本人もそれを受け入れていて、治す気もない残念娘。それがアンヌ・バントだ、とライラティーヌは溜息をついた。


「でもまあ、きゃーきゃー言われるよりは、鬱陶しくなくて気が合いそうだわ。うん」



――――――――――


 午後、ライラティーヌは城の北側に広がる森に来ていた。

 城からの脱出にはアンヌが手引きをしてくれた。


「これでよし」


 ライラティーヌは、土をぽんぽんと叩き固めて満足げに言った。


 カロリングの街を一望できる場所にある、一際大きな木の根本。


 死んでしまったことさえ誰にも認識されず、弔われることのなかった『ライラティーヌ』のお墓だ。埋葬する遺体もないので、せめて一番の友達だったぬいぐるみのエーファを埋めた。


 両手を合わせ、祈る。


「貴方の望みはなに?」


 カロリングを去ることは譲れないが、それ以外であれば出来るだけ叶えてあげたい。


 記憶を引き継いでいるとはいえ、完全ではない。

 大人になって思い出す、子供の頃の記憶といった感じで、はっきり覚えていることもあれば、よく分からないことも多い。


 よく倒れて寝込んでいた子供だったのは分かる。

 おそらく執拗なヘルマンの攻撃のせいだろう。

 自分に何が起こっているのか全く理解できず、望みといえば、丈夫な身体、平穏な日々。幼い心でそれを願っているうちに命を落とした。


「ただ笑って過ごせる時間が欲しかっただけなのよね」


 すでに死なれてしまっては、叶えてあげようもない希望。せめて本物のライラティーヌの分も笑って過ごせる人生を歩もう。そう心の奥に刻んだ。




「さて、いっちょやりますか!」


 立ち上がり、街から見えない場所へ移動すると、周りに人気がないことを確認して、腕まくりをした。


 どのような騎獣にするか思い浮かべながら魔力を流し込めばいいらしい。


「やっぱり、まずはこれでしょ」


 現代の乗り物全般大丈夫と言われた段階で、一番に思い浮かんだものだ。


 掌でブレスレットを握り込むと胸の前にもってきて、目を瞑る。頭に完成形を思い描きながら魔力を流していく。

 まだ流すという感覚が分からないので、全身をめぐる魔力に力を入れる感じでやってみると、ブレスレットに向けて、何かが流れ込んでいく感覚が分かった。


 魔石が一瞬パッと金の光を放ったと思ったら、次の瞬間目の前の空間に色とりどりの光が、尾を引きながら現れた。

 何百という光がグルグルを絡み合いながら回転する。

 尾を引き、糸のように見えるそれは、やがて繭玉のように球体になり輝きを増していった。


 最後にカッと光を放つと、繭玉があった場所に思い描いた通りの騎獣が現れた。


 バイクだ。


 騎獣というからには、生き物をベースにしなくてはいけないが、現代の乗り物は生き物とは程遠い。それならば、トランスフォームすると思えば何でもいけるはずだ、と考えたのだ。

 トランスフォームした先が、氷の召喚獣だとなお良い。


「ふふふん。流線型でカッコイイ。すごく早そう! すごく飛びそう!」


 なんなら、氷も出せそうだ。

 ライラティーヌは、得意顔で試乗しようと弾む足で騎獣に近寄った。


「……乗れない」


 八歳の身体には大きすぎるのだ。

 座る場所さえ肩くらいの高さがある。


「むー。もっと小さくなくちゃ。小さくなーれ、小さくなーれ」


 バイクをぺちぺち叩いていると、徐々に形が変化して小さくなってきた。


「おお」


 小さくなったバイクに跨ってみると、少しお尻が痛い。


「座る場所が細すぎるんだ。もう少し太く、出来れば柔らかく」


 考えにあわせてバイクは変形していく。丁度よい感じになったときには、元の面影がすっかりなくなって、なんだかすんぐりむっくりしたものになってしまった。


「おもちゃ屋さんで売ってそう。ううう、カッコ悪いよ」


 実用第一なので、見た目は我慢するしかない。

 早く成長しないかなぁと思いながら、ハンドルを握り込むと、少し前傾姿勢になる。


 バイクの運転の仕方など知らないが、ハンドルに魔力を注いでみると、すすすっと前に進んだ。


「おお。動いた! 上がれ上がれ!」


 宙に浮くイメージで魔力を注くと、いきなりぶわっと上昇した。


「ひゃああ」


 一気に五メートルくらい浮き上がった。


「想像より大きく動くな。少し練習が必要かも」


 あまり高く飛ぶと誰かに見つかってしまう恐れがあったので、地上二メートルくらいを意識しながらグルグルと円を描くように走行練習をしてみた。

 十分ほどやっていると、あらかた慣れてきた。


「どのくらいのスピードが出るか試してみたいけど、ここじゃ無理ね。また今度ということで、次にいってみましょ」


 いったん解除してバイク型騎獣を消すと、次の形態に取り掛かった。

 今度はキャンピングカーだ。


 二年後に逃走したとしても十歳だ。こちらの常識がよく分からない為なんとも言えないが、十歳が街で一人で暮らしていくのは、目立つように思う。


 もしかすると数年は、山や森に身を隠しながらの生活になるかもしれない。

 そんな時に頼りになるのがキャンピングカーだ。どうせしばらくは旅をしなくてはならないのだから、必要な装備だ。


「小さくていいから、魔獣に襲われても壊れないくらい頑丈なやつ。私一人が寝れるサイズのベッドがあって、ちょっしたとテーブルがあればいいわ。空調も効いていれば冬の旅も問題ないわよね」


 ライラティーヌは魔術具に魔力を流し込みながら、要望をあげていく。


「外はカチカチ、中はふわふわ。今回のトランスフォーム先はレトロなロボットでよろしくね!」


 言い終わった瞬間、ふっと魔術具が光って、目の前に光の繭玉が現れた。

 今回は先ほどよりもずっと短い時間でキャンピングカーが現れた。魔力の扱いに慣れてくれば、騎獣を生み出す時間は短縮できそうだ。


 ワンボックスタイプの軽自動車くらいの大きさで、外観はレトロなキッチンカーのような感じだ。


「なかなか可愛いわね。うん想像通り」


 スライド式のドアを開けて中に入ってみると、思ったほど柔らかくはなかった。ベッドもマットレスくらいの柔らかさを考えていたが、せいぜいクッションフロア並みだった。板張りよりはマシ、という程度だ。


「布団は持ち込まなきゃ駄目ね」


 ハンドル一つで操作するバイクと違って、アクセルとブレーキがある。一度運転席に座って動かしてみたが、ちゃんと飛ぶことはできた。


「あとは一応、普通の騎獣も作っておこう」


 魔法の絨毯みたいに、座っている状態で飛びたいので、ペガサスなどの四足獣はなしだ。

 少し迷ってから、作り出したものは大きなマンタだった。


「両手も使えるし、風も気持ち良い。バイクよりずっといいわ。結局普通の騎獣が一番なのね」


 マンタは決して普通の騎獣ではないが、そこは気が付かない。


 普通の移動はマンタ。スピード重視の時や小回りが必要な場所ではバイク。キャンピングカーは宿泊用にすることにした。


 一通り飛ぶ練習をして満足したころには、陽が傾き始めていた。

 逃走手段に目処がついたことに気をよくしつつ、今後の事を考える。


「次は自衛力の強化よね。魔術魔術……。うーん。誰か教えてくれないかな」


 ブツブツ呟きながら部屋に戻ると、不機嫌そうなアンヌが待っていた。

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