突然始まった尋問会
側仕えが持ってきたのは赤ちゃんの頭くらいの大きさのクリスタルだった。多分魔石だ。
球体で華美な装飾の台座に固定されている。
「これの上に手を載せなさい」
言われたとおりに右手を載せると、球体に何かが吸われるような感覚がした。同時に魔石が淡い黄色に光りだした。
「まあ! 光りましたわ。 お父様、これが魔術具ですか?」
―――今のが魔力かしら。なんてファンタジー!
はしゃぐライラティーヌから、皆が悲痛な表情で目をそらした。
「次の問いには、否と答えよ。お前の名前はライラティーヌ・カロリングである」
「否」
途端に魔石の中に黒い靄が現れ、怪しく光りだした。
「わぁ、黒くなりましたわ」
「次の問いにも否と答えよ。お前は男である」
「否」
魔石が元の淡い黄色に戻った。
「確認は済んだ。これより尋問を始める、嘘偽りなく問いに答えよ」
「……分かりました」
どうやらこれは虚偽を述べると反応して黒く光る魔術具のようだ。
―――これやばくない? 転生の件に触れないように返事できるかな。
左手にぬくもりを感じて振り向くと、いつの間にかクラウディアが寄り添っていた。手を握ってくれている。その表情は真剣そのものだ。
―――良かった。幸せな瞬間などなかった不幸な少女を想像していたけど、ちゃんと両親からの愛情に包まれた日々だったんだ。良かったね、ライラティーヌ。
ヘルマンはニヤニヤを隠しきれていない。
ここでライラティーヌが潰れてくれれば手間が省けると思っているに違いない。
―――むかつく、死ね!
クレメンスは相変わらず無表情だが、蟀谷に汗が浮かんでいた。
コンラーディンの表情は全く読めなかった。
重苦しい沈黙の中、尋問が始まった。
「お前はゲルドゥヴォルをしたことがあるか?」
「ございません」
―――ゲルドゥヴォルはね。囲碁とは違うって言ってたし、嘘ではない、はず!
ドキドキしながら見つめていたが、魔石の色に変化はなかった。
まずは一安心だ。
「ゲルドゥヴォルのルールを知っているか」
「一部は知っていますが、全ては知りません」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。私の知っているルールはとても単純です。ですが他の要素もあると聞きました。なので今一局打てと言われても、たぶん打てないでしょう」
ヨアヒムは皆の方を振り返り「今聞いたことはすぐに忘れるように」と命令して、魔石の色を確認した。そして安堵の息を吐く。
「ゲルドゥヴォルに興じたこともなく、ルールも完全には知らない。これで罪がないことはあらかた証明できたであろう。ここからは領主しか知りえない内容になる。皆席を外せ」
ヨアヒムの命令を受け、皆が腰を浮かしかけたとき、ヘルマンが異議を申し立てた。
「まだ一つ、大切な事を聞いておられません」
「なんだ?」
「一部とはいえ何処でルールを知ったか、という事です」
―――ヘルマンめ余計なことを! 囲碁を知っているからだよ!
「推測するに他の者が行っている場に居合わせたのではないか? つまりライラティーヌの周囲に、罪を犯した者が必ずいる」
ヘルマンが得意げに顎をしゃくった。視線が心なしかクレメンスに向かっている気がする。
あわよくば、ここで纏めてコンラーディンとクレメンスも排除してしまおうという下心が透けて見える。
「……どうなのだ?」
―――だがグッジョブだ、ヘルマン!
「はい。他の方が打っているところを見ました」
「それは誰だ」
空気が堅い。固唾をのむ音が聞こえてきそうだ。
皆には、常識しらずの八歳の少女が、無邪気さ故に他人を告発する現場だとみえている。
そしてその罪人は、少女の近しい人物であるはずなのだ。
ライラティーヌはゆっくりを室内の面々を見回してから、ちょこんと首を傾げて言った。
「神々です」
「なんだと?」
「先ほど申しましたあの世のような場所で、神々が興じておられました。それは何かと尋ねれば、ゲルドゥヴォルだと教えていただきました」
「何を世迷事を」
ヘルマンが叫ぶ。
「魔石は色を変えておりませんわよ」
ライラティーヌも言い返す。
魔石は変わらず、淡い黄色に発光しており、そこには一点の陰りも曇りもなかった。
「本当だったのか」
「疑いは晴れたのでしょうか? わたくし罪にはなりませんか?」
―――何とか切り抜けた感じ? いやっほう!
「ですが」
ガッツポーズが出そうになったとき、ヘルマンの母が口を挟んできた。
頬に手を当て眉を寄せる仕草は、ライラティーヌを心配しているように見えるが、野心が駄々洩れだ。
「本人がそう信じ込んでいる場合は虚偽とはなりませんもの。誰かにそう思い込まされていないと良いのですが」
心配だわ、というポーズが憎らしい。
「どなたかがわたくしに幻覚を見せたと仰りたいのでしょうか?」
「まさか! 幻覚の魔術などありませんよ。催眠です。だってあまりにも荒唐無稽なお話でしょう? 領主の娘を陥れようとする者がいないとは言い切れません。お目覚めになられてから、二人きりでお会いになった方はいませんか?」
「どうなのだ?」
―――くぅ、そう来ましたか。っていうか、幻覚はないのね、ほっとした。
「……二人きりとなると、クレメンスとメイドのマイルですわ」
みんなの視線がクレメンスに集まった。
クレメンスは表情を変えずに一歩前に歩みでた。
「お疑いならば、私も魔術具に手を置きましょう」
「それは看過できぬ」
ヘルマンが声をあげる。
「その魔術具は本来ならば、公の尋問室や裁判で使われる貴重なものだ。今このような私的な場で使用しているのは、ひとえにライラティーヌが領主一族であるからに他ならぬ。一介の側近に使わせるわけにはいかぬ」
―――時間を稼いでクレメンスに不利な証拠をでっちあげる気だな。
「お父様、わたくし催眠をよく知らないのですが、確か眠っている者には効かないのですよね?」
「そうだ、意識がある状態でしかかけれない」
「ならば」とライラティーヌはヘルマンに向き直った。
「ならばわたくしがクレメンスの無実を証明いたしましょう。ヘルマンお兄様、私に二つ質問をしてくださいませ」
「む? 何をきけばよいのだ。其方自身が騙されていては、なんの証明にもならぬぞ」
「簡単ですわ。わたくしがゲルドゥヴォルを知っていたかどうか、です。ただし時期を指定してください。倒れる直前と目覚めた直後、です」
おおっ、と誰のものともつかない納得の声が響いた。
「確かにその質問なら、神々に拝謁した話を証明できるな」
でしょう? とライラティーヌは得意顔だ。
「よし、わしが聞くぞ。否で答えよ」
「分かりました」
「四日前に倒れる以前、ゲルドゥヴォルを知っていたか?」
「存じません」
魔石は色を変えない。
「昨日目覚めたとき、ゲルドゥヴォルを知っていたか」
「存じません」
魔石が黒く変わった。
これでライラティーヌがゲルドゥヴォルを知ったのは、意識を失っている間だと証明できた。つまり『夢の中』で知ったのだと。
おおっ、と食堂がざわめく。
「まさか、こんな馬鹿な……」
呆然とするヘルマン母、ヘルマンは顔を真っ赤にして、すごい目で睨んでくる。
視線だけで凌辱されそうだ。気持ち悪い。
「神々は今でもゲルドゥヴォルを興じておられるのか……」
呟きを耳に拾うと、ヨアヒムが目を閉じて天を仰いでいた。
どうやら信仰心に触れる話だったらしい。
「お父様、今度こそ無罪を証明できましたでしょうか? わたくしも、もちろんクレメンスも」
ヨアヒムが部屋の面々を見渡した後、ゆっくりを頷いた。
「ああ……」
途端に抱きすくめられた。
クラウディアだ。
―――良かったよぅ。でもヘルマンの余計な憎悪を買っちゃったな。自衛力強化、急がなきゃ!