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いきなりのピンチ

 ライラティーヌ・カロリングはカロリング領の領主の第三子として生まれた。同母と異母の兄がそれぞれ一人ずついる三人兄妹だ。

 八歳の時、魔力の暴走で一度死にかけているが、実際は異母兄のヘルマン・カロリングによる毒殺未遂だった。(今ココ!)


 冷酷なヘルマンとは真逆で、ライラティーヌは優しく思いやりのある娘で、加えて魔力豊富だった。

 魔力量で次期領主が決まるため、ライラティーヌは次期領主にと期待されていたが、早々に自ら辞退を申し出、領主となる兄を支えていくと宣言している。


 ヘルマンが十五となり、領主の手伝いを始めてから、領内は大きく荒れ始める。数年に渡る作物の不作に加え、ヘルマンの圧政に苦しむ領民を、ライラティーヌは献身的に支えた。ともに田を耕し、土地を魔力で満たし、病人を癒した。


 だが、痩せた大地に追い打ちをかけるように、奇病の蔓延、未曽有の大災害が領地を襲い壊滅的な被害を受けた。混乱の最中、人々は救世主を求めた。ヘルマンではなくライラティーヌを次期領主にという声が領民から立ち上り始める。怒り狂ったヘルマンは、反逆の罪でいくつかの村を焼いた。

 最終的にライラティーヌは、自らが護ってきた領民に裏切られる。

 領民は「反逆のすべての首謀者はライラティーヌだ」と主張し、無実の罪で処刑された。

 享年十四。


――――――――――


「地獄! 不幸すぎでしょこんな人生!」


 沙夜、ことライラティーヌはルイにもらった本を音を立てて閉じた。


「何なのライラティーヌ。めっちゃいい娘じゃん。領民! 領民! 何やってんの。報われなさすぎでしょっ」


 本を読む限り、ライラティーヌには何の落ち度もない。健気でいい娘だ。それなのに……。


「この人生を、今から私がやるわけね。なるほど。嫌だ」


 ライラティーヌとして目覚めたままのベッドの上で、沙夜は思わず胃の辺りをさすった。


「ライラティーヌ様っ」


 顔をあげると一人のメイドがドアから顔をのぞかせていた。

 口元に手を当てて目を見開いている。知らない顔だ。


「……お目覚めになられたのですね」


―――そうか。今は毒殺されかけて昏睡状態から目覚めたばかりってことなんだよね。


「ええ。心配をかけたみたいでごめんなさい」


 できる限り精一杯、貴族の娘らしく優雅に答えてみた。

 メイドは青ざめたまま、無言でドアの向こうに消えた。


「私はライラティーヌ、八歳の貴族の令嬢。記憶も受け継いでいるみたいだし、見様見真似でやるしかないね」


 ライラティーヌの記憶を引き継げたのは、とても大きい。

 人の名前や屋敷の構造、言葉や文字などには苦労しなくてすみそうだった。


「さてと」


 先ほどのメイドが、きっと誰かを連れてくるだろう。それまでに本だけは隠しておかなければならない。

 沙夜は本を枕の下に隠そうとして、思い直してキャビネットと壁の隙間に隠した。


「誰かに見られたら大事件だもんね。あとでちゃんと隠し場所考えなきゃ。あーアイテムボックスも強請れば良かったな」


 ぱっと見て本が見えない事を確認して、ベッドに戻ろうとしたとき、鏡台の鏡が沙夜の姿を映した。


 明るい青緑色の髪はさらさらのストレート。瞳は深い紫だ。光が入るとキラキラ光って宝石のようだ。

 白い肌、華奢な腕。どこからどう見ても美少女だった。


「これはラッキーだわ。ザ・異世界美女だね。ちょっとエルフっぽい。耳も普通だし、背も低いけど」


 八歳より少し幼く見える。

 やっと幼女を抜けた辺りだ。

 将来が楽しみだ、成人できる未来が無事あればだけれど、と苦笑気味に思う。


 新しい自分の姿に見惚れていると、鏡台の上に座っているぬいぐるみを見つけた。

 猫のようなウサギのような、ずんぐりして可愛らしい動物を模したぬいぐるみだった。


 名前はエーファだとライラティーヌの記憶が教えてくれた。ライラティーヌにとって唯一の、大切な友達だった。


―――そうか、ライラティーヌはまだこんなぬいぐるみを喜ぶ年齢なんだ。


 死んでしまったライラティーヌに、何かしてあげれることはないだろうか。せめて安らかに眠ってほしい。もし生まれ変われるのなら、次は穏やかな日々を過ごして欲しい。


 不意に、足裏を叩きつけるような足音が廊下から聞こえて来た。


 前のめりに乗り込んできたのは十二・三歳の少年だった。傍らには執事らしき男性と先ほどのメイドもいた。


 少年は前髪をきれいに切りそろえた金の髪を後ろで一つにまとめていて、ヘーゼルの瞳は冷酷な色を讃えていた。


 その酷薄な容貌が、ライラティーヌの記憶と繋がった。

 自然と身体が強張る。


「ヘルマン兄様……」

「生き返ったか。数多度(あまたたび)気を失う程虚弱なくせに、存外しぶといものだ」


 取り繕う気もなさ気なヘルマンの態度に、身体の芯がすうっと冷えていく。

 確かにライラティーヌは生き返った。

 でも沙夜は知っている。『ライラティーヌ』は死んでしまったんだ。健気で心優しい、能力にも神にも愛された少女を、ヘルマンは殺した。


―――あんたもう、立派な殺人犯だからね。


「お恥ずかしい限りですわ。ヘルマン兄様にもご心配をお掛けしてしまい申し訳ございません」


 沙夜は思考を隠し笑顔を作ると、ヘルマンに毒殺されかかったことは知らないフリを決め込んだ。


「其方、昏倒したときの事を覚えてないのか」

「ええ全くですわ。目覚めて頭が重たいので、あぁ気を失していたのだな、と。わたくしどのくらいの間寝込んでいたのでしょうか」


 ヘルマンは少し考え込んでから、左手をあげて軽く振った。それを合図に、執事らしき男性が部屋のドアを閉めた。


―――あれ?


「そのような事、其方が知る必要はない」


 ヘルマンが一歩こちらに足を踏み出した。

 ゆったりと近づいてくる。


―――もしかして、いきなりピンチ?! 


 背筋に冷や汗が伝った。

 きっとこのメイドは見張りだったのだろう。ライラティーヌが目覚めた事実はこの三人しか知らないのではないか。たとえ今ここで殺されても、目覚めなかった事にすれば誰も疑問に思わない。


―――目覚めて小一時間で終了なんて笑えないわ。


 沙夜は笑顔を張り付けたまま、頭をフル回転させた。


―――ドア前に三人か。逃げ場がない。窓から騎獣を使って逃げる? 出来るの? こんなことなら本を読む前に騎獣の練習をしておくべきだった!


 ぶっつけ本番でいけるだろうか、と左手にハメた腕輪にそっと触れたとき、唐突にドアが開き、凛とした声が投げられた。


「昏倒されてからもう三日と半日が経っております。ライラティーヌ様」


 二十歳くらいの銀髪碧眼の青年が立ってた。

 細身だが均整のとれた体躯。


―――この人はコンラーディン兄様の側近の


「クレメンス」


 クレメンスはノンフレームの眼鏡をくいっと正すと、部屋をぐるりと見まわしメイドに向かって無感情な声をかけた。


「ヨアヒム様にお伝えはしたのか?」

「い、いえ」

「何をしている、さっさと行け。それと私の側仕えのアデーレをここに」


 メイドが小走りに去ると、クレメンスはヘルマンに向き直って深々と頭を下げた。


「ヘルマン様、ご心配のことと存じますが、妹君とは言え女性の居室です。せめてお召し替えが済むまでお待ち頂きたく存じます」


 上位の者への言葉遣いではあるが、有無を言わせない響きが籠っていた。

 ヘルマンはふんと鼻を鳴らすと、無言で踵を返した。二人が出ていき、ドアが閉まる乱暴な音が響いた。


 危機が去ったのだと理解した途端、沙夜はぶほっと息を吐きだした。

 クレメンスがそんな沙夜の姿を、半眼で見下してきた。


「迂闊です。何故目覚めてすぐに私をお呼びにならなかったのですか」


―――思いつきもしませんでした。誰もいなくてラッキー、今の内に本を読めるって思ってました。


 冷静に考えれば、暗殺に失敗したヘルマンが、ライラティーヌを放っておく筈もなく。本よりもまず、身の安全の確保が優先なのは当たり前だった。

 転生したワクワクが先に立ち、死が身近にある世界に来たのだという緊張感が、全く足りていなかったと、沙夜は大いに反省した。


「呼ぶってどうやれば良いのでしょう?」

「……まだ頭が動いておられないようですね。そちらのベルを鳴らして頂ければ伝わります」

「こんなベルの音で?」

「魔術具ですから」


 何を今更、という風に溜息を一つついて、また眼鏡を正した。どうやらクレメンスの癖らしい。


 沙夜は傍らに立つクレメンスの整った容姿を見ながら記憶の中を検索した。


 クレメンスは同母兄であるコンラーディンの側近だが、ライラティーヌの側近でもある。


 もともとはコンラーディンに仕えていたが、コンラーディンが不慮の事故で両下肢の自由と視力を失って次期領主争いから大きく引き離されてしまった。


 多くの人がコンラーディンの元から去っていった中、クレメンスだけは残って主の目となり足となり仕え続けている。


―――結局クレメンスの能力を惜しんだ領主が、私の側近との兼務を押し付けたんだよね。兄様にべったりで、私なんか眼中にないって感じだけど、敵ではない。


 記憶の中をいくら探っても、クレメンスからはそんざいに扱われた記憶しか出てこない。


『領主に言われたから仕方なく、最低限のお仕えは致します』という感じがプンプンして、ライラティーヌはクレメンスを苦手に思っていたようだ。


 きっと本物のライラティーヌでも、目覚めてすぐにクレメンスを呼ぼうとは考えなかったに違いない。


 何とも言えない思いでいると、クレメンスがじっとこちらを見つめているのに気が付いた。


―――なんだろう?


 首を傾けると、クレメンスが抑揚のない声で呟いた。


「安心いたしました」


 その一言は、何故かとても気持ちが籠っているように感じた。


「心配をかけてごめんなさい。来てくれてありがとう存じます」

「仕事ですから」


―――なるほど。これは八歳の女の子には伝わらない系の優しさだ。残念! クレメンス。


 クレメンスの手を借りてベッドに横になっていると、クレメンスの側仕えのアデーレが医師を連れてやってきた。診察を受けたり、メイドに身体を拭かれたり、髪を整えられたりと忙しかった。

 沙夜は貴族の令嬢らしくされるがままになりながら、気合を入れなおした。


―――少しでも気を抜いたら、ゲームオーバーだわ。本当のライラティーヌの分も、頑張って生き抜くよ!

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