第五 魔法を使ってみる
さて生まれてみたものの、なんとビックリ、モニターに映る映像は今までと大差ないというか、より一層分からなくなったというか、詰まるところ何も見えない状況に変化は無かった。
薄っすらと黒っぽいもの、それから白いものが分かる程度で、赤ちゃんの視力ってここまで何も見えないものかと愕然とする。
3、4か月でそこそこ見えるようになるらしいので、それまで我慢しておこう。
とりあえず、早送りの倍率を上げてしばらく様子を見てみるか。
「また3600倍にしてっと」
3か月なら36分か。まあそれくらいなら待っていても苦じゃない。
そんな感じでのほほんと構えていたら突然耳音で大声が響いた。
「何時まで寝てるの!? 早く起きてちょうだい!」
「うわっ!?」
ガバッと起き上がれば、そこは僕の部屋のベッドで、目の前には母さんが少し怪訝そうな表情でこちらを見ていた。
「テーブルの上に朝食出しといたからね。母さんもう仕事だから……」
「……ありがと」
母さんはものすごく何か言いたげな表情でこちらを見てから、一つ溜め息を吐き、部屋から出て行く。
はぁ……。最近ずっと母さんの顔をまともに見れてないや。
多分お互いだと思うんだけど、やるせない気分になるから極力会いたくないはずなのに、やっぱり親だから母さんは毎日必ず僕の部屋までやって来た。
一応、鍵付きの部屋にはなってるんだけど、そこはそれ。よくあるアニメみたいに絶対に部屋に入れたくないって感情はだいぶ前に消え去っている。
何しろ僕は自宅警備員だからね。家族に会わないでどうやって家族の安全を守れるっていうんだ。
……はぁ。
溜め息が出るのは止められないけどさ。
寝巻から着替えてリビングに向かうと、もう母さんの姿はなく、テーブルの上にラップのされたハムエッグとレタス、ミニトマト、それから味噌汁が用意されていた。
ご飯にするかパンにするかは自分で選ぶ方式だけど、今日は味噌汁だからご飯にする。
朝食を済ませ歯を磨いたら、そろそろ9時だ。ここから5時までは大事な自己研鑽の時間である。
……まあ、就職活動という名のネットサーフィンをするだけなんだけどね。
そんなわけで部屋に戻った僕は、いったんベッドに横たわって伸びをして……、倍率3600倍のまま夢の世界を放置していた事実にやっと気付いた。
「やばっ……! とりあえず早送りを止めないと」
あれから間違いなく30分以上経ってるはずだ。目を閉じれば広がる光景はすでに朧気ながらも色合いを帯びており、明らかにさっきとは様相が異なっている。
ぼんやりと映る視界には人影が一つあり、こちらを優しく見守っているようだ。
とりあえず、危機的な状況ではなさそうでホッと一安心する。食事とかは見てなくてもオートでやってくれるのかな。
だが念のため、能力の確認はしておく。
名前:【セイ=リマト】
年齢:【0】⇒
誕生:【7/19/12789】
種族:【人族】
血統:【神】
性別:【男】
出身:【フェルシナ】⇒
レベル:【1】
生命力:【56】⇒
体力:【5】⇒
耐久力:【8】⇒
魔力:【38】⇒
精神力:【8】⇒
魔法:【なし】
スキル:【瞑想】
カルマ:【なし】
「おお……!」
枠が全部埋まった能力表記を見て、僕は思わず声を上ずらせた。【名前】の欄にまさか自分の名がそのまま入っているなんて思わなかった。この辺、オフラインだと自分の名前にしたくなる派なのでちょっと嬉しい。【年齢】も0歳とかだと、本当に生まれたばかりなんだなって実感する。
だが、そんな感慨も束の間、その下の表記を見て僕は絶句してしまった。
何だよ、この【血統】の所にある“神”って文字は。
生まれを辿れば神様の血を引いています、ってこと?
……。
これ、いったいどういう事になるんだ?
カルラは“偽りの神々”を倒せって言っていた。でも、夢の世界の僕がその神様の血を引いてるんだったら、カルラとは敵同士ってことになる。
僕に課された使命は先祖である神を殺すこと。
先祖殺しに神殺し、つまり僕はこっちの世界では悪魔そのもの……?
……っ。いやいや、そんな短絡的な。もうちょい冷静に考え直すべきだ。
まずカルラは“偽り”の神々って言ってたじゃないか。ということは倒すべき神様も当然偽物なわけで、それこそ魔王とか堕天使とかそんな類かもしれない。
とりあえず、保留だな。
まだ赤ちゃんの段階で何かを判断するなんて早すぎる。
目で見て、耳で聞いて、自分自身で決めよう。チュートリアルは使えない内容だったし。
……って、そうだ! チュートリアルだ。
確か赤ちゃんの頃から魔法を使えって書いてあったよな。
ってか、【魔力】38ってどういうことだよ。生まれて数か月で、何もせずこんなに上がるなんて凄すぎる。確かに赤ちゃんの頃の【魔力】の上がり方が半端ない。これは早く鍛えないとまずそうだ。母親の【魔力】も62とかだったしね。
そういや、何の魔法が使えるのかな。
これだけ【魔力】があれば何かしら魔法も使えるだろうけど、能力の魔法欄に思いっきり“なし”って書いてあるのが気になる。
治癒魔法は必要魔力が45だったけど、瞑想で使うことが出来た。ってことは、瞑想がキーになるのは間違いない。
「これはスキル一覧を開けばいいよな」
パッと出て来たスキル一覧画面には瞑想の文字が燦然と輝いている。
スキル名:【瞑想】
必要最大魔力:【1000倍】
必要最大精神力:【1000倍】
必要集中力:【10】
スキル制御力:【2】
範囲:【1】
威力:【1】
カルマ:【特殊スキル】【能力上昇】
なるほど。瞑想ってのは能力がアップするスキルだったのか。
でも何でこれで治癒魔法が使えたのかさっぱり分からない。
もうちょい説明が欲しい所だけど、どこにも詳細は書かれていなかった。
まあ、何度か使ってるうちに分かって来るでしょ。
というわけで早速、瞑想を試してみる。
「ぽちっと」
おおお!
何か凄い一杯出て来た!
5の10の、13個も魔法が並んでいる。
「小火魔法に、水滴魔法に、微風魔法に、小石魔法か……。何かいいね。火水風土とかの属性ってRPGっぽい」
とりあえず今はどこかの部屋だろうから、火や水、あと土なんかも汚れるとまずい。ここはやっぱり風属性だろうな。
魔法名:【微風魔法】
必要魔力:【10】
必要精神力:【10】
魔法制御力:【1】
範囲:【1】
威力:【10】
カルマ:【四属性】【風属性】
何だよ。あと【精神力】が2で使えたのか。
きっと魔法を使ってればそのうち【精神力】とかは上がるだろうから、そしたら瞑想しないで魔法を使ってみるのもアリだな。
……って、待てよ。
確かチュートリアルにあまり簡単な魔法を使いすぎると魔力が上がりにくくなるって書いてあったっけ。
うーむ。
他にもっと難しそうな魔法だとどんなのがあるんだ?
「火炎魔法、水塊魔法、風圧魔法、石礫魔法。この辺はさっきの魔法よりちょっと威力が高いだけの魔法か。えーと、他は照明魔法に水洗魔法に清浄魔法に浄化魔法。この辺は補助魔法系統ね」
うーん、周囲への影響を鑑みて、その中でも一番難易度が高そうなのを……って考えると難しいな。
やっぱりこの中だと清浄魔法が妥当かな。
そう思って、最後の魔法を見る。
「あ……」
魔法名:【収納魔法】
必要魔力:【65】
必要精神力:【200】
魔法制御力:【1】
範囲:【1】
威力:【1】
カルマ:【中位魔法】【空間魔法】
これを見た瞬間、使う魔法が決まった。
今後、成長したらきっと冒険の旅に出る。そうなればこの収納魔法は絶対必要だ。僕はさっそく瞑想からの収納魔法を試してみる。
うきうきわくわく。
その後、暗転――。
僕はなんとも間抜けな事に、再び気を失ってしまったのだった。
最後薄れゆく意識の中で、モニター越しの映像が鮮明だったことからやっと僕は悟る。
これ、どういう理屈か分からないけど大人の僕の精神力が使われてるんだ。
そりゃあ、必要精神力が賄われるわけだよ。
瞑想は考えて使う必要がある。毎回気を失ってる場合じゃない……。
僕が意識を取り戻したのはたっぷり休んだ午後5時過ぎの事だった。
次回は7月15日までに更新予定です。