第三 僕はその理不尽に抗う
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「うわぁ! なんだ?!」
突然、けたたましい警告音が鳴り響き、僕は驚いてもう一度メニュー画面を見直す。見れば情報の項目欄の文字がどす黒い赤色に変化して点滅していた。慌てて中を確認すると履歴の枠組みが赤くなっており、さらに一文が加わっている。
《状態が重症に変化》
「なっ?!」
何だか分からないけど、状況がめちゃくちゃ悪いことだけはすぐ理解した。
もし産まれる前の胎児なのに状態が悪化しているのなら、それはもう死の瀬戸際なんじゃないだろうか。
「やばい、やばいって」
何かないか。何か出来ることはないか。
僕は必至でメニュー画面を見直す。
能力をもう一度見ると【生命力】の数値がさっきより減っているのが分かった。さっきが36だったのに今は22だ。
「あ、21になった」
まずい……! これ0になったら死んじゃうってことなんじゃないのか?!
でもどうすればいい?
母親のお腹の中に居るのに症状が悪化するって、もしかすると母体がダメージを受けてるのかもしれない。
「そんなの、どうすればいいんだよ」
胎児が母親を助けるなんて不可能だ。相変わらず警告音が鳴り響き、画面の映像はぐるぐる回り続けている。これが今、胎児の感じている気持ち悪さを表しているのだとすれば、状況はかなり深刻だ。
このまま産まれてもいないのに人生が終わってしまうんだろうか。
そういえばカルラが何度死んでもやり直せるとかって言ってたけど、この世界は皆前時代的な感じで死を受け入れているってこと?
……そんな理不尽、あっていいの?
僕の心の中に今まで感じたことがなかったような焦りと絶望にも似た感情がマグマのように膨れ上がっていく。
こんな良く分からない状況で、突然赤ん坊に転生とか言われて、それですぐ死ぬなんて……絶対に嫌だ。
何でこんなに嫌なのか自分でも説明出来ないけど、とにかく死んでほしくない。
これが偽りの神々によって定められた赤ん坊の運命というのなら、僕はその理不尽に抗いたい。
誰かに決められたレールの上を走るのはもう嫌だ。
生きることくらい許してよ。
「とにかくもっと足掻こう」
何かないか、僕は一心不乱にメニュー画面を片っ端から確認していく。だが能力以外の主要メニューには大した情報もなく、一番期待していた魔法一覧についても何の表示もされていない。
唯一情報があったのはマップ欄で、中心に点滅箇所があり、右上に下記のような地名表記がされていた。
【大陸東部:エミリア公国 フェルシナ周辺】
このエミリア公国というのはカルラがボソッと言っていた国の名前なので、この点滅している場所が現在地で間違いない。拡大すると点滅箇所周辺の狭い範囲が色違いになっており、そのうちの一か所だけ鈍く光っている部分があった。そこに意識を合わせれば右上の地名表記が【エミリア公国 首都フェルシナ】へと変化する。
「この色違い部分てオートマッピングみたいな感じなのかな」
この赤子が胎児として生命を宿した瞬間から行ったことのある範囲を示しているようだ。そして今も少しずつ東の方へ広がっていっている。
「……ちょっと待った」
その光景に僕は違和感を覚え、マップを見返した。
中心の点滅がどんどん首都から離れていくのっておかしくないか? 普通は胎児の様子がおかしければ町へ向かうに決まってる。首都っていうくらいだから医者の一人や二人居るはずだ。
それなのにこの郊外へ進む動きは、何かから逃げているようにしか見えない。
「誰かに追われているのか?」
だったら何でマップに敵の表示が出ない?
普通のRPGなら敵キャラの居場所くらいトレースして分かりそうなものなのに、結局点滅は一つだけだ。
あ、でもこれ設定を弄ったらいける奴だったりして。
僕はすぐさま画面を元に戻すと、もう一度設定を開いてみた。だが、多岐に渡る項目を一つ一つ探すのは容易ではない。
「検索システムみたいなの無いのかよ!」
そう思った瞬間だった。
瞬時に画面が切り替わり、検索表示が左下に現れたのである。
ちょっと意識しただけで出てくるメニューに僕は感動し、すぐに「マップ設定」と文字を入れてみる。
「あ、なるほど。マップじゃなくて周辺マップなのか」
メニュー画面のマップとは違う周辺マップという機能をONにすることで、画面右下に小窓が出てくるようになった。そこには自分以外のいろんな情報が表示されているのだが、あまりに煩雑過ぎてめちゃくちゃ見にくい。
「とりあえず人だけ分かればいいんだ」
また強く意識することで、表示がパッと切り替わった。
見れば自分の近くに黄色い光が二つ、そして追いかけてくる朱色の光が十くらいある。
その朱色の光を調べると能力表示が右上に出てくるのだが、そこには各項目名称が並ぶだけで肝心の数値などの情報は一切出てこなかった。
「能力を確認する魔法とか使わなきゃダメってこと?」
それは面倒だな、と思いながら黄色の光を確認すると、今度は能力がバッチリ表示された。
名前:【スンナ=エリドゥ】
年齢:【24】⇒
誕生:【8/1/12764】
種族:【人族】
血統:【―――】
性別:【女】
出身:【フェルシナ】⇒
レベル:【14】
生命力:【106】⇒
体力:【72】⇒
耐久力:【116】⇒
魔力:【62】⇒
精神力:【98】⇒
魔法:【火属9】【風属12】
スキル:【剣術7】【弓術16】
カルマ:【軽傷・妊娠】
妊娠という表記からも、このスンナという女性が母親だ。
意外と【生命力】の数値がまだ高いことから、無事だということが分かって少しホッとする。
ただ、もう一つの黄色い光は能力が出てこなかった。まあ、胎児って事を考えれば母親の能力しか分からなくて当然なのかもしれない。
「わっ、生命力が――!」
突如画面の揺れが激しくなったと思ったら、スンナの【生命力】が88まで減っていた。それと同時にメニューの能力の文字が血のような赤に変化したのを見て、慌てて僕は自分の能力を再確認しにいく。
「【生命力】14?!」
今ので7も減ったのか。
やっぱり母体がダメージを受けると胎児にも影響が及ぶんだ。ここまでダイレクトに響くってことは魔法攻撃の類かもしれない。
いずれにせよ、このままじゃやられるのは時間の問題だ。
とにかくまず回復しないことには話にならない。
カルラの荒唐無稽な話を信じれば、僕の魔法は偽りの神々さえ倒せるものになる。
それなら今の段階で何か使えたりしないのか。
僕は一縷の望みを託して検索画面を引っ張り出し「使える魔法」と文字を打ち込む。
「っ! 出たっ!」
情報項目の魔法一覧とは違う、自分の能力としての魔法の羅列が画面の左半分をあっという間に埋め尽くした。
十や二十ではない。百を超える数の魔法が画面いっぱいに列挙されている。
「回復魔法はどれ!?」
そう意識すると自動で項目がソートされ回復魔法だけが並ぶ画面へと変化していく。
とりあえず目に付いた治癒魔法という魔法を選んでみよう。
名前的には初歩の魔法っぽいけど、使えるなら何でもいい。とにかく赤子もスンナも回復しないと!
そう思って僕は治癒魔法を使おうとして――愕然とする。
「使えない……?」
いくら治癒魔法を使おうと意識しても実行出来なかった。
出てくるのは治癒魔法の紹介画面だけ。
魔法名:【治癒魔法】
必要魔力:【45】
必要精神力:【250】
魔法制御力:【1】
範囲:【1】
威力:【150】
カルマ:【中位魔法】【回復】
何度か試してようやく使えない理由を理解する。
……【必要精神力】250ってなんだよ。赤子の能力を舐めるな。たったの6しかないんだぞ。
魔法一覧に一つも魔法が出てこないのも当然だった。どの魔法も必要な能力を満たしていないんじゃ、表示なんかされるわけない。
これでどうやって赤子もスンナも救うんだよ。
何か使えるようになる方法はないのか!?
これじゃあ、結局この赤子も母親も死んじゃうじゃないか!
そんなの理不尽過ぎる……!
スキル:【瞑想】
ふと見れば、メニュー画面に【瞑想】というスキルがポツンと表示されていた。
僕が治癒魔法を使いたいと思ったらいつの間にか出て来たんだ。
これを使えば、治癒魔法が使えるのか?
どんな効能で、でも何か問題はないんだろうか。
……いや、構わない。
絶対に救ってみせる。
何もせず産まれる前に死ぬなんて、そんな理不尽な事許せるはずがない。
絶対に抗ってやるんだ。
そして。
画面が光った。
何が起きたのか分からない。
でも【瞑想】を使ったのは間違いない。
右下のマップでは朱色の光が一目散に町へ逃げ帰っていくのが見えた。
これで助かったのか?
その結果を確認する前に、僕は安堵の吐息と共にいつの間にか眠りについていた。
次回は6月16日までに更新予定です。