第一 転生先は夢の世界?!
僕の名前は上向静。
22歳の新卒社会人、になる予定だった自宅警備員だ。
……。
やめよう。虚しくなる。
僕は今日も無為な一日を過ごして、ベッドに入り眠りについた。
いつもは大学4年の時からやってるゲームの日課をこなしてから寝るんだけど、最近途中で切り上げることが多くなってきた。
オンラインで繋がって、みんなでモンスターを狩りして、強くなる。
友人はバトルの合間のチャットで新生活の充実っぷりを楽しそうに語り、でも僕がこの状況だからみんな気を遣ってくれて、それにどうしても引け目を感じて、時間を理由に抜け出してしまった。
今の僕は一人で遊べる据え置きゲームの方が落ち着けるかもしれない。
オンラインは誰かと楽しめるけど、自由じゃない。
そんな感じで今日もまたなんとなくもやもやしながら眠ったのだが、明らかに夢という光景に意識が覚醒した。
これまでも僕はたまに夢の中で夢に気付く時があった。
そんな時は世界が自分の思うままに進んで、嫌な感じになったらいつでも目覚めることが出来た。
そこで感じるある種の万能感は最高に心地よくて、なんとも薄気味悪い。
今日もそんな感じの夢になるはずだった。
だけど。
「やっとセイと話せた」
金色の長い髪の女の人が僕に笑顔で話しかけて来た。
まさに夢でないと起こりえない事だ。
カルラと名乗った綺麗な女性は、まさに僕の理想を体現したような風貌の人だった。何でも知ってそうな知的な雰囲気なのに、優しく受け止めてくれる包容力のある人。
そんな女の人が自分に向かって微笑みかけてきてくれる、それだけで僕にとっては人生最高の瞬間であり、天にも昇る心地だった。
「セイをここに招いたのは頼みがあったからなの」
それにしても、今回の夢はずっと受動的な内容だ。
さっきまで世界の終わりのような光景が繰り広げられていたのに、突然現れた年上の美しい女性がずっと話しかけてきてくれる。
「私は神を名乗る偽りの存在によってここに閉じ込められています。そして世界は偽りの神たちによって歪められ、停滞した時を彷徨ったままです。私はどうしてもここから出て、世界を偽りの神たちの手から解放したい……! それにはセイの協力が必要なの」
……。
何だか突然どこかの宗教、もしくは何かのロールプレイングゲームの設定みたいな話になってきた。
最近、引きこもりがちでその手のライトノベルを読み漁っていたからかな。
こういうノリってとても好きなんだけど、別の人の口から語られるとなぜか自分の心をえぐられるような気がして凄くいたたまれなくなる。
恥ずかしい自分の厨二心に土足で踏み込まれた挙句、蹂躙されるような、でもどこかで同調したいような、そんな複雑で純粋な感情だ。
「突然こんなことを言われて、きっとびっくりしてるよね。でもセイなら絶対に偽りの神たちの手から世界を解放することが出来るわ。セイにはそれだけの力があるの。これを見て」
カルラがそう言った瞬間、後ろの壁がびっしりと並んだモニター画面へと変化する。そして、そこに映し出されたのは世界史図鑑で見たような中世ヨーロッパの街並みだった。
3階建てとも5階建てとも思える高さの石壁に囲まれた街には現代日本では考えられないようなレンガ造りの家が立ち並び、その合間を西洋風コスプレ、というには地味で生活臭溢れる人たちの行き交う姿が散見される。
中央の道路には昔ながらの馬車が行き交い、門の所では槍を持った厳つい顔の兵隊たちが横暴な態度で検問をこなしていた。
精力的に動き回る人たち、その全てがリアルな日常風景なのだ。
そのくせゴミや糞尿といった汚らしいものは見えず、道路もデコボコしておらずしっかり整備されており、道路脇には街路樹が植えられるなど、中世らしからぬ洗練された光景が広がっている。
そんな中、ある男が行った行為に僕はギョッとして視線が釘付けになった。
何かブツブツ呟いていたかと思ったら、何もない空間から箱のようなものを取り出し、その場で商売を始めたんだ。
「フフ、驚いているわね。あれは魔法よ」
「魔法……?!」
「セイの世界に魔法は無いのよね。でもこの世界には魔法があるわ。どう? 使ってみたいと思わない?」
「っ?! 使ってみたい!」
気付けば僕は身を乗り出してその映像を食い入るように眺めていた。
魔法といえば全ての人類の憧れと言っても過言ではない。
もし新宿駅構内で三遍回ってワンと鳴けば魔法が使えるとかだったら、全てをかなぐり捨ててでも叫びまくっただろう。
「でも魔法は小さい頃から頑張って訓練しないと、大きくなってからじゃほとんど使えないの。だから今すぐってわけには行かないけど、やってみる?」
「やってみる、ってどういうこと?」
「まず、誰かのお腹の中に赤ちゃんとして宿るの。普通は前世の記憶なんて赤ん坊の成長具合ですぐ失われてしまうけれど、あなたの意識はそちらにあるから記憶を失わずに済むわ。だから赤ん坊の頃から魔力を研ぎ澄ましていけば天才魔法少年の出来上がりというわけね」
またなんとも胡散臭い話である。
まあ、夢なんてトンデモ理論のオンパレードだけど、僕はこんなライトノベル読んだ記憶がない。それとも心の奥底でこんな展開を望んでいたのかな。
「戸惑っているようね? でも論より証拠、早速実践してみましょう。そうね、魔法をすぐにでも必要とされている国の方がいいかな……。ならうってつけなのは五小国かしら。エミリア公国かウィンニーリー王国、その辺りなら戦争も絶えず起こっているし、すぐに実戦経験も積めるわ」
「待って待って。え? 戦争って何?」
「何って、人族の最高に愚かしい習性でしょう? それに魔法は魔力を有している相手を倒せばどんどん成長していくのだから」
「いや、そういうことじゃなくて」
何、このぶっ飛んだ考え方。
戦争って、人と人との殺し合いだよね。この女は僕に魔法で人を殺せって言うの?
……そんなの嫌だ。なんで魔法が使えるのに人殺しなんてしなきゃならないんだ。
「仕方ないでしょう? 人族ってそういうものなの。それにさっきも説明したけれど、偽りの神たちによって世界は歪められずっと停滞したままだから、人族も進化することなく数の調整の為だけに戦争を繰り返しているのよ」
「……っ」
「私だって嫌よ、こんな世界。どんな精神体だって進化すれば違う次元を見ることが出来るのに、何も生まない殺し合いが繰り返されるだけなんて。だから、セイが強くなって、そんな世界を壊して」
「世界を、壊す……?」
「偽りの神たちを倒して、私を解放して。そうすればこの世界もセイの居る世界のように何の歪みもなく常に上を向いて進める世界になるわ」
言ってることは理解できた。
この世界はカルラの言う偽りの神たちによって調整された世界で、人々はただその停滞を保つ為に戦争で疲弊して生死を繰り返している。
……なんて理不尽な世界なんだ。
戦争も起こったけど、一応現代社会はいろんなことが便利になったし何より平和を目指せるようになった。けれどこの世界の人たちは何の発展もすることなく、ただただ漫然と生かされ続けているだけなんて。
「分かってくれた? セイ」
「何となくは……。でも、僕なんかがどうやってそんな神様を倒すの? 無理だよ。何の力もないのに」
「大丈夫。私の言う通りにすればきっと偽りの神たちに対抗できるわ。その答えが魔法よ」
そう言って、カルラは壁のモニターに大きく映し出された一人の女性を指さす。
「これからセイの精神はこの女の赤ちゃんに宿ることになります。だけど心配しないで。もちろんセイ自身はあなたの世界に居たままだし、仮に死んでしまっても何度でも私の所に戻ってやり直せるから」
「やり直せるって、今の僕が二つに別れるわけ?」
「何も別々になるわけじゃない。どちらもセイよ、安心して。この辺りの感覚って人族はなかなか味わえないけれど、体験すればすぐ慣れるわ。じゃあ、準備はいい? ここを出てしまうと私からセイへの伝言がとても難しくなってしまうから、聞きたいことがあったら今のうちに聞いてね」
「ええ?! 難しいって、何か方法は無いの?」
「無いことも無いけれど……、じゃあ、転生するセイの精神に予めいくつかの情報を伝えておくね――」
その言葉を最後に僕は凄まじい眠気に襲われ、あっという間に意識を失ってしまう。
そして気付けば、僕はいつもの布団の中にいた。
やたらリアルな夢だった……。そう思った瞬間、一つだけいつもと違うことに気付く。
目を閉じると、僕の中にもう一つの感覚があった。
もっと具体的に言えば、頭の中にRPGゲームのウインドウ画面があって、僕の意識と何の違和感もなく繋がっていたのである。
次回は明日更新します。
だいたい文字数3000字前後でのんびりと更新する予定です。




