003
平和な世界。
王都『アルカナ』。
俺はこの町が好きだ。
人々であふれ、俺を隠してくれる。
どんなに悪い事をしても人混みに紛れて霧散する。
「善」であふれるこの都は「悪」が紛れるにはうってつけだ。
善い街ほど、悪が生きやすい。
オレの力がなければそうはならないだろうが。
人々は甲斐甲斐しくあくせくと働き、大通りでは多くの人間がすれ違う。
王城の塀から城下町を見下ろし、クリームスライムをぷちり、とちぎって口の中に放り込む。ぱちゅ、と口の中で弾けて、とろりとしたクリームが舌の上に広がる。少し柑橘系の香りもする。少しバターが多いか。
「あめぇー。うめぇー。あめーもんは偉大だなー」
袋の中に入れてからウエストポーチに仕舞う。
ホコリが着いたら大変な事だ。
「よっ──」
王城の3分の1ほどの高さのある塀から飛び降りる。
地面がみるみるうちに近付いていく。
「ほっ、と」
ぐにゃり、と落下地点が歪み、たん、と軽く着地する。なんてことはない重力操作だ。卵を割るより簡単だ。卵を割ってから殻を含ませずに器に入れる方がよっぽど難しい。というよりそんなことはオレには出来ない。
まずは地図を探そう。
ふらふらと歩いていく。
「お嬢さん、こんな所で何をしているんだ?」
「あ?」
声を掛けられた。鎧を身にまとっている。王国兵か。心配そうにこちらを見ている。かなり体格が良い。着ている鎧だけでオレの体重くらいはありそうだ。
「何って、アレだ。卵割ってたみたいなもんだ」
「そうか、道に迷ったのか。家はどのあたりなんだ?」
王国兵は勝手に話を進め始めた。人の良さそうな口調だ。さぞ国民思いの模範的な兵士なのだろう。通りゆく人が笑顔で会釈をしている。男も笑顔で片手を上げてそれに応えている。
「あー、そーか。認識歪んでんのか。帰るような家はねーぞ。その日暮らしの自由気ままな生活だぜ。おめーは大変そうだなー。しがらみだかけの王国兵なんてなっちまってよー」
「ああ、観光なんだな。どうだ、この街はいいだろ。みんな活気に溢れてて、平和そのものだ」
おせっかいな優男はうんうん、と頷く。会釈をする人はもういない。
「みてーだなー。食いもんもうめーし、『良い』国だなー。『悪い』コトしてもバレなさそうなくれーによー」
「ん?ギルドに用があるのか?なんだ、観光兼冒険者か。ギルドならこの通りをあっち側に進んで、5つ目を右だ。目の前に噴水があるから分かりやすいぞ」
そろそろ鬱陶しくなってきたブ男は大袈裟にジェスチャーをしながら言う。人々が男から離れるように通り過ぎていく
「おー、そーか。助かったぜ。そこで殺さねーといけねーやつがいんだ。そこそこにつえーにーちゃんらしいぜ」
「うん、この国は仕事が多いからな。なんでもやってみるといいさ。ただ、犯罪者もいるから気を付けろよ。通り魔殺人犯が潜伏しているらしいからな。お嬢さん綺麗だから、変な輩に絡まれないようにな」
邪魔な男は神妙な顔つきで、人差し指を立てる。道を聞けたからもう用はない。
「おー。ありがとなー。じゃーなー」
目の前の男の首がぼとり、と落ちた。遅れて首の断面赤い噴水が現れる。しばらくしてから、べちゃり、と身体だけが赤い水溜まりに倒れ込む。
周囲の人間はそれを意に介せず、荷物を運ぶ。クリームスライムをちぎりながら友人と笑いあって歩く。大事そうな封筒を片手に時計を見ながら小走りをする。
誰もこちらを見ていない。
誰も認識していない。
「あー」
日が傾いてきた。
行き交う人々。
がやがやと飛び交う喧騒。
血溜まりの中の身体。
本屋の前の生首。
それを照らす夕陽。
鼻歌交じりで道案内通りにギルドへ向かう。
今日はそのギルドへ仕事をしに来た。
「悪」である俺にも仕事はある。
悪い仕事だ。
俺も生きるために仕事をする。
俺の天職だ。
人を殺す仕事。
ターゲットはなんてことないただのギルド構成員。
何故そいつが殺されなければならないのかは分からないし、知らない。
そんな事はどうでも良い。
殺せば金が貰える。
それだけで充分だ。
誰かが誰かの死を願う。
そのおかげでオレは生きていける。
「今日も世界は平和だぜー」
目的地はギルド──『我楽多』
違和感を意図的に表現するのって難しいですね。