プロローグ(前) 300年前の話
新しく、連載始めます。切島直人です。
拙い文章ではありますが、面白い物語になるように頑張っていきたいと思います。
よろしくお願い致します。
「魔王様、勇者がこの城に侵入したとの報告がありました」
禍々しい雰囲気を醸し出した、魔王城の最奥の王室に、少し幼さが残った小女の声が響く。
玉座に座っている俺は、彼女の方を見た。
「おう、シャルエ。ご苦労様。しかし勇者め、割と早かったな。やはり、聖剣持ちは仕事が早いね」
俺は報告してくれた、精霊__シャルエにお礼を言いつつ、静かに考え込む。
少し経つと、あまりに長考し過ぎたのか、シャルエは顔を傾けて俺を覗き込んできた。
彼女のショートヘアが重力でその形を変える。緑がかった髪の隙間から、金色に輝く瞳が覗いた。
「あの、魔王様?」
「ん?……あぁー、そうだな……、とりあえず、俺の前に一列で並んでくれ。ちょっとやりたい事がある。あぁ、勿論だがマルコ、お前もだぞ。飯は逃げないから。まずは、その手に持った肉を置きなさい」
俺が今、注意したマルコは、簡単にいうと、青い毛の生えた2足歩行の狼だ。本当は、完全な狼の姿にも、人間の姿にもなれるのだが、一番楽な姿が中間の、頭狼、体人間の姿らしい。
体の大きさが一般的な人間の男ぐらいある為、俺的には、小さな狼の姿が可愛らしくて好きなのだが、魔王命令で頼んでもなってくれないし、触らせてもくれない。信じられない。
マルコは、目を見開き、声を大にして叫んだ。
「えぇ!?駄目に決まってんだろ!こんな、魔者がいっぱいいるところで肉なんて置いてみろ!5秒で奪われちまうだろうが!そんな馬鹿な事する奴なんていねえよ!」
……いや、馬鹿お前だけだから!てゆか、お前、置いた食い物どころか、誰かが手に持ってる食い物もガブリとそいつの腕ごといっちまうだろうが!俺のところに「腕持ってかれました」って何体泣きついて来たと思ってんだ!
「もう分かったから!肉持ったままで良いから!こっちに来い!」
「うん?……おいおい、何急に怒鳴ってんだ?血圧上がるぞ?」
こ…こいつぅ!……まぁ、良いだろう。ここで言い返せば面倒くさい事になるのは目に見えてる。
「で、お前は何で俺の膝の上に乗ってんだ?」
「あら?旦那様の為にも、これが良いかと思ったのだけど、駄目だった?」
今、俺の膝に乗っかり、耳元で囁いているのは、メデューサのメリッサだ。
さっきのシャルエが小ぢんまりとした可愛い系なら、こちらは長身のスラッとした美しい系だ。メデューサらしく、髪の毛は青紫の蛇で出来ている。
本人は、切れ長の真っ赤な目をしているが、蛇の瞳は黄色。蛇の方は、当然だが、目を合わせるとかなり怖い。
ちなみに、メリッサという名前は、愛称が欲しいと言われた際に考えた名前だ。メデューサをもじっただけなのだが、気に入ってくれているようで少し嬉しかったりする。
……だが、それとこれとは話が全く違う。
「駄目に決まってんだろ?俺は、俺の前に並べって言ったろうが。膝の上に座れとは言ってないだろ」
「いけずぅ」
俺が睨みつけながら言うと、顔を赤らめてメリッサはねっとりとした口調で言った。美人が言うと破壊力がすごいな。思わず、座ってて良いよって言ってしまいそうだ……。
髪の蛇が全員こっちをガン見していなければ。
__いや怖えよ!そりゃあメデューサだもの!髪が蛇なのは仕方ないよね!実は、普通の髪に変化させられるって聞いたけど、それでも仕方ないよね!
でも、1匹残らずこっち見て来るのは違うじゃん!めっちゃメンチ切ってくるんだけど!シンプルに怖いんだけど!
「この戦いが終わったら、好きなだけして良いから。とりあえず並べ」
蛇の恐怖と戦いながら、メリッサに言う。
メリッサは、「はぁい」となんとも間延びした返事の後にトコトコと移動した。
「その点お前は流石だよ、イグニス。やはりお前とシャルエの2人がうちの数少ない良心だな」
イグニス__シャルエ、マルコ、メリッサと合わせた、うちの四天王の中で一番の実力を持っている竜騎士だ。
竜騎士といっても、竜にまたがり戦う騎士では無い。彼自身が、竜であり、騎士なのだ。
3メートルに届くかと思われる身長で、顔を見ようとすれば、首が痛くなる。全身を覆う白金の鱗は、並の剣では、傷すら付けられないだろう。
そして、自身は背丈程の大剣を片手で振り回す、恐ろしいやつだ。
「イグニスゥ!!なんであなただけ、旦那様に褒められてるの!?許せない!」
「い、いや、メデューサさん。我は別に褒められるような事は何もしてないが……。それに、それを言うならシャルエもさっき褒められ__」
「うるさい!!」
「す、すまん」
ただ、気が弱い。それはもうクソ弱い。鱗に覆われた厳つい顔と、でかい身体に似合わず、彼は小心者なのだ。
イグニスさん、自分が悪く無いと思う時は謝んなくても良いよ?前から言ってはいるが、本人の性格なのか、どうしても治らないようだ。
それよりも、いい加減静かになってくれないかな。
「……もう、いいかな?」
少し威圧的に四天王達に言う。四天王といっても、静かにならないのはメリッサだけだったが。
そのメリッサは、ビクッと体を震わせると、汗を垂らしながら、静かに、俺の前に並んだ。
「さて、勇者が来た手前、こちらも応戦しないといけない訳だけど__」
「魔王様、勇者を説得する訳にはいかないのでしょうか。魔王様は今まで、無抵抗の人間を襲う事も、こちらから戦闘を仕掛けることもして来ませんでした。向こうから来た時だけ、自衛の為に戦いましたが、それでも、殺す事だけは、して来ませんでした。人間に殺される道理は無いはずです」
俺の台詞に食い気味に意見してきたのは、シャルエだ。チラリと彼女を見ると、とても暗い顔をしていた。他の奴も、同じ意見なのか、みんな、悲しい顔をしている。
「人にとっては、その可能性があるだけでも、十分に脅威なんだ。自分の隣に鋭い牙を持つ獅子がいたら、その獅子が、絶対に人を襲わない獅子だったとしても、自分が噛みちぎられた瞬間を想像してしまう。今は大丈夫でも、明日は分からない。もしかしたら、今すぐにでも襲いかかって来るかもしれない……と」
「獅子じゃなくて狼だぜ?」
「そりゃ、お前だけな。あと、例えで言っただけだし」
これでもかというぐらいのドヤ顔で突っかかってきたマルコを軽くあしらう。すると、シャルエの方も反論があるのか、少し考えた後に喋り出した。
「……しかし、私達は喋る事が出来ます。会話が出来ます。獅子も、自分が危険の無い動物なんだと、説明すれば……」
「いや、人間ですら、平気な顔で嘘を吐くんだ。獅子がそんな事を言っても、信じてくれる人は極少数だろう」
俺は、戦闘を回避させようとするシャルエに出来るだけ優しく言った。シャルエは、泣きそうな顔をしたまま、黙り込んだ。
だが、確かにシャルエの言った事も一理あるだろう。言えば分かる人間もいる。誰にでも分け隔てなく接する事が出来る寛容な人間も。それも当然の事だ。
問題は、この勇者がそれに該当するかどうかだ。該当しなければ、戦闘は避けられないだろう。
「まあ、今更、人間不殺の文言を破る気持ちは、無い。俺は魔王だぞ?勇者の1人や2人、軽く蹴散らしてくれよう」
__嘘だ。勇者が持つ聖剣を一目見た段階で、俺は悟ってしまった。あれには勝てない__と。
仮に、あの剣を持っていない、勇者の場合であれば、何人いたとしても、殺さずに追い返せる自信がある。
しかし、あの聖剣があるのであれば確実に俺は負けるだろう。
ならば……俺に、出来る事は……。
「これから、お前らに能力アップの魔術を掛ける。これで勇者を蹴散らすぞ」
俺が言うと、4人は少し驚いたが、頷き、俺を見つめた。信用されているなと感じる。まぁ、力を授けようとしているのを拒む理由は無いか。
俺は、椅子から立ち上がり、手のひらに魔力を乗せる。あとは、これを4人に向かって詠唱、放出すれば、魔術の完成だ。
「……すまんな」
誰にも聞こえないような声で呟く。そして、俺は、ボソボソと詠唱をとなえ、4人に向かって魔術を放った。
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