ここはどこ? 1
雨季が終わりそろそろ夏がやってくる時期だけど、まだシトシトと雨が降る事の多い日々。
今日もそんな日であった為、アルバイトに行くのに少しでも濡れたくなかった私は、父親の偉くでかい傘を借りて行く事にした。75Cmの、人とすれ違う時気を使わないといけないぐらい大きい奴だ。
とはいえ、アルバイト先に向かう道は電路沿いの広めの道で、しかも車は入って来れない。誰かに気を使うこともなく、濡れる事もなく無事にアルバイト先にいく事ができた。
アルバイトが終わった午後10時頃。家で母親がご飯を作っているというメールを受け取っていた私は、コンビニで明日用に惣菜パンと飲み物を適当に買って帰る事にした。
その時間には雨も止んでいて、傘を差す必要がなくなっていたのはありがたかった。確かに気を使うこともないし濡れないんだけど、大きすぎてちょっとの風ですぐ煽られる。そのせいで、行く時はバランス取るのに両手使っててスマホ弄れなかった。
歩きスマホをする事になるが、道は広いし注意していれば大丈夫だろう。
「お、新情報でてる」
私はサブカルチャーの中でもかなりのゲーム寄りで、面白そうなゲームであればジャンル問わずにプレイをする。そのためスマホで真っ先にする事といえば、何か新しいゲーム関する情報が出て無いか確認する事だ。
その確認した情報に新しいものを見つけた私は、食い入るようにスマホを操作する。
勿論そんな状態でも周りに注意を向けるのは忘れず、足元にあった水溜りを跨ぐ様に避ける。
その途端──
「わっととと──」
ガクンと、階段が一段多く見積もって足を出してしまったかの様な、逆に少なく見積もって踏み込んでしまったかの様な、何かを踏み外した。
そしてその際に体のバランスを崩した私は、つんのめってたたらを踏む。慌てて視線をスマホから地面に向けて、転ばない様に体制を立て直そうとして──瞬間眩い光に辺りを包まれた。
「な、何!?」
突然の光に思わず目を閉じる。電車が横を通ったのかと思うも、余りにも突然すぎるし、何よりも電車の音が聞こえていない。
一体何の光なのかわからずにパニックになりかけつつも、なんとか辺りを確認しようと目を薄く開ける。地面に視線を向けていたのが幸いして、目が眩むことにはなっていなかった。
それでも未だ眩い光に、少し目の奥がチクチクと痛い。
まるで徹夜をして、朝日の下に出た時の様な痛みに顔を顰めながら面を上げる。上げてみると光は正面ではなく頭上から射している様で、私は手で庇を作り辺りの様子を伺い──見た景色に唖然とした。
若草の絨毯が敷かれた、何処までも続くかの様な平原。木々は点々と生えているだけかと思えば、遠くに鬱蒼とした木々が森を形成している。更にはるか遠くに薄っすらと見える、頂上付近が白んでいる山脈。そして頭上には、煌々と輝く太陽を取り巻く突き抜ける様な晴天。
「……」
目で見た景色に理解が追いつかない。声を出すことすらままならない。一体なんだこれは。夢を見ているのか。何時私は寝た。躓いた時にそのまま倒れて気絶でもしたのか。いや、そんな感覚はなかった筈だ。なら目の前のコレはなんだと言うのか。歩いていた道の近くにこんな場所は無い。そもそも夜で太陽なんて昇ってない。やっぱり夢なのか。
頭の中が疑問で一杯になるも、答えなんてものは出ない。ただ理解できない事に混乱し、目の前の事から逃げる様に数歩後ずさる。後ずさった足に、若草を踏み分ける感触が伝わった。
「は?」
思わず声をあげて地面に目を向けると、私は若々しい新緑の雑草を踏み付けて立っていた。
それを認識した瞬間、慌てて背後を振り返り──絶句した。そこには今まで歩いてきた道なんてものは無く、正面と同じ様な風景が続いていた。
私はゆっくりと左手を頬に当てて思いっきり抓り、あまりにもの痛さに声をあげて蹲る。手加減なんてものを考えずに、力一杯に抓ったのだから当然だ。
でもそれは、今のこの景色が全て夢であって欲しいという気持ちを盛大に込めていたからだ。しかし、頬は確かな痛みを訴えている。
夢なんかでは、無い。
「は……はは、ハハハハ……」
乾いた笑いが口からこぼれる。
先ほどまで確かにアスファルトの上に立っていた。その筈だ。躓いた時に踏み止まった際の堅い感触を覚えている。間違いない、筈だ。なのに、気付いた時には既に雑草が生える土の上に立っていた。ありえない。何が一体どうなっているのか。しかもコレは夢じゃないときた。
気がどうにかなりそうで、頭の中が真っ白になって、体の感覚も覚束なくなって、全てが理解の出来ない現状に囚われそうになって、私は──
「……うーん、どうすれば帰れるんだろう?」
──冷静になって立ち上がる。
何故あんなにも混乱していたのか、逆に理解出来ないほどに気持ちが落ち着いていた。
確かに、突然に居場所が草原になったり、夜が昼になったりするのは理解出来ない事柄ではあるけど、わからないならわからないなりに、今をどうしていくか考えていくべきだ。
差し当たって、まずはどこかに連絡なりするべきだろう。その為のスマートフォンだ。
意気揚々と、右手に握り締めたままだったスマホに目を向けてホームボタンを押す。が、画面は暗いままで一向に点灯しない。電池切れになるような充電量ではなかった筈なのだが、うんともすんともいわない。
「あれぇ?」
長押しによる再起動もかけてみるが、結果は変らず。スマホが使えない。
「結構詰みじゃないですかね、これ」
今居る位置すらわかっていないというのに、一番頼りになる情報端末が使えないというのはかなりの痛手だ。
電波が通じないという事までは最悪として考えていたが、電源すら入らないとは。せめて日時だけでも知りたかったが、仕方が無い。
とはいえ、そうなるとどうしたものか。バイトの往復だけなので腕時計はつけていないし、弟から貰ったバイト用のワンショルダーバッグに役立ちそうな物は入っていない。
日差しや太陽の位置的に、恐らく時刻は午前ではあると思うのだが、夜から朝になった事もあって正確な時間が知りたい。しかし、それも現状知る方法がない為に諦めるしかないだろう。
では次だ。私は一体何処に居るのだろうか。
線路沿いの夜道から朝日の眩しい草原に一瞬でワープしてしまった。というのが今の状況なのだが、判断材料があまりにも少なすぎる。
地元にこんな場所はなかったので、少なくとも地元では無い。では何処かとなると答えようが無い。せめて人か建物か何かあれば少しは違うのだが。
「……お? あれは道かな?」
何かないものかと辺りを見渡してみると、草の生えていない箇所が右手の方に確認できた。それは、若草の絨毯を切り裂く様に、帯状に続いている。
小走りで近づいてみてみると、それは硬く踏み均された砂利道であった。横幅は車がギリギリ擦れ違える事ができるかなという程度で、かすかな轍が残っている。
少なくとも人の往来がある場所の様だ。此処で待っていれば何時かは人が通るかもしれない。
「……」
道が続いている左右の方向をゆっくりと見比べる。はるか遠くまで続いている道は、若干の起伏がある地形のせいでその果てを視認する事ができない。
何時かは人が通るかもしれない。それは何時だ。
こんな何も無い平原に、早々人が通るなんて幸運があるのだろうか。可能性としては限りなく低いだろう。本当に何も無いのだから。
逆に、これだけ何もない場所なら、往来する人は車に乗っているだろう。それなら徒歩で移動した所で、出会う時間に大した差が出る事もない。少しは歩いてみるのも手だ。
なにより、スマホも動かず、暇を潰す手段がないこの場所で、何時来るかもわからない人をひたすら待つというのが我慢できる気がしない。
という訳で、私は傘を地面に立てる。そして、手首を利かせて傘を回転させなら手を放した。
そうして、私は傘が倒れた方向に向けて歩き始めるのだった。




