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ドイツパンを作れる男

勝人がパン屋になったのは、偶然という名の必然の積み重ねである。

中学時代に重い病を自宅で患った挙句、通信高校卒業後、単身ドイツに行くことを決意する。

ワーキングホリデービザは取れたものの、先立つものがなかった勝人は、渡独後、パン屋でアルバイトをした。

ドイツ語のレベルは大したことはなかったので、ドイツ語アプリが頼みの綱だった。


バイト先のマイスターがいい人で、黙々と真面目に働く勝人にパンの作り方を教えてくれた。

(本当は、ドイツ人以上に無愛想で、ドイツ語もろくにできない中国人ヒネーゼンは、売り場ではなく、工房で使ってくれとおかみさんが言ったからだが…)


ビザが切れ、日本に戻ったとき、ケーキ屋を営んでいた両親がそろって事故死した。

多少の貯金は残してくれたものの、財産らしい財産は立派な窯のあるケーキ屋だけ。

貯金を食いつぶしていくくらいなら、いっそ自分で店をやろうと、窯とドイツでの修業経験を活かして開いたのがドイツパン屋だ。


窯があるんだから、デリバリーピザ屋でもいいじゃないかと親戚は提案した。

しかし、「マンマ・ミーア、ピッツァリーア、アモーレ、ボンゴーレ、ジェラート」のイタリアである。

愛を囁くにはいいかもしれないが、所詮ヘタリアの言葉だ。

愛を伝えるのだって、「イッヒ リーベ ディッヒ」の方が、断然重厚感のある愛を撃ち込める気がする勝人であった。


そんな訳で、近所の人からは変人扱いされている勝人のドイツパン屋、その名も「Siegerズィーゲル」は、勝人の名前からつけた。


Sieger、すなわち「勝者」の意味である。

英雄を意味する「Held」も捨てがたがったが、「ヘルド」はいまいちかっこよくない気がした。

英断である。

勝人の発音ではHerdになってしまい、それではコンロの意味になってしまうのだ。ダサい。


そんな店の名前も分かりにくいということで、普通のお客さんはあまりこない。

しかし、ここは大都会の一角。

お店の人とはあまり関わりたくないコミュ障、安くておいしいものなら店にはこだわらないお局OL、同じ病を患った「ドイツ語かっけー!」の元・現オタクなどがやってくるので、店は細々と営業できていた。


******


さて、早朝からの仕込みを終え、昼のピークを過ぎた午後のアイドルタイムである。

ドイツのパン屋でもケーキを置いていて、多少はマイスターに習ったが、親の作ったものを越えられる気がしない勝人は、ドーナツと甘いおやつパンを午後の主力に並べている。


レジの奥の椅子に腰かけ、マンガを読みながら、余ったコロッケパンを昼食代わりにかじっていると、カランコロンと小さな鐘の音がした。


習慣で、店のドアを見上げて「ヴィルコメン!(Willkommen、いらっしゃいませ)」と小さな声を出したが、ドアは開いていない。

というか、ドアベルは、「チリンチリン」と、もっと軽やかな音のはずであった。


音源を探りに、視線をのれん一枚でつながっているパン工房に向ける。

何かいるような気配がする。

工房にも裏口があって、今はただの倉庫になっているガレージと猫の額ほどの庭につながっている。


勝人の父親が存命のころは、買い出しに行ったあとは、車から直接工房に荷物を運び入れていたものだった。

ちなみに勝人はネットで仕入れをする。ぽっちとするだけで、人と話さなくても、買い物ができるなんて、勝人のためにネット世紀は到来したに違いない。

いや、ネット世紀が勝人たちを生み出したのであろうか。


免許がなくても、(シュヴァルツ)(カッツェ)宅急(パーケット)便(ディーンスト)が荷物を持ってきてくれるので、重い思いをする必要もない。


裏口のドアはしばらく使っていなかったので、さびついて開けようとすると、激しい金属音を立てるはずだから、庭やガレージ経由で裏口から誰が入り込んだということはないはずだ。

にしても…


食べかけのコロッケパンを手にしたまま、勝人が工房へののれんをくぐると、そこには、魔法使いのコスプレをした小学生(女児)が立っていたのであった。

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