さよなら、あたし
銘尾友朗さまの『春センチメンタル企画』企画参加作品です。
「さて、と」
ガランとした部屋を見渡して、独りごちる。
大学の4年間を過ごした部屋。
狭い狭いと思ってたけど、荷物がなくなった部屋は、なんだか妙にだだっ広く感じられる。
畳じゃ田舎くさくて嫌だと思って選んだフローリングの床は、実際暮らしてみると薄ら寒くて、横にもなれない不便なものだった。
あたしは根っからの田舎者なんじゃないかと思ったものだ。
その認識は、悔しいけれど実に正しいものだったと、今なら言える。
田舎娘が、精一杯背伸びをして過ごした4年間だった。
初めて都会に出てきて一人暮らしを始めて、何を勘違いしたか大学デビューして。
髪を染め、パーマを掛け、眼鏡をコンタクトにし、合コンに連れてってもらってお持ち帰りされて。
そんなのが初めてだったなんて、とても親には言えない。
2年の時にできた彼氏と、同棲もした。
4年になる時、就職をどこでするかで揉めて、別れちゃったけど。あの時は、なかなかの修羅場だった。
都会で就職するか。田舎に帰るか。
あたしは、故郷に帰りたかったんだ。
なんだかんだ言って、あたしは都会の暮らしに馴染めなかった。
それもまた仕方ないって、今なら思えるけど、あの時はまだ割り切れなくて。
一緒にこっちで就職しようっていうあの人の言葉に、うなずきたい自分と、無理だって叫ぶ自分の気持ちに折り合いを付けられなくて、ケンカ別れした。
お互い子供だったんだと思う。
結局、あたしが選んだのは、大学を受ける時に親が望んでたのと同じ、地元での安定した生活だった。
髪の色を戻し、パーマもやめ、眼鏡に戻し、地味な田舎娘に逆戻りして。
堅いも堅い、地元の市役所に採用になって。
地味な田舎の公務員の完成だ。
市役所に採用になったから家に戻るって言ったら、お父さんは涙を流さんばかりに喜んでた。
故郷に帰って、親元で暮らして、公務員やって。一応、親孝行したって扱いにしてもらえるらしい。
こんなことで4年も都会で大学生活送らせてもらった分の埋め合わせになるのかって思ったりもするけど、結果だけ見れば、確かに親の期待には応えてる。
だから。
ここでの生活は、おしまい。
明日からは、故郷で、新しい生活が始まる。
さよなら、昨日までのあたし。
忘れるわけじゃないから。あなたは、たしかにあたしの一部として、これからも生きていくから。
さよなら、昨日までのあたし。
いつか、4年間のあれこれを「そんなこともあったね」って笑って思い出してあげるから。
さよなら、ここで暮らした日々。
これからの日々に、幸多からんことを祈ってやって。
あたしは、ドアに鍵を掛けた。
春、旅立ちの季節です。
卒業して新たな世界に踏み出すために、昨日までを思い出に変える。
そんな気持ちを綴ってみました。
共感していただけたら、嬉しいです。