1.5 英雄へと至る道
ジークたちは今、帰宅準備を終えて帰路についていた。日は大きく傾いており、空は燃えるように赤く染まっていた。
「すっかり遅くなってしまったなぁ。」
「まったく、貴様らが時間を気にしていればこんなに遅くはならなかったというものを……。」
「まぁまぁ、まだ日は沈みきってないんだし……急いで帰れば大丈夫だよ。」
そう言って、シズクはソニアを宥める。シズクだけは実家から通っているので、寮に住む他の三人よりも帰るのに時間がかかるのだ。
「大丈夫だって。俺がちゃんとシズクの彼氏として、しっかりと家まで送るからさ。だから、ジーク。俺の分の晩飯もとっとけよ。」
胸を張りながら言うリュートに、ジークは「はいはい。」と答える。リュートがジークに晩飯をとっておくよう頼むのはこれまでにも何度もあった。
すると、はっと思い出したかのようにシズクが他の三人に訊く。
「そういえば、明日は授業で講師の人と実戦形式の模擬戦をするんだったよね。だから、リュー君たちは下校時間ギリギリまで練習してたんでしょ。ソニアちゃんはいつも通り大丈夫だと思うけど、二人はどう?」
3年生になり、武術系コースの生徒たちには、講師の方々や先生たちとの対人訓練の授業が追加されていた。
この授業では1、2年生の時に培った身体と技を駆使し、模擬戦相手となる講師や先生にそれをぶつけるのだ。また、授業毎に相手が替わるので、様々な相手を想定した模擬戦ができるのも、この授業の特徴である。
ソニアは「いつも通り、全力をを尽くすのみだ。」とシズクに答える。
彼女は槍術クラスの3年生の中では飛び抜けており、たぐいまれな才能と不断の努力の積み重ね、そして、人馬族特有の機動力を生かした戦い方で、上級生や、もしかすると講師や先生たちにも匹敵する力を持っていた。
ジークとリュートもソニアほどではないが、同級生の中では秀でており、講師や先生相手に善戦することもあるくらいの力はつけていた。ただ、ジークはリュートのような素早い動きと鋭い連撃をしてくる相手を、リュートはジークのような堅い守りでこちらの隙を窺ってくる相手をそれぞれ苦手としていた。
「俺の明日の相手は、ジークにやたらと熱の入った指導してた、あの元傭兵で筋肉ムキムキの山人族のジイさんだろ。んで、使ってる武器は大盾に斧みてぇな剣で、戦い方はジークと同じカウンター戦法だからなぁ。長期戦になったら不利かな。けどまぁ、今日ジークとやってみて大体のイメージは掴めたから、あとは実戦あるのみだな。ジークは俺のクラスに教えに来てた、あの曲芸師みたいな戦い方するキザな騎士様だろ。大丈夫なのか?」
「その人の戦い方は前に一度見たことがあるよ。刺突剣と丸盾を巧みに使って、相手を翻弄するあの戦い方は、まるで一つの劇でも観てるみたいだったよ。けど、その時に一緒に観てたあの元傭兵の山人族の人が対処法なんかを教えてくれたんだ。だから、明日はどれだけその教えを徹底できるかどうかにかかってくると思うよ。」
「そっか。じゃあ明日、三人共頑張ってね。」
シズクにそう言われ、三人は、任せろ、と言わんばかりにシズクに頷く。三人の目はそれぞれ決意に満ち溢れた色をしていた。
◇ ◆ ◇ ◆
しばらく歩いていると四人は中庭に着いた。すると、ジークがふと、ある場所を見つめて立ち止まった。
「あれから二年か……」
ジークの見つめるその場所は、二年前、ジークが校長先生と出会った場所であった。
あの後、校長先生を学年集会などの行事ごとで見ることや、授業風景を見て回る姿を見かけることはあったが、休み時間や放課後に校長先生を見ることはなく、相談なども聞いてもらえることはなかった。
「あぁ、どのクラスにするか迷ってた時の話か。いいよなぁ、ジークは。校長先生と個人面談なんかできて。俺なんて結構放課後校内をウロウロすることあったけど一回も校長先生に会ったことなんてないしな。」
「私も。他の魔術系クラスの子が校長先生がきて、みんなにアドバイスしてくれたって言ってたけど、私のクラスの方には特になかったんだよねぇ。」
「私は、見回りの時に一回だけ見たことがあるぞ。その時、いろいろ話を伺おうと声をかけようとしたのだが、何やらお忙しいのか、すぐにどこかに向かわれてしまってな。それっきりだ。そう考えるとお前はとても運が良かったのだな。」
ソニアがそう言うと、残りの二人も、うんうん、とソニアに賛同する。ジークは少し困ったような顔をした後、あの時のことを思い出す。
「あれから、僕はあの時思い描いた道の上をちゃんと歩けているのかな……」
校長先生と話をしたあと、帰ってから眠りにつくその時までずっとジークは自分の思い描く“英雄”について考えていた。
祖父から聞いた曾祖父の話、そして、校長先生から聞いた曾祖父の話を思い出しながら、自分がどんな“英雄”になりたかったのかをずっと考えた。
そして、朝、目を覚ますと、自分の中に理想の“英雄”へと続く道が一本できていたのだった。
「さあな。けど、お前がもしその道から外れた場所を歩いてるって言うんだったら、お前の親友であるこの俺がお前を元の道へと戻してやるよ。」
少しだけ不安そうに物思いにふけるジークに、リュートはそう言う。この二年間、二人は互いに相談したり、共に笑い合ったり、時には喧嘩もしたがそれでも最後にはちゃんと仲直りしてきた。その友情は互いに親友と言い合えるには十分である。
「ありがとう、リュート。」
お調子者の親友に、ジークは素直に感謝の意を伝える。親友は得意気に「任せとけ!」と胸を叩いたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
四人が帰っている途中、突然思い出したかのようにジークが口を開いた。
「そういえば、みんなはここを卒業した後、どうするの?」
ジークにそう訊かれ、三人はそれぞれ自分の将来について考える。そして、まずリュートがそれに答えた。
「俺は、一度自分の国に帰るよ。無事卒業したぜって家族に報告したいからな。そこから先はまたそん時考えるよ。……そんで、できれば、シズクには一緒に俺の国に来てもらいたいよ。俺の家族に俺の彼女だって紹介したいから。……シズク、一緒に来てくれるか?」
後半、意を決したかのように頬を赤く染めながらリュートはそう言った。いきなりプロポーズ紛いの事を言われたシズクは少し驚いた表情をした後、やや不安そうに見つめてくるリュートの眼を見て、「考えとくね。」と微笑みながら答えた。
先程の告白への了承とも聞こえる返事をもらったリュートは夕日に向かって全力で喜びの声をあげ、シズクは恥ずかしいからとリュートをなんとか落ち着かせようとする。そんな二人を見て、ジークとソニアは二人の未来が明るいものであるように、そう心の中で思うのだった。
「私は医療系の大学に行こうと思ってるよ。せっかく回復魔法の適正があるんだもの。たくさんの病気や怪我で苦しんでる人々の助けになるような、そんなお医者さんになれるように頑張りたいと思っているよ。」
なんとかリュートを落ち着かせることができたシズクは、ジークの方を見てそう言った。他人思いの、優しい彼女らしい答えだった。
「それにリュー君の実家にも行かないといけないし……卒業後大変だなぁ……。」
そうリュートに聞こえないように小声で一人ごちる彼女は、よく見ると耳まで赤く染まっており、言葉とは裏腹にとても嬉しそうに見えた。
「そ、そういえばソニアちゃんはここを卒業したら国に帰るんだよね?!」
ジークとソニア、二人に微笑みながら見られていたことに気づいたのか、慌ててシズクはそうソニアに話を振る。ソニアは「ああ、そうだ。」と短く返事をする。
貴族の一人娘である彼女は、常日頃から自分の国についてよく話していた。自然に満ち溢れていて、空気が澄んでいること、国で採れる野菜は絶品であること、そういう事を話している時のソニアはとても楽しそうだった。そんな彼女が卒業後自分の国に帰れらないなど、ソニア以外の三人には想像できないのであった。
「前にも言ったことがあると思うが、私の生まれた国は緑豊かであると同時に危険な魔物や動物が多い。数年に一度魔物が大量発生することもある。だから、私は国の一貴族の一員として民を守らねばならないのだ。」
真剣な眼差しで彼女は三人にそう言った。正義感溢れる彼女らしい答えであった。
「お前はどうすんだよ?」
リュートがジークに質問する。ジークは少し悩んだ後、口を開いてこう言った。
「多分、一度国に帰るよ。そして、その後、傭兵になるよ。」
「傭兵というと、あの“不退”で有名なお前の曾祖父さんも傭兵だったよな。それじゃあお前はお前の曾祖父さんと同じ道を往くって訳だ。」
「そういう事だね。実はあの山人族の講師の人からも、お前には見込みがあるからと、傭兵として誘われているんだけど……どうせ傭兵になるなら自分の国から名を上げていきたいからね。」
ジークがそう答えると、シズクが「みんなバラバラだね……」と小さく呟く。他もそれを聞いて少し俯く。
「しゃーねーよ。みんなそれぞれ夢があんだから。それに生きてりゃどっかで会うことがあるかもしれないだろ。そう落ち込む事じゃねぇって。」
そんな中、リュートがお気楽そうにそう言う。けれど、他の三人もそう考えるようにすれば、自然と暗い気持ちが薄れていった。
「……そうよね。卒業したからって一生会えなくなる訳じゃないんだし……みんな卒業した後の連絡先教えてね。私、絶対手紙書くから!そしたら、またいつかどこかでみんなで集まれるでしょ?」
シズクがリュートに続いて言う。他の三人も頷き、四人で約束する。そうすれば、四人共、まだ見ぬ未来に向けて前を向いて歩いていける……、そう思えるのであった。