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エルフの学校 〜少年少女の物語〜  作者: Niko
-第1章- 英雄に憧れる少年と“力”
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1.4 発展途上の英雄の卵

 月日は流れ、ジークがエスティア学園に入学してから二年の歳月が経った。季節は、春の陽気が徐々に終わりを告げ、代わりに夏の蒸し暑さを感じるようになり始めた頃である。

  時刻は夕方、エスティア学園には、帰宅をする者、学友と教室で語り合う者、部活に(いそ)しむ者など思い思いに過ごす生徒達がいた。


 そんな中、学園内のある建物の一室から、カン、カン、と何かがぶつかる音がしていた。

 その建物は生徒達の自主練用に開かれた訓練所であり、中には、トレーニングジムや一対一の模擬戦用の部屋、弓術士や狙撃手、魔術師などの為に作られた、様々な種類の的が揃った射撃場、さらには小さな闘技場までもが完備されている。

 音の出所である部屋の中では、二人の男子生徒が対峙していた。一人は訓練用の大盾と刃を潰し、さらに緩衝材を取り付けた斧槍(ハルバード)を構えたジークである。もう一人は両手に湾曲した幅広の刀身を持つ、木製のククリナイフを持ったリュートであった。


 しばらく向かい合っていた二人だったが、突如としてその均衡は崩れた。リュートが一足に間合いを詰めたのだ。鱗人族(リザードマン)の強靭な身体が成せる業である。

 二人が一気に肉薄する。この距離では、リーチの長い斧槍よりリーチの短いククリナイフの方が有利である。距離を詰めたリュートが、勢いそのままに双剣を一閃させる。それに対し、ジークは冷静に左手の大盾でそれを受け止める。

 しかし、リュートの攻撃は終わらない。初撃の勢いを利用して身体を駒のように回転させ、さらに一撃を放つ。そこから双剣と身体を巧みに操り、上下左右から、時折フェイントを交えた怒涛の連撃を繰り出してきた。それでも、ジークは冷静に対応した。最小限の動きで、相手の動きに合わせて大盾を動かし、リュートの攻撃を受け止めたり、受け流したりした。

 そんな攻防がしばらく続き、痺れを切らしたのだろう、リュートが右手の刀を大振り気味に振りかぶる。ジークはそれを見逃さず、その一撃を盾を振って弾いた。リュートの体勢が崩れる。

 同時に、ジークは右手に持った、斧槍の柄を短く持つことで鋭い突きを放つ。リュートはその突きを身体を(ひね)ることで躱し、お返しとばかりにジークの右側から双剣を振りかぶろうとする。

 しかし、ジークは足の親指の付け根辺りに重心を置き、その状態で体を左向きに捻る。さらに腰を回し、先程の突きの勢いも生かすことで、リュートよりも速く斧槍の柄の先を振るった。斧槍はその構造上、必ず刃先側が重くなっている。そのため、ある程度重心のバランスをとるために反対側に重りとなる“石突”がついており、ジークの持つ斧槍はその石突が刃状になっているのだった。

 堪らずリュートは攻撃を中止し、大きく横へ飛び退いた。斧槍のリーチの外まで回避したリュートだが、ジークの方を見ると、もうすでに大盾を自分に向けて防御の構えをとるジークの姿があった。


 振り出しの状態になり、リュートは息を整える。鱗人族(リザードマン)は体温調整が苦手な種族であり、連続的な激しい運動は苦手としているのだった。さらには、時期が春の終わりということもあって、夕方でもやや昼の蒸し暑さが残っており、それがリュートの体温をさらに上げているのだった。

 息を整えたリュートは、ジークの様子を確認する。ジークも息が上がっているものの、まだ目にはまだ覇気が残っていた。

 リュートが再度ジークの懐に飛び込む。すると、ジークはそれを待っていたかのように大盾を構えたままリュートへ突撃したのだ。虚を突かれたリュートはジークの体当たりをモロに喰らってしまう。宙に浮いた リュートにジークはここぞとばかりに斧槍の柄を長く持ち、斧槍を大きく振りかぶる。

 リュートは衝撃で朦朧(もうろう)とする意識の中で最後の気力を振り絞る。視界の端に斧槍を振りかぶるジークを捉えると、尻尾を思いっきり地面に叩きつける。反動でリュートの身体が跳ね上がり、さらに身体を捻ることで、ジークの一撃を紙一重で躱す。そして、リュートはさらに尻尾を鞭のように振るう。それは、躱されるとは思っていなかったジークの頭に直撃する。強烈な一撃により脳が揺れる。

 そのまま二人はほぼ同時に床に倒れる。そして、それぞれ受けたダメージで二人共、起き上がれそうにはなかった。


「はぁ……はぁ……。くそ!また引き分けか。」


「ぜぇ……ぜぇ……。何言ってんだ……。俺が手加減してなかったらお前の首はへし折れてたぞ。」


「嘘つけ!あれは苦し紛れに思いっきり振ったのがたまたま当たっただけだろ!」


「貴様ら、汗だくで寝っ転がったまま何を言い争っているのだ。」


 突然、声を掛けられた二人は首だけをそちらへ向ける。すると、そこには腕組みをして、呆れ顔でこちらを見るソニアとタオルを両手に抱え、笑顔でこちらを見るシズクが立っていた。


「おっ、委員長にシズクじゃん。一体どうしてこんなところに?」


「私は風紀委員として校内を見回りしていたのだ。シズクとは途中で会って、私に付き添ってもらっている。そんな事よりそろそろ下校時間だ。二人共、帰る準備をしろ。」


 ジークとリュートは部屋にある時計を見る。確かに、時計の針は、あと半刻もすれば下校時間になるところを指していた。熱中し過ぎて気付かなかったらしい。すぐさま、二人は帰宅する準備をしようとするが、先程のダメージが残っているせいか、起き上がることができない。


「ダメだ。起き上がれそうにねぇ。」


「待ってて、リュー君、ジーク君。今、回復魔法かけるから。」


 そう言うと、シズクは回復魔法の詠唱を始める。詠唱が終わると、ジークとリュート、二人の身体が癒しの光に包まれる。光が収まると、身体の痛みなどは綺麗さっぱり無くなっており、意識もはっきりとしていた。


「ありがとう、シズクさん。」


「サンキューな。シズク。」


「どういたしまして。はい、これ、タオル。」


「いや〜、ほんと、俺の彼女は気が利いてるわ。な、お前もそう思うだろ。」


 そう自慢げに話すリュートに、ジークは「はいはい。」と塩対応気味に返事をして、シズクに礼を言ってタオルを受け取る。

 リュートとシズクは一年の時の冬頃から付き合っている。実はリュートにとってシズクは、ストライクど真ん中の女性であり、初めて会った時にリュートがシズクに一目惚れしていたのだった。そして、リュートの猛アピールの末、シズクがOKし、晴れて二人は恋人同士になったのだった。


「お前、ほんとよくシズクさんと付き合うことができたよな。確か他のクラスやクラスメイトの中にもシズクさんを狙っている奴がいたはずだし、実際に何人かシズクさんに告白してる奴もいたと思うんだけど。」


「チッチッチ。甘いな、ジーク。他の奴らと俺ではシズクに対する愛の大きさが違うのだよ。あ・い・の。」


「こーら。リュー君、調子いい事言わないの。それよりジーク君、リュー君。実はね、このタオルは私が用意したんじゃないんだよ。」


 シズクにそう言われ、二人は互いに顔を合わせる。そして、同時にもう一人へと顔を向ける。そこには腕組みをしたまま、若干頰を赤らめてそっぽを向くソニアの姿があった。


「シズクから聞いたのだ。お前たちが訓練所に行った事を。どうせお前たちのことだ、下校時間など忘れて訓練に明け暮れているだろう。だから、早く着替えさせるためにもタオルでも持っていったらどうだとシズクに提案しただけだ。」


 ソニアはそっぽを向いたままそう言った。すると、ジークが立ち上がってソニアの方へと歩いていく。そして、「ありがとう。ソニアさん。」と礼を言ったのだった。


「先程も言ったが、私は提案しただけだ。提案しなくてもシズクはそのくらいのことはするだろう。だから礼を言われる筋合いはない。」


「そんなことはないよ。タオルのこともそうだけど、まず、僕たちが下校時間に気付かないことを予想して、こうして下校時間前に帰るよう注意しに来てくれたじゃないか。それだって十分感謝するに値することだよ。」


「ふんっ!ったく、初めてお前にあった時はあんなに小さくて頼りなさそうだったのに、経った一年でここまで大きくなるとはな。さらにはそんな口まで利けるようになりおって。」


 ソニアが言うように、この一年でジークは大きく成長した。それはまるでジークそのものがジークの描く“英雄”像そのものになるように変化しているように……。

 二年前は160cmにも満たないはずだった身長は、今では170cmを優に超えるほどにまで伸びている。身体つきもがっしりとしたものになり、顔つきも幼さが抜け、精悍(せいかん)な青年そのものの顔つきになっている。

 そして、成長したのは身体だけではない。入学当初は若干頼りない感じの性格であったが、今では堂々としたものとなり、今では後輩たちから頼りにされ、先輩たちからも一目置かれる存在になっていた。


「まぁ、僕の夢は“英雄”だからね。」


「ふんっ!それに、最近では槍術クラスの後輩や同級生の女子からよく相談を受けているらしいではないか。私の先輩から上級生の女子の中でもお前は人気があると聞いているぞ。」


 面白くなさそうにソニアが言う。ジークの後ろでは、シズクが微笑むように、リュートはニマニマとからかうように笑顔で二人を見ている。二人はだいぶ前から彼女の気持ちに気付いているのだ。

 すると、「そんなことはないよ。」とジークが言う。


「僕は悩んでるのだったら男女関係なく相談に乗るよ。それにソニアさんだって槍術クラスの中では一、二を争うほど有名じゃないか。それに今だって君の方が大きいし、模擬戦をすれば君の方が強いじゃないか。」


 ジークがそう言うと、ソニアは、オモチャを買ってもらえなかった子どものような顔をして、ふんっ、と怒ってそっぽを向いてしまった。ジークの後ろでは、シズクが、はぁ、と溜め息をつき、リュートが、やれやれ、とお手上げ状態になっている。

 ジークだけは何故ソニアが怒っているのか分からずに首を傾げている。残念ながら、“英雄”を目指す彼には、乙女心というものが分からないらしい。

 そんな彼の様子を見て、我慢できずにソニアが、ドンッ、と床を踏み鳴らして口を開く。


「早く帰る準備をしろーー!!」


  その声は訓練所の端から端まで響いたという。

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