jammy insanty
マッチ売りの少女
―――心地よい狂気というものがある。
夢想するほどそれに近づく―――
北東の小さな街、バスが四本しか通らない街。
人の暮らす夜、寒空の続く平和な夜。
人形が街を歩く。 造られた者が街を闊歩する。
―――つくられたのは人間も同じ。
メイド服を身に纏った人形、
穢れを知らない空を映したような目をした人形。
コートを着た紳士に話しかける。
今日の客か、
今日の客か。
足早に、優雅に、側まで歩み寄る。
「一晩、おじ様の時間をいただけませんか」
人形がか細い声で訴える。
「…君の名前を」
紳士が細い声でまた同じように返事を返す。
「名前、…名前」
人形は考え込み、夜が更けるまで困り果てようとしている。
「名前が無いのかい?」
人形が頷く。
「名前が無くては客と少女の関係になってしまう。
…それなら君の好きな物を教えなさい」
ひとつ俯き、人形は答える
「……空」
「君の上にあるものかい?」
頷く。
「君を家に招くには、
招待状を渡さねば。
私の名前はフラジール・フランジェリコ。
君へお手紙を渡そう。
「プティト ルーシェ」
名前? 人形が訊く。
「そうとも。君の名前だ。
気に入らんかね?」
人形はそっと腕を組む。
腕を組み、一言を交わす。
「……好き」
「……寒かろう。
暖炉に案内するよ」
―――人形の。
少女の、ルーシェの冬は終わる。
「プティト ルーシェ」