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《 黒の英雄 》  作者: 海 黄色
第一章 世界が入れ替わった日
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第一章 第9話 『生きるか死ぬかは君が決めることだと命は言った』

 



 次々と落下してくる瓦礫はアキト達三人の元にも降り注いだ。しかし不思議と瓦礫は頭の少し上で何かに当たって逸れてから落ちていく。

 崩壊はホール全体で起こっていた。そこら中で先ほどとはまた違う慌ただしい喧騒と砂埃が広がる。大小様々な木材や石が人々の上に降り注ぐ。



「天井が崩れるぞ!」


「外に逃げるんだ!」


「駄目だ、置いてけ!」



 建物の悲鳴と人の怒号が飛び交う。廃材の下敷きになった者を助けようとして更に人が潰される。蜘蛛の子を散らしたように人々が逃げ惑い、その内の数人が逃げ切れずに姿が消える。ここはまさに地獄だった。正しき者と悪しき者の区別も関係なく皆平等に死んでいく。災厄の前では皆平等に"ただの人"であった。

 そして喧騒はアキトの目の前でも。



「ミハエルさん、今この守りから出てはダメです!」



 気づくとライルがミハエルの腰の辺りにすがりつき必死の制止をしていた。ミハエルの表情は硬く冷ややかだ。



「ライル」



「っ・・絶対離しませんから、それに今出てはソフィア様の想いが無駄になります。ーーそんなの嫌です」



 ライルの頬から幾筋もの涙が流れる。ミハエルは堪えきれない感情を押し殺すようにキツく目を閉じその端正な容姿を歪めていた。鞘から抜きかけた剣の根元を自らの素手で押さえ込む。赤い血が剣から鞘へ地へと止めどなく流れた。


 どれほどの時をそうしていただろうか、とても長い間そうしていたような気もするが実際にはもっと短い時であったような気もする。アキトには時間の感覚が分からなかった。ただ目の前であの少女が崩落に飲み込まれたというのに助けに走り出せない自分がどうしようもなく恥ずかしく滑稽だった。自分はまだこの命を惜しんでいるのか。どうでもいいと思いながら心の底では生きたいと思っているのか、と。

 自分が駆け出したことで崩壊が止まるわけでも、ソフィアが助かるわけでもない。それは分かっている。ただ、あの一瞬。ソフィアがアキトの名前を叫んだあの一瞬、最後に彼女の瞳に映った自分の姿が堪らなく恥ずかしいと思った。衣服はだらしなくはだけ、人の影に隠れ何の力もなく、ただ座り込んで助けを待っている自分が。

 それは水槽の中で口をぱくぱくと開け閉めしながら与えられる餌を待っている金魚と同じだ。その金魚にもアキトにも自分の生死は決められない。足掻く力も無い。


 すると、がくんと身体が傾いた。否、空間全体が大きく揺さぶられた。



「地震ッ!?」



 ライルが声を上げる。


 突然大きく地面が震える。しかし地震とは違う。何かとてつもなく大きなものが動いているような感覚がする。すると天井が大きな音を立ててめくれ上がった。石と木材で出来た天井をまるで包装紙でも破るかのようにいとも簡単に破壊しているのは大きな手だった。


 アキトは自分の目を疑う。その手は人の手に形状は似ているが色は岩や石のような灰色で所々苔が生えているような緑も見えた。ごつごつとした皮膚は如何にも硬そうで木材を力任せにへし折りその切っ先を掴んでも傷1つついていないようだった。

 人々は逃げ惑いながら天を見上げる。そして驚きのあまりその場に釘付けになった。




「大地の巨人(グリーンマン)が何故こんな所に・・」



 ミハエルの声は掠れていた。その目は驚きの色に揺れている。



「そんな、まさか、巨人族がミズガルズの領域に現れるなんて・・ありえない・・」



 ライルが持っていた鍵束が力の抜けたその手から自然と離れ石畳みの地面に叩きつけられガシャンと音を鳴らした。その音にはっと我に戻り素早く拾い上げる。



 ーーーーカタン



 しゃがんだライルの目の前に小さな板が転がった。今まではアキト達は見えない何かに守られていた。それが消えていた。



「ミハエルさん、守りがーー」



 ライルの瞳は動揺の色を隠せない。それはミハエルも同じだった。



「分かっている。ーーライル、ソフィア様を頼んでいいか。少年、君は私の近くで隠れていてくれ。場所を決めたらそこから動かないように」



「俺もーー」



「君が今出来ることは指示に従うことだけだ。いいね?」



 有無を言わさないミハエルの剣幕。ここでアキトに構ってなどいられない。アキトはぐっと言葉を飲み込んだ。自分が出しゃばることでこの場にいる全員の命の時間が少なくなるのは明白だ。それをアキトは感じとっていた。



「ーー理解が早くて助かる。ライル、ソフィア様を頼む。私達はあの方を置いてはいけない。例え心の臓が動いていなくとも・・・だ」



 ミハエルは天を鋭く睨みつけながら言った。ライルは溢れ出る涙を拭いミハエルの言葉に頷き走り出す。




「"我が魂はアトランティスと共に"」



 走り出したライルはその言葉を残した。その意味はアキトには分からない。しかし頷いたミハエルの瞳は先程よりも力強く感じた。



 アキトはその背中を何もできずにただ見ているだけだった。

 今の自分に課せられた勤めは"隠れて逃げる"こと。この場の誰もが生きる為に戦っているのにアキトにはその者達が必死にたぐりよせようとしている生のお零れを頂戴することしかできない。

 この場でアキトより弱者はいない。アキトは守られる側の人間だった。そのことをアキトは痛いほど理解していた。




 天井がほとんど無くなったことにより落下物は無くなった。たまに落ちてくる物はミハエルが剣で薙ぎ払っている。

 ミハエルが大きく息を吸い込んだ。


「神が想像せし強く逞ましい者よ。ここは神が定めし人の領域である。今すぐ帰られよ」



 ミハエルは天に向かい声を張り上げる。すると見晴らしが良くなった天井から大きな目がこちらを見つめた。目と言ってもまつ毛はほとんど無く、瞳は黒一色だ。眼球だけで大人1人分の大きさがありそうだ。鼻は人というより豚に似ている。前に突き出た大きな鼻は空気が出入りする度に強い風を起こしていた。巨大な目はぎょろぎょろと下を物色するように動くとミハエル達2人を見つけそこで静止した。


 巨人は言葉にならない大きな雄叫びをあげる。それは怒りでも悲しみでもなく歓喜の雄叫びだった。

 あまりの爆音に空気が揺れ他の音が全く聞こえなくなる。叫びが終わった後は耳が馬鹿になったようでしばらく周りの音が聞こえなくなっていた。



 空気が震えるような声はまるでサイレンのようだ。舌ったらずで聞きづらい。腐った肉の匂いがする風が呼吸するように天から吹き付けてくる。



「×××××××××××××××!!」



 何を言っているのかは分からない。巨人が発する音は言葉というより猛烈な風の音だ。それは天の嵐。強烈な台風が他の全ての音を消し去ってしまうあの音によく似ている。分かるのは音に微妙な違いがあり、それが短かったり長かったりするためきっと言葉なのであろうということだけだ。



 アキトは横倒しになったテーブルの陰に隠れながら巨人を見上げ、この切迫した状況とこの世界について思考えを巡らせていた。

 日本はもちろん。アキトが知る限りの"地球上"の世界で覚えの無い風景。文化、建造物、乗り物・・・。ヨーロッパの中世を思わせるような剣や魔法。見慣れない服を見に纏った人々。そして何より化け物。アキトは自分がいるべき世界から迷い出てしまったことを理解した。



 人生の最期に別の世界を見ることになるなんて。



 それも"最期"にはいいのかもしれない。"日本"であのまま生きているよりもこちらにいた方がかなり早く死ねるのだろうから。こうなってしまったのが"あちらの世界"と"こちらの世界"が混ざってしまったせいだとしても。"こちらの世界"に来たのに意味は無かったが。しかし、だからこのまま終わっても後悔が無い。

 アキトは死を覚悟し自分の歴史を振り返った。

 生まれた直後に親に捨てられたのは何とも思っていない。そもそも顔も声もどこの誰かも分からない親だ。初めから何も無いのだから実の親に対しての感情は何も無かった。ただアキトが大切だったのは施設の"家族"達だけ。母さんや兄弟達は善良な人間だった。貧しい中で自分達の居場所をみつけて小さな幸せを掴んでいた。それだけなのだ。何も高望みをしていたわけではない。ただ皆んな"家族"が欲しかっただけなのだ。自分の居場所が。それすらもいけなかったのか。許されないのか。幸せはいけないのか。いや、許されなかったわけではない。確かにアキト達は幸せだったのだ。大人になることも叶わず死んでいった兄妹達もその瞬間までは幸せだった。僅かな時間でも穏やかな時があった。それがあればもう十分だ。自分の人生は決して悪くはなかった。心の底からそう思える。



 ただ・・・ただーーーー・・・



 最期の時を兄妹達と共にしたかった。兄妹達を守ることは出来ずとも少しでも幼い兄妹達の恐怖を和らげてやりたかった。前に立って壁になってやりたかった。出来ることなら死の直前まで少しでもーーーー。少しでもーーーーーー。

 アキトの心臓が悲しく詰まった。




「少年!逃げろ!!」



 ミハエルがアキトに向かって叫んだ。アキトは反射的にはっと顔を上げた。


 天を見上げると大きな手がアキトの頭上に振り下ろされようとしていた。それは大きすぎた。どんなに足の速い人間でも、例えばオリンピック選手でも逃げきれないだろう。周りの天井を更に破壊して手はアキトの上に振り下ろされる。呆然と天を見上げるアキトの頭を文字通り風の速さで駆けつけたミハエルが下に押し付け剣を力任せに天に向け投げた。剣は天に刃先を向け空中でぴたりと静止する。



「我が"生"は我が鉾なり。我が"剣"は我が血なり」



 激しく何かが弾ける音が響き巨人の手が剣先で止まる。まるで壁があるかのように剣先より先には進めないようだった。




「×××××××××××××××××××××!!!!」




 巨人の手はイラついたように何度もその岩のような手を振り下ろした。その度に何か金属のような鐘のような澄んだ音が響いた。



「少年、走れるか?」



 天を睨みつけるミハエルの頬から血が滴る。頬どころではない。全身に血の赤が滲んでいる。血は時を追うごとにその色を濃くしている。しかし不思議なことにミハエルの衣服には損傷が無い。つまり"服が無傷なのに中身だけ傷ついている"。地面に伏したアキトの額ににぽたりとひと雫ふた雫と生暖かい液体が落ちてくる。



「あれは何故か君を狙っている。ーー私がここで時間を稼ぐ。その間に君は全力で走って外の私の仲間と一緒に王都に逃げるんだ。何か言われたら私に言われたと言えばいい。いいね?」



「あなたは・・」



「術者は動けない。それにここで"あれ"を束の間でも足止めすることができるのはここで私だけだ。早く行け。直ぐに血が足りなくなる」



 冷静な言葉と裏腹にミハエルの息はどんどん荒くなっていた。顔には血の気が無い。血を流しすぎだ。このままではミハエルは死ぬだろう。それは他の誰もが見ても明らかであった。例え巨人に潰されなくともこの出血では長くは持たない。それはミハエルが一番よく分かっているはずだ。この悲惨な戦場で彼はどこの誰とも知れない初めて会った赤の他人を背に庇って死ぬつもりなのかーーーー。



「ーーー俺はそんな価値ある人間じゃない・・」



 呟いた言葉は小さく囁くようで自分ですら聞こえない。自分の今の心境はミハエルの思いを裏切るものだ。



「俺はあんたに助けてもらうのに相応しい人間じゃないっ!!」



 今度ははっきりとそう言った。ミハエルは驚いたようで目を丸くする。



「ーーー」



 何かを言いかけたミハエルを振り返ることなく巨人に向かってアキトは走り出した。






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