第一章 第6話 『笑い上戸の笑いは止まらない』
荷台の扉が開き外の光が入ってくる。扉の前には中年の男が立っていた。小太りだがそれなりに筋肉もある禿げた男。彼、ゾルデはアキトの拘束が解けていることに一早く気づく。
「お前、能力者か!」
「ーーーッ!?」
トンーーーとアキトの首筋に針が刺さる。
瞬間、ぐらりと視界が揺らぐ。体が一気に痺れ手足は痙攣しだす。倒れたアキトは何が起こったのか分からず、まだ辛うじて動かせる首をゾルデの方に向けた。ゾルデの手には針治療に使うような大きめの針が握られていた。よく見るとゾルデの右足に針が束で入っているポーチがくくり付けられていた。ゾルデは次の針を飛ばすか考えているようだった。アキトはこの男が自分を拘束したのだろうということを理解した。何故そうする必要があるのかは分からない。今の状況的には誘拐だが、自分には身代金を要求する家族も金もない。
「チッ。あの森で倒れている時点で使っておくべきだったか、あぶねぇな」
ゾルデは舌打ちし、額の汗を拭う。アキトが指一本動かせないことを入念に確認した後、首筋に刺さった針を抜いた。ぷつりと微かに血が滲む。針はそれなりの太さがあるようだ。
「っーー」
「悪く思うなよ。オレも飯を食わなきゃいけないからな。あーぁ、真っ二つにしやがって。こりゃもう使えねぇな」
ゾルデは破壊された鎖を投げ、新しい拘束道具を手にした。それは首輪のようで、その先から伸びる鎖は手錠へと繋がっている。
「能力者用の特別性だ。これで力は使えない、諦めな」
ゾルデは首輪に鍵をかける。
『ーーーーーーアキトーーーーーー』
クロは何もできずにいる。アキトには逃げる気力が無い。それにアキトの体が動かないのではクロがまた錠を破壊したところで逃げられない。クロが話しかけてもアキトからの返事がない。ただアキトの目は深い悲しみと混乱で揺らいでいた。
「よう!ゾルデ。この不景気に仕入れてきたのか?どうせまた小汚い手を使ったんだろ?この悪党が」
そこに陽気な声が響いた。荷台の扉の前に男が一人立っている。年はゾルデとそう変わりがなさそうな男だ。ただゾルデよりも幾分か体が締まって背も高い。
「バルクか。ちょうどいい。ちょっと手伝ってくれ」
「なんだなんだ。オレだって忙しいんだぜ」
そう言いながらバルクはよいせっと荷台に上がる。そしてアキトを見てニヤリと笑う。
「何の能力だ?」
「分からん。森で拾ってな。鎖を切りやがった」
「お前またあの森突っ切ったのか。ほんと呆れるぜ。仲間内でお前があと何回あの森を抜けられるか賭けられてるぜ」
「お前もどうせ賭けてんだろ」
「はは、バレたか。ま、誰かの儲けになりたくなけりゃ命知らずを止めることだな」
ゾルデはふん、と鼻を鳴らす。
「だが今日のオークションはオレの一人勝ちだ」
ゾルデがそう言うとバルクは、クククと可笑しそうに笑う。ゾルデは目を細める。
「ーーーーなんだ」
「いやいや、すまんすまん。可笑しくってな」
ゾルデの不機嫌な顔に、バルクは笑うのをやめるどころか更にケタケタと笑い出した。
「だから何なんだ」
「いやーー。すまん」
「それは分かった。ーーーー何か入ったのか?」
ゾルデの儲けの話でバルクがここまで笑う理由は大体限られている。そしてそれはゾルデにとって不利益を被ることだ。バルクはそういう奴だ。
バルクはアキトの頰を挟みしげしげと品定めを始める。
「体だけで20ってとこか、悪くない。それに能力者。それでプラス30で50くらいか。確かに平時じゃトップだな、お前の読みは外れてねぇ」
「当たり前だ」
バルクは人差し指を振る。
「しかし残念ながら今日は平時じゃねぇ。
とびきりの上物が入ったんだ。若い女で能力者。能力は土系だな。能力はまぁまぁだが、これがまたべっぴんさんでな。耳のいい奴はもう集まりだしてるぜ」
ゾルデは苦虫を噛む。今日は久しぶりに名を売れると考えていただけに特に苦い。
「誰だそんな奴連れてきたのは」
そこでまたバルクは大笑いする。ヒーヒーと息をするのもやっとの有様だ。ゾルデは落ち着くのを待つ。バルクの笑い癖は今に始まったことではない。こいつは相手がたとえ取り引き相手あっても笑いが抑えられない。救いようのない笑い上戸だ。
バルクはひとしきり笑い息を整える。
「ハウマーのやつだ。あいつが・・・ぶっ。ふはははは!ひー、たまらん。ククク・・」
「ハウマーだと?まさかあのボンクラがーーーー?いったいどんな手使ったんだ」
ゾルデは驚きを隠せない。ハウマーといえばこの辺りの奴隷商人の中で万年びりの底辺商人だ。いつも連れてくるのは捕らえるのに手はかからないが買い手もいない老人ばかり。バルクはまた腹を抱えて笑っている。慣れているとはいえ、話が進まないのはゾルデの本意ではない。時間は金だ。
「一発お見舞いすれば普通に話せるようになるか?オレはいくらでも協力するぞ」
「ーーククク。分かってるさ。はぁーーふぅーー。そんな難しい交渉はしてないらしい。貧しい農村の村長の娘で、まぁよくある村を救うためってやつだな。円満成立。なによりだ。オークションの落札価格の6割は村に入れるって話で契約したらしいぞ」
バルクはピッと指を立てる。貧困から奴隷商人に息子娘を売るのはよくある話だ。凡人で10ゴールドが相場の奴隷業。1ゴールドで一般的な家庭の2、3ヶ月分の生活全てを優に補える。堅実に生活すれば5ヶ月は持つ。そして能力者であればその価値は跳ね上がる。また能力者は珍しく凡人のように簡単には捕らえられないことも価格を跳ね上がる原因の一つだ。
ゾルデはチッと舌打ちする。妙齢の女はそれだけで高い値が付く。しかも顔立ちが端正となれば80は固い。競り合えば100はいく。今日のオークションのトップがその少女で決まりだろうことは誰にだって分かる。ゾルデは小さく溜息をついた。
「ーー仕方ねぇか。オレもこいつを捕らえられたのは半分以上運みたいなもんだし、金が入るだけでよしとしとくか・・」
「なんだ、なんだ。もっと悔しがってくれないと面白くないんだが」
「誰がお前の笑いの種になるか。面倒くさい」
バルクは、ハハッと笑う。
「全く酷い言われようだぜ」
「それにオレはまだ負けてない」
バルクの笑いがぴたりと止まる。
「なんだと?」
「だからオレはまだ負けてないっつってんだ」
バルクは怪訝な顔をする。ゾルデの捕らえた少年は容姿はまだしも、顧客のニーズは少女の方が多い。どう見積もったってハウマーの一人勝ちだ。そこでバルクはまさか、とつぶやく。
「他にも何かあるのかーー?」
すっかり静かになったバルクにゾルデは満足そうににやりと笑った。
「そうだな、お前が笑えなくなるくらいに良いのを仕入れたんだ。この世界は人より値の付くものが腐るほどあるだろう?」
ゾルデの自信の源は揺るぎようのない至高の一品だ。オークションに出せばいくらになるかゾルデにも想像がつかない。平時じゃトップを走るであろう者たちを軽くあしらえる品が今自分の懐のなかにある。ゾルデはおかしくてたまらない。クククと笑いが漏れる。怪訝な顔のバルクも今のゾルデには笑いの種にしかならない。人を差し置いて笑い転げることがこんなにも優越に浸れることをゾルデは初めて知った。荷台の隅では魔石が静かに揺らめいた。