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《 黒の英雄 》  作者: 海 黄色
第一章 世界が入れ替わった日
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第一章 第5話 『それはどんな刃物よりも深く突き刺さる』

 


 アキトはまどろみの中で夢を見ていた。



『あら、アキト、帰ったのね。おかえり。もう少ししたら夕飯だからね、手洗ってきなさい。そしたら下の子たちを見ててくれるかしら。シンヤがさっきからマナトにちょっかい出して喧嘩になりそうなの」



 園長の腕の中で先月5歳になったばかりのシンヤがむくれた表情をしていた。



『あぁ、分かったよ。母さん』



 アキトがそう言うと園長はにこりと微笑み、シンヤに『仲良くね』と言い頭を撫でて、その後にアキトの頭にも手を置いた。



『よろしくね。アキト』



『はいはい』



 適当に応えると、くしゃっと頭を撫でられる。園長が離れた後、アキトはシンヤの前でしゃがむ。シンヤはアキトと目を合わせないようにそっぽを向いている。



『シンヤ、母さんを困らせちゃいけないだろう。俺たちは兄弟が多いけど母さんは一人なんだ。皆んながお前みたいに母さんの手を焼かせたら、母さんが疲れちゃうだろ?』



『ーーーーマナトが母ちゃんのことババアって言ったんだ。あいついつもそう言う。それにさっきは母ちゃんに嫌いだって言ったんだ』



 シンヤは許せないとばかりに唇を尖らせた。



『ぼくは母ちゃんの悪口言うやつなんて嫌いだ」



 アキトは笑った。マナトはまだ施設に来たばかりで慣れていない。無意識なうちに一番身近な大人を試しているのだ。嫌われるようなことをしても許してもらえるのか、優しく抱きしめてもらえるのか、愛してもらえるのかを。アキトは赤ん坊の頃から施設にいたからそんなことは無かったが、後から入ってきた兄弟達は皆んなその道を通ってきた。目の前にいるシンヤだって例外ではない。昔自分がしていたことを忘れ同じ行為をしている者を見て怒っているのだ。アキトはそんな兄弟が可愛かった。



 小さく笑うアキトを面白くないと主張するようにシンヤは訴える。



『にいちゃんは平気なのかよ!母ちゃんが悪口言われて』



『平気じゃないさ。マナトには後で俺がしっかり言っておくから。でもな、マナトだって分かってるんだ。悪いことをしてるって。でも自分ではなかなか止められない。シンヤだってそういう時があるだろ?だから許してやってくれないか』



 ぽんと頭を撫でるとシンヤは拗ねたような表情になる。



『さっきから母ちゃんもにいちゃんも撫ですぎだ。おれは子どもじゃないんだ』



『母さんからしたらお前も俺も、もちろんマナトも皆んな子供なんだよ』



 アキトはこの兄弟達を愛していた。血の繋がりは関係ない。本当の家族だった。



 場面が変わり、アキトの体は幼くなる。目の前の園長は若い。園長はアキトの小さな体を優しく抱きしめる。



『怖いものが見えても負けてはダメよ。アキトは母さんが絶対に守るからね。大丈夫よ、大丈夫』



 園長の目から止めどなく溢れる涙にアキトの幼い心はきゅっと痛む。


 アキトが寝ていたら、布団の脇に黒いものがうずくまっていた。アキトは恐ろしくなり園長の部屋に駆け込んだ。アキトが怯えて園長のもとを訪れるのはこれが初めてではない。



『今日は母さんと寝ましょうね。母さんが一緒だから大丈夫よ・・』



 その日、アキトは園長の布団に入り子守唄を歌ってもらった。園長の声は温かく、優しかった。眠気が訪れる中でアキトは布団の脇に黒いものが動いているのを見ていた。



『母さん・・。おれ早く大きくなって、母さんや兄弟を守れるようになりたい・・』



『ふふ。頼もしいわね。でもゆっくりでいいのよ。母さんはあなた達を守るためにいるんだから、あなたが早く大人になってしまったら母さん悲しいわ』



『でも、おれ強くなりたいんだ。夜も一人で眠れるようになりたい、弟や妹は一人でちゃんと寝てるのに、いやなんだ』



『あら、母さんは嬉しいわよ』



 そう言って園長は微笑んだ。









 ーーーーーー母さん



 アキトの目から涙が溢れる。



『ーーーーーーアキト、気がついたかーーーー』



「ーーーーーっぐーーんんーー」



 クロの声に応えようとしたが口が動かない。驚いて身動ぎすると手足も自由が効かない状況だった。ガチャガチャと鎖が音をたてる。口は縄を噛ませられていた。ガタガタと酷く揺れる狭い室内。これは荷台のようだと検討をつける。しかし何故拘束されているのか分からない。鎖はしっかり絡ませてあり、どんなに暴れても少しも緩まなかった。




『ーーーー私が気がついた時には既にこの状況だったーーーー』



 頭の中にクロの声が響く。




 ーーーー母さん達はーーーー



『ーーー ーーーー死亡したーーーーーーーー』




 やっぱりあれは現実だった。家族の最期の姿がフラッシュバックする。おかしな方向に曲がった体と内臓が飛び出た兄弟達。散乱する肉片。アキトは吐きそうになるが、口を押さえられているので吐けない。



「ゔぐッーーーーゔぅ・・」



 生理的な涙がぽたぽたと落ちた。同時に何も出来なかった自分が情けなく、生き残ってしまったことが惨めだった。



 ーーーー俺は母さんを、家族を守れなかった



『ーーーーーアキトは3人の子供を逃すチャンスを作ったーーーー』



 ーーーー逃したのは母さんだ。母さんの命を犠牲にした。命を賭けたのは俺じゃない



『ーーーーーそれでも、アキトの兄弟は3人生き残ったーーーーアキトは1人ではないーーーー』



 クロはアキトに言い聞かせるように言った。それでもアキトの気持ちは少しも軽くならなかった。失ったものが多すぎて、衝撃的すぎて脳裏に焼き付いて離れない。思い出したくなくても今はそれしか考えられなかった。感情の秒針が振り切れて心が何も感じなくなる。今思うのはこの悪夢から早く覚めたいということだけ。早く目を覚ましていつものように過ごしたい。血は繋がっていないけど、関係なく愛しい家族。その中に戻りたい。でも同時にそれは不可能であることは分かっていた。あの愛しい人達は痛みと絶望の中で恐怖に引き裂かれて死んでいった。意味も分からずに突然命の火を吹き消された。まだ幼い子もいた。どんなに恐ろしかっただろう。助けを呼ぶ声がアキトの耳に聞こえた気がした。



『にいちゃん、たすけて・・・』



 その声に、生きようと伸ばす小さな手にアキトは遠く届かなかった。

 アキトは瞬きをすることすら忘れ、開いたままの瞳からは麻痺したように涙が流れた。



『ーーーーーーアキトーーーーーー』



 クロの呼びかけにアキトは反応しない。頭の中がぐちゃぐちゃでクロの声は入ってこなかった。なんで一緒に死ねなかったのか、あの化け物はどこに行ったのか。家族を返して欲しい、できないなら殺してくれ・・・。アキトの心は様々な思いで埋め尽くされていく。


 クロはそれを感じとっていた。アキトの死を阻止したのはクロだ。そしてあの狼のような化け物を殺したのも・・・。クロはアキトに言おうか迷う。いきなり強大な力が溢れて化け物を殺したことを。そしてそれは今もクロの中で蠢いていることを。迷いに迷って言うのをやめた。アキトがもう少し落ち着いてからでも遅くないという考えからだった。今のアキトにこれ以上何かを考えさせるのは酷だと考えた。そこでクロはあることに気づく。



 ーーーーこれがーーーー感情というものなのかーーーーーー?



 初めて感じる誰かを想う気持ち。クロは戸惑う、自分の中の無に何かが芽生え始めていることに。

 それはいつからそこにあったのだろうーーーー。




 カチャ・・ガチャンッーー



 クロはアキトを拘束していた鎖を切る。しかしアキトはうずくまったまま動かない。その肩は小さく震えていた。押し殺した嗚咽が荷台の中に響く。



 クロはただアキトのそばにいた。こういう時に何を言えばいいのかクロには分からなかった。














 そして竜馬は目的地に着き停止した。

 アキトを乗せた荷台の扉が開く。






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