第七話 魔法の講義に参加してみよう
異世界生活二日目は終わってなかった。
あの後、庭に倒れていた大輔を介抱してくれたのはビリー隊長だった。
彼は優しく抱き上げて(お姫様抱っこで)大輔を部屋まで運んでくれた。
その後はマッサージやらお手製の食事など与えてくれた。
運動不足の大輔の全身は筋肉疲労でプルプル状態だったのだが、ビリー隊長のマッサージのおかげで動けるくらいまで回復している。
まあ、明日は間違いなく筋肉痛だろうが……。
食事も本当に美味かった。
肉を焼いただけ、いろんなものを突っ込んで煮込んだだけと言う男料理なのだが、疲れた身体に何とも心地よい味だった。
うん。本当にこんなおっさんじゃなかったら感謝しきりだっただろう。
だけど、マジ勘弁してほしい。
デカい強面のおっさんの手料理とかマッサージとか貞操の危機を感じてしまう。
ビリー隊長は訓練中とは打って変わって本当に優しかった。
食事中に色々なことを話してくれたし、その話も非常に面白くためになった。
この世界のことを何も知らない大輔にとって非常に有効なひと時だった。
このおっさんがマッチョでなければ……
何度もこのおっさんが危ない趣味なんじゃないかと疑った。
が、100パーセント善意からの行動だったみたいなのでとりあえずホッと胸を撫で下ろす。
風呂に一緒に入ろうとしたときには全力で逃げようと思ったのはここだけの話だ。
マジで大丈夫ですよね。
大輔はお尻の穴を抑えながら寝ることにして本当に二日目の幕は下りた。
三日目。
大輔は訓練を拒否して魔法の講義の方に向かった。
実際、訓練を受けた方も受けさした方も、少々大輔には無謀だと察したのだろう。
今回はスムーズに話が通った。
一人、ビリー隊長だけ寂しそうな顔をしていたが……
ブルリと身体を震わせて大輔は魔法の講義が行われている部屋へと向かう。
「お邪魔します」
そう言って入ると、そこにはすでに涼子も絢奈も来ていた。
他にはいかにも魔法使いだという黒いローブを着た人が3人と白い貫頭衣を着た神官風の人が3人座っていた。
この6人が魔法の先生なのだろう。
そして、大輔に気付いたのか一番立派な神官服をきた人がこちらにやってきた。
「大輔様ですね。話は聞いております。今回、魔法の指導をさせていただくことになった。アクアス教 フレーム教会で大司教を務めさせていただいています。クレメンスと申します。以後、お見知りおきを」
柔和な笑顔を向ける老紳士だが、オーラと言うか威厳がある。
大司教の肩書を聞かなくてもただ者ではないと誰が見ても分かるレベルの人だ。
「わたしは朝倉大輔です。これからお世話になります」
大輔は基本長い物には巻かれる人間だ。
偉い人にはとりあえず頭を下げる。
うん。これぞ、世渡りだ。
そんなことを考えながら二人の様子を見てみた。
「う~ん。何か上手くいってないのですか?」
「はい。城崎様、鬼頭様に魔法について説明しているのですが、魔力のない世界で育ったせいか自分の体内にある魔力を感じるということが難しいみたいなのです」
「それはどういうことなのですか? 自分の感じ方でも教えればそこから色々つかめるんじゃないですか?」
「そうなのですが、我々は魔力を感じられないという感覚が分からないのです。魔力はどこにでもあるものだし、魔力を感じるというのは自然な行為ですから」
「どこにでもあるものなのに感じられない。ああ、空気みたいなものですか? あるのが当たり前。呼吸の仕方を教えろと言われても、教えようがない」
「そうです。そういう感覚に近いのかもしれません。だから、困っているのですよ」
ふむふむ。なるほどね。原因はわかった。
だけど、その解決策を練らなければならない。
「通常、魔法を学習するときどのように覚えるのですか?」
「魔法の教科書があります。これを読んで練習すれば大体の者は1週間かからずに初歩の生活魔法が使えるようになります」
どれどれ、大輔はその魔法の教科書を取って読み始める。
なに? なに?
第一章 魔力を集めましょう。
体内にある魔力を掌に集めましょう。
まず、魔力に意識を向けて少しずつ動かしてみましょう。
最初は動かないと思いますが諦めずに魔力を動かそうと意識すれば動きがみられるはずです。
少しでも動いたら第一段階突破です。
次は動かしたい方向に――
「なるほど、これは魔力を感知できるのが前提になってるんですね。魔力がどこにあるかわからないのでは意識を向けようがありませんものね」
そんな大輔をクレメンスは驚愕の目で見ていた。
何かまずいことを言ったか? と大輔は警戒する。
そして、その原因はすぐに判明した。
「大輔さんはこの世界の文字が読めるのですか?」
しまった。
大輔は自分の間抜けさに頭を抱えたい心境だった。
言葉が通じていたことですっかり勘違いしていた。
この世界は言葉も文字も違うものだったことを。
ステータスを確認した時に王女たちが日本語を読めなかったのだから、それに気付かなくてはいけなかった。
異世界言語のスキルはこの世界の言葉を理解してしゃべることが出来るだけだったのだ。
今更ながら確認を怠ったことを後悔する。
それにしてもどう言い訳するか。
読書のスキルのことは秘密にしたい。
大輔が持つアドバンテージはこれしかないのだ。
手札は見せればその価値を失うものもある。
では、今回の件はどうするか……
「これは多分、読書のスキルの影響です。読書のスキルには異世界の文字を読む効果があるのでしょう」
大輔は正直に話すことにした。
うん。これくらいの情報開示は問題ない。
と言うか、これから色々な本を見せて貰わなくてはならないのだ。
異世界の文字が読めない状態では非常にやりづらい。
でも、スキルの情報を教えるのはここまでだ。
ここからは十分に注意する必要がある。
大輔は自分に念を押す。
そんな大輔を値踏みするような視線でクレメンスは見ていた。
彼が何を考えているかはわからないが、今のところ害はないだろう。
大輔はそんなことを考えながら話題を変えた。
「それで彼女たちは身体内の魔力を感じとる練習をしているのですか?」
「そうです」
「それで、クレメンスさんは彼女たちの前で魔法を使ってみましたか?」
「いいえ。魔力を感知できない人の前でいきなり魔法を使っても、何が起こっているか分からないと思うので魔法は見せていません」
貴也はそれを聞いて何となく納得がいった。
それなら何とかなるかもと
「なるほど、なら……。クレメンスさん、掌の上に魔力を集めることは出来ますか?」
「掌にですか? それは基本ですからできますよ」
「いえ、掌の上です。別に掌じゃなくても構いません。身体の外にボール大の魔力の玉を作れますか?」
「できますけど、それがどうしたのですか?」
首を傾げながらも大輔がもう一度お願いすると、クレメンスは掌の上に魔力の玉を作り出した。
その球は無色透明、無臭、熱や感触もない。
だが、そこには丸い球があるのが分かる。
きっとこれが魔力なのだろう。
涼子たちも大輔の話を聞いていたのかこちらを見ていた。
そして、
「それが魔力なの?」
絢奈が聞いてきた。
「そうだと思うよ。これと似たようなものが身体の中にあるそうだけど感じられそう?」
そういうと涼子と絢奈は目を閉じて集中している。
「うわ、本当だ。なんで今までわからなかったんだろう。身体中に溢れてる」
絢奈は驚いて目を見開いている。
涼子は少し悔しそうに唇を引き結んでいた。
本当に負けず嫌いで困る。
多分、大輔が自分の解けなかった問題を簡単に解いてしまったのが気に入らないのだろう。
大輔は苦笑を浮かべる。
クレメンスはあれだけ悩んでいた問題が一瞬で解決したことに困惑気味だ。
「どういうことなんですか?」
「一度魔力の存在を知る必要があったんですよ。目に見えないものはどうしても認識しづらい。だから、魔力の塊を出して貰ってこれが魔力だよと示して貰ったんです」
「そんな簡単なことで?」
「まあ、単純な思い付きなんですけどね。上手くいってよかった」
そこで言葉を切って大輔は説明を始めた。
聖女や大魔導士と言う最高位の職業持ってる人が魔法の適性がないのはおかしい。
それなら魔力を感知は出来ると考えた方が素直だ。
ならなんで魔力が感知出来ないのか?
魔力がどんなものかわからないからできないのでは?
だったら、魔力がどんなものか示せば……
貴也の思考はこんなところだ。
「多分、この世界の人間は赤ちゃんの時に周りにいる大人が魔法を使うのを見て無意識に魔力を感じることを覚えるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、意識して教えていることではないので何もしなくても出来る能力だと勘違いしてたわけですね」
「はい。多分、そうだと思います。だから、こんなことをしなくても魔法を使っているところを何度か見せれば魔力を感じられるようになっていたかも知れません」
大輔の返答に納得と言うか感心と言うかそんな顔をクレメンスはしていた。
それからの展開は早かった。
「これがファイアーボール。スゴイ。わたしの手から火の玉が出てる」
「これが回復呪文ですか。見る見る内に傷が塞がっていきますよ」
二人はあっという間に魔法を覚えていた。
まだ、初級の魔法だが魔導士や神官が説明して手本を見せるとすぐに使えるようになっている。
それに比べて大輔はと言うと
「う~ん」
ソファーに横になって呻いていた。
「これは魔力枯渇ですね。MPがゼロになると一気に倦怠感がやってきます。下手すると気絶するので注意してください」
自分のMPが少ないことを忘れていた。
調子に乗って魔法の練習をし過ぎたのだ。
魔法は成功しても失敗しても決まった量のMPが消費される。
そして、大輔のMPは50だ。
魔法初心者と同レベルなのだが、場所が悪かった。
ここにいる二人は規格外の存在だったので、大輔も同じように思われていたのだろう。
気付いた時にはもう魔力枯渇を起こしていたと言う訳だ。
教師役のクレメンスが頭を下げてくれたのだが、なんだかそれが余計に虚しさを感じさせた。
ここでも才能の差をまざまざと見せつけられる大輔であった。
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