第六話 自業自得の地獄の訓練
「はっ、はっ、えっと、なんで、オレは、こんな、ところに、いるの?」
大輔は城の中庭に来ていた。
中庭と言ってもだだっ広い。
野球場が入るくらい広いのではないのだろうか。
もしかして、この城って東京ドーム何個分とか言う単位で表現するような広さなの?
とか大輔は考えている。
うん。現実逃避である。
現在、大輔は支給された動きやすそうな格好に着替えさせられて走らされていた。
そう走らされているのである。
走ることなんて体育の授業ぐらいでしか経験のない大輔の息はとっくに上がっていた。
「この蛆虫野郎。そんなことでは死ぬぞ。気合いを入れて走れ!」
「はっ、はい」
「声が小さい! それに返事が違う」
「サー! イエッサー!」
やけくそ気味に怒鳴った大輔に強面の大男が凶悪な笑みを浮かべる。
なんでこんな目に……
「大輔、大丈夫か」
そんな大輔の隣にいつの間にか伸治がやってきていた。
気遣うように見てくる伸治は息一つ切らせていない。
はっきり言ってこいつの体力は化け物だ。
それが元からの実力かステータスが上がった為かはわからない。
が、こんなのと一緒に訓練させられるのは間違っている。
大輔が一周する間にもう何回抜かされたかわからない。
多分一周2、3キロはあるだろうそんなバカ広い庭を軽々と走っている。
三周遅れになったところからバカらしくて数えるのを止めている。
本当にこの世界は不公平だ。
「なんで俺がこんな目に遭っているんだろう」
1時間ほど前
「では、移動しましょうか?」
そう言って連れてこられたのは城の中庭だった。
そこには幾人かの兵士とひと際目立つ禿頭の大男が立っていた。
「この方はこれから行う訓練の教官になります」
「近衛騎士団 第一教導隊 隊長 ビリー=ハートマンである。プライベートの時は気軽にビリー隊長と呼ぶように」
そう言いながら皆に握手を求めるビリー隊長は筋骨隆々の禿頭強面のおじさんだ
しかし、顔に似合わず笑った顔には愛嬌がある。
その表情からやさしさがにじみ溢れていた。
伸治たちは自分の名前を名乗りながら握手に応えている。
そして、大輔はと言うと……
嫌な予感を隠し切れなかった。
ハートマンの名前が引っ掛かって仕方がない。
異世界だから関係ないのはわかっている。
だが、あの人のことを思い出さずにはいられないのだ。
「今回、訓練を任されたのだが、わたしが教えることは戦闘技術ではない。君たちのステータスは既に教えられている。ステータスだけ見れば君たちは立派な戦士だ。だが、それだけでは生きてはいけない。だから、わたしが戦場での心得やサバイバル技術を教える」
うん。至極もっともな話だ。
はっきり言って日本で育ってきた平和ボケの人間がモンスターと戦闘なんて不可能だ。
ましてや魔王の相手をするなんて論外である。
一つ、その辺のことをこの脳筋連中にきっちり教えてやって欲しい。
そんなことを思いながら聞いていたのだが、
ふと
「あれ? 涼子や鬼頭さんは?」
「彼女たちは魔法を覚える為に別行動だよ。本当は魔物退治がレベルアップに最適なんだけど魔法職の人間は魔法を覚えないと戦闘に参加できないからね。だから、オレたちはその間訓練を受けることになったんだよ」
「ちょっと待て。なんでオレがここにいるんだ。どう考えてもオレは向こう側だろう」
「何言ってるんだよ。大輔がこっちに参加するって言ったんだろう?」
「そんなこと言ってねえよ。――って、言ったの?」
皆が一斉に頷いていた。
どうやらスキルについて考えていた所為で適当に返事をしていたみたいだ。
「いやいやいや。どう考えても違うって、今からでもオレはあっちに行くから」
そう言って回れ右をしたところ
「うん。うん。君はなかなか鍛え甲斐がありそうじゃないか」
そう言って後ろから抱きかかえるように太い腕に掴まえられてしまった。
「それでは早速訓練を開始しよう。ちなみにわたしは公私混同をしない。王家の人間だろうが勇者だろうがここではみんないち訓練兵だと自覚するように。それと注意事項だ。訓練中の私語は厳禁。わたしの命令は絶対遵守。それと返事はイエスかノーで答えること。話す前と後ろには必ずサーをつけるように」
うわぁ。この感じは間違いない。
スゴイ力で後ろから羽交い絞めにされながらそんなことを考えている大輔。
それとは別に、危機感知能力の欠如している面々にはまだ笑顔が見られる。
「では、わたしはこの辺で失礼しますね」
そう言って王女が立ち去った。
いかないで、おいてかないでと叫びたかったが、がっちりビリー隊長に拘束されていて声が上手く出せない。
そして、死の宣告が下る。
「それではこれから訓練を開始する!」
にこやかな表情が消え、ビリー隊長の声が中庭に響いた。
いきなりの豹変に伸治たちは戸惑っている。
「返事はどうした!」
「「「はい!」」」
「違う! オレはなんて返事しろって言った!」
「「「サー、イエッサー」」」
「いいかよく聞け、くそ虫共! これからお前等くそ虫を、マシなくそ虫に育てるためにオレ様が直々に指導してやる。ありがたく思え!」
「サー、イエッサー」
答えたの大輔だけだった。
それに対してビリー隊長は怒りを露にする。
「他の者! 返事は!」
「「「サー、イエッサー」」」
「声が小さい!」
「「「サー、イエッサー!!」」」
いきなりの罵詈雑言に伸治たちの思考はついて来ていない。
怒鳴られたのに条件反射で答えているだけだ。
大輔は溜息を懸命に堪えてどうやったら逃げ出せるか考えていた。
まあ、逃げることなんて不可能だとわかっているのだが……
「それでは中庭を10周だ。走れ!」
声に追い立てられて皆が走り始めた。
そんなことを思い出しながら重い足を懸命に前に進めている、大輔。
するとビリー隊長の足が後ろから飛んできた。
狙いは伸治。
いきなりの不意打ちに伸治はつんのめった。
「このくそ虫が! 誰が話して良いと言った。ここではオレの命令以外のことをすることは許さん。豚は豚らしく人の言うことを聞け。余裕があるならこれを追加だ。それと罰だ。お前にもこれをくれてやる」
そういうと砂が詰まった背負い袋を投げつけられる。
大輔は袋を掴み持ち上げてみると軽く5キロはあるだろう。
そして、伸治に投げられたものはかなり大きなものだった。
多分、10キロや20キロでは済まないだろう。
しかも、伸治は既にフルプレートメイル姿である。
総鋼鉄製で総重量は30キロくらいあるらしい。
これはいくら伸治でも無理なんじゃないかと思ったが……
伸治はそれを軽々と背負っていた。
まだまだ余裕がありそうだ。
「よし、では、全員追加で10周だ。覚えておけ、くそ虫。お前が余計なことをする度に全員が迷惑するんだ。部隊は一心同体。善意や身勝手な判断が全体を危機に陥れる。上官の命令は絶対だ。くそ虫の内は考えるな。言われたことをやる歯車となれ!」
「……」
歯を食いしばり強面の男を睨み付ける、伸治。
「あはははは。いい面だ。オレの言いたいことがよくわかっているようだな。連帯責任で全員、もう5周くらい追加してほしいか?」
「そんな」
「さすがくそ虫、返事も覚えられないのか。それに声が小さい!」
「サー、ノーサー!」
「いい返事だ。それではご褒美だ。全員10周追加だ!」
「……」
「なんだ。少な過ぎたか?」
「い――ノーサー!」
「よろしい。では、全員30周追加」
うん。わかりやすい。しごき方だね。
大輔はどこの国でも軍隊の教育方法と言うのは変わらないのだなあ、としみじみと感じていた。
その後、大輔達、筋肉バカ三人はこのマラソンを二時間で済ませた。
最初に命令されたのが10周。
その後、伸治が大輔に声をかけて10周追加。
さらに伸治が逆らって20周追加。
その後、また伸治がやらかして10周追加された。
計50周だ。
うん。100キロオーバーのマラソンなんて人間の出来ることではないね。
だけど、その無茶をたった三時間弱でこなすこいつらは化け物だ。
えっ? お前はって?
出来るわけないだろう!
オレは普通の人間なの。
悪いけど、日が暮れても10周も出来ないっていうの!
オレみたいなインドア人間はどう考えても魔法使い側と一緒に魔法の練習があってるだろうに!
あの時、王女の話を聞かずに生返事していた自分を殴ってやりたかった。
そんなことを考えながら中庭で仰向けになりながら星を見る大輔だった。
こうして異世界生活、二日目は終わりを告げた。