第三話 勇者が余計な決意をする
本当にその日は部屋に通され解散となった。
どうやらかなり夜遅くだったみたいだ。
窓の外は暗闇に閉ざされている。
遠くに町の灯りがちらほら見えるがその数は少なかった。
これは町の規模が小さいからか、夜遅くで灯りが消されているかはわからない。
まだ、大輔はそれを判断するほどの情報を持っていなかった。
大輔は宛がわれた部屋を一通り見廻す。
部屋はそこそこ立派なものでホテルの一室のようだった。
調度品はベッドとクローゼット、机と椅子が一組くらいで簡素な物だったが、なんと、バスとトイレが付いていた。
しかも、トイレは水洗だ。
中世ぽい世界観なのに電気があるのだろうか、と大輔は首を傾げる。
使い方は簡単でボタンがあるのでそれを押すだけ。
お風呂は赤いボタンを押すと熱湯が青いボタンを押すと水が流れる。
それぞれの押す強さで温度の調整が利くようだ。
なんだか、ファンタジーな世界には不似合いな便利さである。
そんな感じで色々試していたがすぐに眠気がやってきた。
大輔は無防備にもそのままベッドに飛び込み、眠ってしまったのである。
翌朝、目を覚まし見覚えのない風景に戦慄した。
そして、昨日のことを思い出しさらに冷や汗を掻いた。
なんでこんな得体のしれない場所で寝ていられたのだろう。
自分の浅はかさを後悔しながらも何事も無かったことに安堵していた。
しばらくすると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
返事をするとメイドの格好をした侍女が入ってくる。
昼食の準備が出来たとのことだった。
「えっ、昼食?」
大輔は窓の外に視線を向けると太陽が天高く昇っていることに気付いた。
寝坊どころではなく昼近くまで寝ていたみたいだ。
少しばつの悪さを感じている大輔に侍女が涼子以外はみんな同じように寝ていたことを教えてくれた。
そのことにホッとしながら大輔は素早く身支度を整える。
手伝いを申し出る彼女を断るのに苦労したのはここだけの話だ。
昼食には王女が同席していた。
この昼食の場には全員が顔を揃えている。
実はこの王女様、朝食の場にも来ていたそうだ。
それを聞いた面々は恥ずかしそうな顔をして謝っていた。
ちなみに大輔は『オレは朝食にいたよ』と言った感じで平然とした態度をとっている。
涼子の視線が痛いのはこの際無視しておこう。
昼食は結構、美味しかった。
野菜や肉が煮込まれたクリームスープにサラダ、鶏肉のソテーのような物にパン。
ラノベなら固い黒パンが出てくるのが定番だが、柔らかく美味しかった。
日本の物と比べても遜色はなさそうだ。
この世界の技術水準がいまいちわからない。
「それでは本題に移りましょうか」
食事を終えたところで王女が切り出した。
「勇者様達には魔王を討伐してもらうために召喚しました。ただ、これは強制ではありません。どうしても気が進まないのであれば帰っていただくこともできます」
「えっ? 帰れるの?」
思わず大輔は声を上げていた。
普通、異世界召喚と言えば帰れないのが相場である。
他には帰るには魔王を倒さなければいけないとか非常に厳しい条件があるもの。
そして、その条件だって嘘だったりする。
それなのにあっさりと王女は帰れるというのだ。
「はい。帰れます。ただし、月と星の位置関係により、次に送還の魔法が使えるのは一か月後になりますが……」
申し訳なさそうに答える王女。
だが、帰れると思ってなかった面々は表情を明るくしていた。
「そんな気にしなくてもいいですよ。返してもらえるなら」
「そうだよ。一か月異世界を楽しんで帰ると思えばなんか得した気分じゃね」
絢奈が明るい声で答え、隆彰が調子に乗っている。
そこを注意しようとした大輔だったがバカに何を言っても仕方がないと思い口を噤む。
そして、今まで黙って話を聞いていた伸治が口を開いた。
「それで王女様。その送還魔法はいつでも使えるのですか?」
「月と星の位置が関係するのでいつでも使えるわけではありませんが、年に五、六回は使えるタイミングがあります」
「では、一か月後で無くても帰れるのですね」
確認するように伸治が呟く。
それを聞いた他の面々が息を飲んだ。
「まさか、伸治。ここに残って魔王を倒すなんて言わないわよね」
絢奈が恐る恐る尋ねていた。
みんなの気持ちも同じようで注目が集まっている。
ただ、大輔と涼子だけは溜息を吐いて肩を竦めていた。
「ああ」
伸治はただそれだけ答えていた。
こいつが言い出したら聞かないことは大輔にはよくわかっていた。
普通ならどうやって説得しようか考える所だが、大輔はどうやって送り返すか考え始めていた。
腕っぷしでは敵わないので睡眠薬かなんか用意しないと……
そんな不穏なことを考えている大輔の隣で王女が意外なことを言ってきた。
「そんなすぐに決めないでください。魔王の討伐は非常に危険です。勇者様たちなら不可能ではないはずですが、命の保証は出来ません。幸い送還魔法は一か月後にしか使えません。それまでよく考えて答えを出してください」
はっきりとそういう王女は凛々しかった。
明らかに自分の不利益になる言動をする王女に大輔は戸惑いを隠せない。
一体、何を考えているのだろうか。
性格の悪い大輔はどうしても裏を考えてしまう。
ただただ、王女様が善良なだけかもしれないのに……
そんな大輔の思惑とは別に話は進んでいく。
「それではこの世界と勇者様たちの能力についてお話します」
王女はそういうと侍女に命じて大きな水晶玉のようなものを持ってこさせた。