第二話 テンプレ展開、目の前に姫がいた
「おい、大輔、大輔」
「くっ、今のはいったい何だったんだ」
大輔は重い頭を押さえながら呻いていた。
そして視界を上げると
「なっ、何なんだ。これ」
「気が付いたか大輔」
声の方に振り返ると伸治だった。
彼は少し不安そうな顔をしている。
そんな伸治を無視して大輔は視線を巡らした。
冷たい石造りの床。
窓はなく壁にはいくつもの松明が掲げられている。
広さは教室くらいだろうか。
その壁際に複数人が立っている。
その者たちはみんなローブのようなものを着ていた。
そう神官のような。
それに気付いた大輔は恐怖を覚えた。
何かやばいことに巻き込まれている。
状況は分からないが囲まれている。
人数はわからないが向こうの方が圧倒的に多い。
まだ、拘束はされていないが逃げられそうにない。
大輔は伸治に目を向ける。
「何かわかってることは有るか?」
声を潜めて伸治に確認する。
その時、タイミングがいいのか悪いのか複数のうめき声が上がった。
どうやら、他の人も目を覚ましたらしい。
近くにいたのは大輔を合わせて六人。
教室にいた人数を考えればあそこにいた六人で間違いないだろう。
「ちょっとここはどこよ? もう、いったい何なのよ。いい加減にしてよね」
真っ先に大きな声を上げたのは鬼頭絢奈だった。
勝ち気な見た目だが、実は小心者なのだろう。
苛立ちの中に脅えの色が混じっている。
他のみんなも声には出さなかったが気持ちは同じようだ。
そんな絢奈を諭すように伸治が
「絢奈。落ち着いて」
「伸治」
伸治が傍にいることに気付いた絢奈の気配が変わった。
流石は伸治だ。
他の面々も伸治の声を聴いて安堵したように感じる。
本当に嫉妬する気さえ起らないほど信頼されている。
かくいう大輔も少し心強かったりするのだ。
まあ、言わないけどね。
そんなことを考えている間に状況が動いた。
足音がする。
誰かが近づいてきたのだ。
そして
「あなた達が勇者様なのですね。我々の召喚に応えてくれて感謝します」
なんで今まで気付かなかったのだろう。
目の前には純白のドレスを着た美しいお姫様が現れたのだった。
大輔たちは長い廊下を歩いていた。
とりあえずついて来て下さいと言われたので従っている。
現状が分からない今、逆らうことなど出来そうにない。
下手なことをすれば状況が悪化することは火を見るよりも明らかだ。
大輔達は歩きながら少しでも情報を聞き出そうと彼女に話しかける。
ちなみに彼女はこの国の第二王女様らしい。
そして分かったことは……
なんてテンプレな展開だろうか。
目の前に歩く王女様曰く、どうやら大輔たちは異世界召喚なんて展開に巻き込まれてしまったようだ。
もう使い古された在り来りの設定。
魔王が現れて異世界に危機が訪れた。
その事態を解決する為に王族が別の世界から勇者を召喚する。
勇者は様々な試練を乗り越えて魔王を討伐。
世界に平和が訪れました。
めでたし、めでたし。
って、めでたいことがあるか!
ふざけんな! ひゃっはああああ。って言って調子に乗って魔物に挑みかかる。
んなこと出来るわけねえだろう!
それは物語だから可能なことであって、虫も殺せない日本に住む普通の高校生が実際に出来ることじゃねえ。
考えてみればすぐに分かることだ。
大輔は頭を抱えていた。
しかし、そんな反応をしているのは大輔だけで能天気な馬鹿どもは今の事態に戸惑いつつも好奇心に目を輝かせている。
ダメだ、こいつ等。
現実が見えていない。
そもそもこのお姫様が本当にお姫様かもわからない。
そして、この国が善良な国であるかも……。
この手の話では確かに魔王に対抗するため泣く泣く異世界人を召喚するパターンがある。
しかし、勇者の力を調度良い手駒と考えているケースも多いのだ。
現在の主流はどちらかと言えば後者だろう。
警戒しないわけにはいかない。
ラノベすら網羅する大輔はその手の知識を総動員させて考えている。
いかにしてこの危機を乗り切るか。
しかし、そんな時間を神は与えてくれないようだ。
目的地に到着したようでお姫様が大きな扉の前で止まる。
そして、両開きの大扉が衛兵の手で開かれた。
「うわああああ」
誰ともなく声が漏れていた。
ここは謁見の間というのだろうか、縦長の大広間に毛足の長い赤絨毯が敷かれている。
その両サイドには整然と並んだ騎士が剣を掲げて大輔達を迎えていた。
かなりの威圧感。
騎士たちは余程訓練を受けているのか彼らは儀礼用の剣を掲げながら微動だにしない。
あの剣が張りぼてじゃない限りかなりの重量があるだろう。
大輔には真似のしようがなかった。
そんなことを考えている間にも王女様はずんずんと進んでいく。
立ち止まっていた大輔は慌てて後を追いかけた。
そして、一段高くなっているところの手前で王女は止まった。
大輔達もその場に控えた。
「お父様、勇者様たちをお連れしました」
「うむ。ご苦労であった」
一段高くなったところに殊更立派な装飾を施された椅子。
これが玉座だろう。
その背後には鳳凰のような鳥が刺繍された赤く大きな旗と金色に輝く剣が二振り飾られている。
玉座に腰掛けていた男は姫に対して鷹揚に答えていた。
真っ赤なマントに宝石などが散りばめられた杖を持つ男。
この男がこの国の王なのだろう。
王は徐に立ち上がると大輔達の元に近づいて来て頭を下げた。
どよめきが謁見の間に広がる。
「王様、どこの馬の骨かもわからぬような者達に頭を下げるなど、もっての外です!」
軽い憤りを交える声で脇に控えていた男が叫ぶ。
どうやらこの男は重臣なのだろう。
それに賛同するかのようにいくつかの声が上がった。
いま気付いたが玉座の近くには兵とは違った服装の人間がいた。
多分、この国の文官なのだろう。
その中の一部が騒いでいる。
王はそんな彼らを一喝した。
「黙らぬか! こちらの都合で呼び出した方々に対して無礼な態度をとるなど我が許さん。これ以上は処分の対象とする控えよ!」
どこから出したのか分からないほどの大音声が謁見の間に響いた。
流石は王の貫禄と言うものか、一斉に静けさが戻る。
そして、大輔は委縮してわずかに震えていた。
「驚かしてすまなかった。部下の非礼は許して下され」
そして、さっきの態度からは想像できないほど温和な笑みを浮かべた王は再度頭を下げてきた。
大輔はホッと息を吐く。
そして、胸の内に彼への好感が生まれていることを感じた。
それに気付いた大輔は新たに気を引き締める。
威厳を見せつけた後に友好的な態度をとる。
緊張と緩和。
ここまでが全て計算だったらこの王はかなりの策略家だ。
天然でやっているのなら、さらに質が悪い。
伸治たちを見ると案の定、完全に王に取り込まれているようだった。
違ったのは涼子だけだ。
あいつは子供の頃から一族の関係者など上流階級の海千山千の大人たちを相手にしてきた。
だから、この手の油断ならない人間には慣れている。
大輔は涼子と視線を合わせる。
この場で頼りになるのは残念ながら彼女しかいない。
だから、すべてを彼女に任せた。
涼子も同意してくれたみたいで一つ頷いてくれる。
そんな大輔達に王が視線を向けてきた。
感心したように表情が動いたのは気のせいだろうか。
そんな大輔の思惑とは別に話が始まる。
「王女からどこまで話を聞いたかわからんが詳しい話は後日にしよう。まずは部屋を用意するのでそこで身体を休めてくだされ」
そういうとここでお仕舞いと言うように王は振り返り玉座の間から出ていった。
なんだか、拍子抜けの展開に戸惑うことしか出来ない大輔だった。