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第十話 話の流れで印刷について話してしまった

 大輔は喜々としてタイトルを確認していった。

 四日ぶりに本を手にしてワクワクが止まらない。

 物心ついてから四日も本を読まなかったことなどなかった。

 すでに禁断症状が出かかっていたかもしれない。

 でも、まだ我慢だ。

 大輔は欲望を何とか抑えてお礼を言う。


「ありがとうございます。早速、部屋で読ませてもらいますね。それでですが、王立図書館の使用許可はでそうですか?」


 そうなのだ。

 これは絶対に確認しておかなければならないことだった。

 いちいち、クレメンスさんに本を借りていては申し訳ない。

 彼はこの国の教会勢力のトップである。

 そうそう暇ではないだろう。

 もし本の供給が断たれたら……


 恐ろしくて考えたくない。


「その件ですが、現在調整中です。この国では本は非常に希少なもので図書館に入れるのは特定の学校や研究所の生徒、卒業生、教師、研究者に限られるのです。それに図書館は城の外です。王都の中ならそれほど危険はないでしょうが、もしものことがあっては大変です。護衛などの調整もしていますので、もう少しお待ちください」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げるクレメンス。

 なんか思ったより大事になっている。

 無理を言っているのはこっちなので頭なんか下げて欲しくない。

 そう伝えるとホッとしたように笑顔を浮かべてくれた。


 こちらに来て、まだ四日だが、この国の人は大輔達に非常に優しく接してくれている。

 そこに裏は読み取れない。

 涼子にも確認してみたが彼女も困惑していたくらいだった。

 大人たちの醜い派閥争いなどをすぐ傍で見てきた彼女が言うのだからそこは信頼できるだろう。

 最低限、王家の人達と大輔達の世話をしてくれている人達は信頼できると思う。

 まあ、王様とかクレメンスさんとか油断できない人はいるのだけど。


 それを差し引いてもここの人達は国の行く末が心配になるくらい善良な人たちであった。

 本当にこのまま帰ってしまうのが申し訳なく思うくらいに。


 おっと、本題に戻ろう。


「では、図書館の件はまた後日に。あと、他にも本はありますか? 王立図書館じゃなくても個人の書斎みたいなものでもいいのですが」


「大輔さん。それだけあれば当分は読むものに困らないのではないですか?」


 クレメンスの正直な感想である。

 う~ん。大輔は小脇に積まれた本を見ながら少し考える。


「三日ですかね。スキルに変な補正があると、もっと早くなるかもしれません」


 クレメンスは訝しむようにこちらを見ていたが、大輔が嘘を言っていないとわかるとその表情が驚愕に変わっていく。


「これを全部、三日で読むんですか?」


「はい。これくらいなら」


 大輔は『何か変なことを言ったか?』と小首を傾げている。

 その姿を見て絢奈が呆れた声を上げた。


「あんたねえ。どこにその本を三日で読める人がいるのよ。わたしなら一冊読むのに一週間はかかるわよ」


 それは大げさだろうと思うのだが、クレメンスが激しく頷いている。

 大輔はそんなものなのかと積まれた本を眺めていた。


 百科事典サイズの本が10冊程度。

 パラパラと捲ってみたがページ数は1000ページくらいだろう。

 字も手書きなのでそれほど小さくない。

 これなら一冊3,4時間程度で読める。


「ちゃんとした辞書を読むんじゃないんだからそんなにかかんないよ。広辞苑でも三日あれば全部読めるよ」


「あんた辞書まで読んでるの?」


「えっ、辞書って面白いよ」


「絢奈。大輔にそんなことを言っても無駄よ。本物の活字バカなんだから」


 失敬な! 辞書に謝れ。

 あれほど洗練された書物はないんだぞ。

 小一時間ぐらい説教してやりたかったが、いくら話しても通じないことはわかっているのでここは口を噤んで置く。


 あっ、そうだ。


「クレメンスさん。辞書も追加してもらえますか?」


「辞書ですか? そのさっきから話に出ている辞書とは何ですか?」


「言葉の意味が載っている本なんですが――」


 大輔が簡単に説明するとクレメンスは感心半分、呆れ半分と言う顔をして頷いていた。


「我が国にはありませんね。日常に使っている単語を集めればその数は膨大な数になります。その意味を書いていけばどれだけ分厚い本になるものやら。確かにそういう本があれば便利ですが複製する際の労力や書き間違いを考えると優先順位が下がりますね」


「そうか。この世界にはまだ印刷技術がないんですね」


「印刷と言うのは何ですか?」


 本を見る限り、製紙技術のレベルはかなり高い。

 中世ヨーロッパ的世界観なら羊皮紙とか使っててもおかしくないが、ここではちゃんとした紙が使われている。

 多少、ざらついていて色が付いているけど。


 じゃあ、なんで印刷技術が生まれてないのか?


「この国では判子は使われてませんか?」


「ハンコとは何ですか?」


 クレメンスの疑問に絢奈が目の前で作ってくれた。

 木剣があったのでそれを適当なサイズに風魔法でカット。

 火魔法で自分の名前を彫ってインクに浸す。

 そして、紙に押し付けた。


 簡単にやってのけたが、魔法でこんな細かい作業をするのは高等技術である。

 なんと言う才能の無駄遣いだろうか。

 二人になった魔法の教師が苦笑いを浮かべていた。

 どうか、この人達の心が折れませんようにと心から祈っておく。


「こんな感じかな」


 そう言いながら絢奈はインクがべったり付いた簡易判子を持ち上げた。

 木剣で作った判子ではインクが上手く染みなかったのか、浮かび上がった字は滲んでいる。

 それでも絢奈の名前ははっきりと読めた。


「なるほど、これは面白いですね。溝の彫られたところにはインクが付いていないのでそこだけ色が付かないということですか」


「これは手法の一つですが、印刷とはインクなどを使って紙に文字や絵の複製を作る技術です。いまは文字の部分を削りましたが、文字の部分が突き出るように削れば簡単に同じ文字を書き写せるわけです」


「素晴らしい。では、聖書の文言を一回刻めばそれにインクを付けて押すだけで大量に聖書の複製が出来ると言う訳ですか?」


「まあ、全文彫るのもいいですが、同じ大きさの文字ごとの判子を作ってそれを組み合わせた方が便利ですよ」


 幸いこの世界の文字は表音文字である。

 調べていないからわからないが、英語のアルファベットくらいか多くても平仮名くらいの種類しかないだろう。

 漢字みたいに表意文字なら問題だったけど


「なるほど、それなら他の文章も簡単に複製できるのですね。スゴイです。この技術が広まれば本がかなり安く作れます。そうすれば――」


 あっ、もしかしてやってしまったかも……

 大輔は冷や汗を垂らしていた。


 確か活版印刷って三大発明とか言われる技術じゃなかったけ? 

 これの所為で世界ががらりと変わるとか本気で勘弁してほしい。

 今更ながら事の重大性に気付くが時すでに遅しである。


 まあ、発明の下地は既にあった訳だし、こういう発明っていつかは誰かが閃くものだ。

 その時計の針を少しだけ早めただけ、と自分に言い聞かせる、大輔。

 はっきり言って現実逃避である。


 大輔はこれ以上やらかす前に逃げるように自分の部屋へと戻っていくのだった。



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