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あの頃の明日はどうであっただろう  作者: 宮沢弘
第二章: あの戦争
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2−4: 従軍記者の手記より

 解析機関棟を見たあと、下副官と中隊副官によってしばらくの宿となるこの部屋に通された。

 大隊下副官は言っていた。

「変異人間に興味を持つのは、まぁ、当然と言えば当然でしょう。ですが、あなたの仕事をお忘れなく。あなたが書くべきは、人間による名誉ある行為である戦争であり、その戦争における名誉ある人間である。おわかりとは思うが」


 そうして、今、私は何冊か持ってきたノートの一冊を取り出している。まっさらなノートを。このノートは、巡り合わせがよければ、公開されるだろう。あるいは公開されないかもしれない。だとしても、書かねばならない。

「書くべきは、名誉ある人間である」

 それは、まぁそれでいいだろう。だが、それだけでかまわないとは思えない。

「人間による名誉ある行為である戦争である」

 それも、まぁそれでいいだろう。だが、それだけでかまわないとは思えない。

「だが、そう、軍馬に名誉が与えられることはありますか? 軍用犬には? あるいは大砲には?」

 それも、まぁそれでいいだろう。だが、それだけでかまわないとは思えない。

 彼らは軍用犬なのか? 彼らは、作り出された存在だとしても、では人間ではないのか? いや、仮に軍用犬だとしても、では彼らに魂はないのか?

 教会は言う。

「この世界は人間のために生み出された」

 そして、こうも言う。

「動物は、人間に使役されるために生み出されたものであり、魂を持たない」

 なるほど。家畜だけを見ればそう言ってしまえるのかもしれない。だが、そう言うのならば、野生の動物はどうなのだろう? 人間に使役されることもない、野生の動物は。使役されるという前提を持たないのであれば、では野生の動物は魂を持つのか?

 家畜は、古くは野生の動物であったと聞いたことがある。そこから、人間が時間をかけて作り出したものだとも。

 では、その過程で、人間は動物から魂を奪ったのか? いったいどうやって? それとも、そこから逆に、それゆえに野生の動物も魂を持たないと言うのだろうか?

 そう。変異人間は、人間が作り出した存在だ。あるいは、彼らは魂を持たないのかもしれない。ならば、人間はどうやって彼らから魂を奪ったのだろう? それとも、人間はそもそも魂を持っていないのか?

 おそらくは、私たちが考えている事柄は、あるいは世界についての認識は、すべて間違っているのだ。いや、間違っているのでさえない。ただ知らないのだ。

 人間は、まだ知らない世界のありかたを知ることができるのだろうか。全知全能の神というものにすがることなく、世界を知ることができるのだろうか。

 あるいは、神を前提とすることがなければ、この世界において人間が占めていると考えられているある種の特権は、何が担保するのだろう。

 もし…… もしも、人間より優れた生き物が現われたとしたら、その特権はいかほどそれらに奪われるのだろう。

 奪われるのではない。それらは本来、彼らの生得の特権なのだ。彼らが現われるまでは、人間が借りていた特権なのだ。

 そして彼らは現われた。おそらく現われたのだろうと思う。

 彼らが、その特権の返却を求めないのは、ただの幸運だろうか。それとも彼らの、ただの善良さゆえだろうか。

 それとも、人間のあり方ゆえだろうか。彼らは、人間のあり方という手垢がついた特権を、その理由により求めないのだろうか。あるいは、そう、あるいは人間のあり方こそによって、自らの特権であることを認めないだけなのだろうか。


 たった一日で、いやたった何時間かで、これほど私自身の認識が変わろうとは思っていなかった。

 変異人間は、科学が生みだしたがゆえに自然ではなく、またそれゆえに醜悪である。そのはずだった。

 あるいは、変異人間は、科学が生み出した新しい奴隷である。そのはずだった。だが、奴隷に魂はなかったのか? そうではない。

 つまりは、使役する側が、使役される側の魂を否定していたにすぎない。それは、せめてもの人間の善良さの現れだったのだろうか。使役される側には魂などないと思うことによって、使役する辛さを逃れようとした、せめてもの人間の善良さだったのだろうか。

 あるいは、その醜悪さこそが人間なのだろうか。

 もしそうだとするならば、神はいずれを選ぶのだろう。

 それとも、もし、どこかで優生学を越えてそれを始めたとしたら、どうなるのだろう。


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