2−3: 従軍記者の手記より
夕刻、中隊副官に付き添ってもらい、本部中隊へと改めて出向いた。
少佐はおらず、先の下副官の出迎えがあった。そこから応接室へと案内された。
「中隊に挨拶は済みましたかな?」
下副官はにこやかに言った。
「えぇ。立派なものですね」
下副官はうなずいていた。
「それで、今度はこちらで何を?」
「あぁ、そうそう。こちらの解析機関の様子を見たいと思いまして」
「ふむ」
下副官はそう言い、思案げであった。
「ご存知のはずだが、機密と言えるものですが」
下副官は、中隊副官に目をやった。そのやりとりにどういう意味があるのかはわからない。
「それに、出発前の計算でなにぶん忙しくもあり」
「あぁ。戦場に解析機関を持っていくのは難しいでしょうね」
私は下副官の言葉にうなずき、そう言った。
「いや、解析機関も持っては行きますがね」
それは少しばかり意外な答えだった。
「あの巨大な装置をですか?」
下副官は私が駐屯地に入った時と同じように、私の頭から爪先まで眺め回した。
「いや、さすがにあれは、ですな。性能はいささか劣りますが、最新鋭の小型機を、ですな」
「ほう。軍はやはり装備が違いますね」
その言葉を聞くと、下副官は顔を崩し、あるいは歪めた。
「とは言っても、できるだけ事前に計算をしておきたい。なので、忙しいのですよ」
「今どきの戦争は、計算がすべてですか?」
「そうとも言える。ふむ。何やら思うところがおありのようだ。いやいや、『そうとも言える』と言ってしまった以上、お見せしないわけにもいかんでしょうな。記事のためにも」
下副官は中隊副官に顔を向けると、うなずいた。中隊副官は会釈をすると、応接室の隅の椅子に腰を下した。
「解析機関棟」と、その建物の入口には書いてあった。その入口で、そうは書いてなかったとしても、ここが解析機関棟だということはわかる。玄関のあるA棟、そこから三方にあるB棟、C棟、D棟。そして、この形から、大規模な解析機関を持っていることもわかる。
玄関から受け付けに行き、下副官がそこの担当官に従軍記者の見学である旨を告げた。担当官は一組の複写式の紙を私に向けて突き出した。
「機密などの漏洩を行なわないなどなど。ご存知だとは思いますが。お読みいただいたら、下のところに所属と名前と目的を。目的は取材のための見学でけっこうです」
それを読んだ。一言で言えば、結局「文章を公開する際には、軍部の許可を得ること」ということであった。大隊に従軍することに決まった際にも同じ書面にサインをしていた。
名前などを書くと、担当官は複写式の一枚を剥ぎ取った。そして脇にある抽斗から、紐のついた二枚のカードを取り、剥ぎ取った紙と一緒にこちらに突き出した。紐がついたカードには、大きく "V" と印刷されていた。
下副官はそのカードの一枚を取り、首からかけた。私も書面を折り畳み胸のポケットに入れると、カードを首からかけた。
「ここは、大隊の中でもやはり特殊でしてね」
私がカードを引っくり返して裏に目をやっていると、下副官が言った。
「私でも、あるいは少佐でもこれが必要になる。まぁ "V" とは限らんのですが」
「なるほど」
「では、上に行きましょうか」
そう言って、少し離れたところにある階段を指差した。
「まぁ、外観からわかることでしょうが」
階段を登りながら下副官は言った。
「A棟にはコントロールに相当する解析機関が設置されております」
「えぇ」
私は気のない返事を返した。
「B棟以降には、ホストに相当する解析機関と、デスクに相当する解析機関が設置されております」
「何台ずつですか?」
「ホストは各一台ずつ。デスクは各四台ずつですな。加えて、A棟以下、すべての棟にライブラリアンが設置されております」
「デスクが四台ずつですか。それは、かなり大きい」
下副官はその言葉にうなずいた。
「よくあるのは、大きくても三台ずつでしょうな。だが、一台ずつ増えるだけで、かなり違うようだ」
「A棟からB棟以下への接続はどうなっていますか? 人力ということはないでしょうが。コンベア、つまりは棟間ライブラリアンで?」
「いや、カードの複製をそれぞれの棟に置いておき、電気信号でA棟から各棟へと指示を出すようになっております。信号が伝われば、ライブラリアンがホストへもデスクへもカードを配送します。もっともすべてのカードの複製をではないようですが」
「あぁ。そうでしょうね」
私は読んできた本を思い出していた。コントロールは、接続されたホストに計算を割当てる。ジョブ単位の場合もあれば、カードを読み、部分的に並列処理をさせる場合もある。ホストは本体となる計算を行なう。デスクは、与えられるパラメータに違いはあるとしても、ある種の定型処理を行なう。デスクが複数台あるのは、一台で計算をしている間に、別のデスクがライブラリアンからのカードの配送を受け付けるためだ。だが、デスクが担当する計算は多く、その台数が実質的には計算速度の上限を定めているという。
今、階段を登っている最中にも、この棟で、そして他の棟でライブラリアンは忙しくカードを配送しているのだろう。
そして、二階へと登り、「操作卓室」と表札がかかった部屋の前へと着いた。その部屋の廊下に面した壁はガラス張りになっていた。廊下の奥を見ると「仮眠室」と表札がかかった部屋もあった。
「さて、通常、入れるのはここまでです。段階的に無塵になってましてな」
ガラスの向こうでは、数人が操作卓の前に座っていた。また、別に二人が何やら操作卓の間を行き来していた。
「操作卓に座っているのは変異人間ですか?」
「もちろん。言うまでもないことだが、この建物を占める解析機関を操作する脳が必要ですからな」
「操作卓の間を行き来している人は?」
「あぁ、あれは医務官です」
「医務官?」
「えぇ、医務官です」
私は下副官の顔を見た。
「何のために医務官が?」
「言うまでもないことでしょう。連中は解析機関の一部だ。メンテナンスが必要でしょう」
「メンテナンスと言うと」
下副官はガラスを指でつついた。
「一般に言えば、食事など」
私はまたガラスの向こうに顔を戻した。
「食事ですか? この部屋で?」
「まぁ、一般に言えば、ということですな」
「ということは、実際には?」
「ほら、ごらんなさい。連中はいくつかチューブを着けているでしょう。そのチューブは胃や血管に繋がっとります」
確かに、透明で見えにくいものの、何本ものチューブが見えた。
「彼らは、休むことはないのですか?」
「ふむ」
下副官はそう言い、しばらく黙った。
「そこがこのシステムの欠陥ですな」
「欠陥?」
「薬物で疲労を一時的に忘れさせることはできる。だが、それでは不充分なのです」
不十分とはどういう意味だろう。彼らにとって不充分ということなのだろうか。それとも、解析機関の一部としては不充分ということだろうか。
「このくらいで充分でしょうかな? 不充分だと言われたとしても、実際ここから先はお見せできない。いや、これは軍規云々ではなく、解析機関というものであるからですが」
「えぇ、わかります」
おそらくは、どこかに大量の作戦や、その他の計算をした結果のプリントアウトがあるのだろう。だが、そちらは軍規として見せられるものでもあるまい。
「今回の作戦のために得られた計算結果はどれほどのものになりますか?」
私は下副官の顔を見た。
「まぁ、それは大量に。それを扱うために、戦場に解析機関を持ち込まねばならないほどに大量に」
解析機関棟から出て、歩いている間に考えた。
コントロールから各棟へは電気信号で伝えているという。
もし、解析機関が充分に小さくなり、単独で電話線に繋げられる時代が来たとしたら、あるいは無線電信に繋げられる時代が来たとしたら、大隊に随行することになってときに書いたサインや、解析機関棟に入るときに書いたサインは、どれほどの意味を持つのだろう。
その考えと入れ替わり立ち替わり、操作卓に座っていた変異人間の姿が蘇える。




