5−2: 解析機関
まず、おそらくは最も扱いやすいだろう、解析機関から始めよう。
ご存知のとおり、もはや解析機関は、あるいはその名前で呼ばれるものは存在しない。あたなの目の前にあるものを、あなたは何と呼ぶだろうか。そういうことである。
だが、注意が必要な点がある。解析機関から、今あなたの目の前にあるものとの間には、直接の系譜は存在しない。当時の解析機関が真空管を、またリレーを、そして電気を用いていても、今あなたの目の前にあるものとの直接の系譜は存在しないのだ。
「第一章: 1−3: 皇立科学協会会員の手記より」の手記の主が、すべてを再構築したのだ。それも複数の計算モデルを。その各々の計算モデルは、互いに同等の能力を持っていることも証明した。ここで注意が必要なのは、同等の能力なのであり、等しい能力ではない。
第一章から引いてみよう:
あの機械とは異なる方法で計算を行なう機械があったとしよう。そして、
そのような機械を、あの機械のカードにパンチできたとしよう。それが
可能であるとしたら、あらゆる計算機械を、あの機械だけで理屈として
は実現、あるいは再現できることになる。
まさにそうである、手記の主は複数の計算モデルを構築したのだ。そして互いに、その上において、他の計算モデルを再現できることも示したのだ。
手記の主を通してではあるが、解析機関の発明者の見通しは正しかった。発明者に、どれだけの先見の明があったのかはわからない。どこまで自分自身の解析機関を理解していたのかもわからない。だが、確かにその主張どおりだったのだ。
どのようなものはあっても、解析機関によって、機械による計算が可能であることが示されたことは重要である。
また、解析機関によって、カードから別のカードが生み出すことが可能だった点も見落してはならない。あなたが、今、目の前にあるものを使っているとき、その技術の子孫の恩恵に与っているのだ。
改めて考えてみよう。解析機関とは何だったのだろう。執念の結晶だったのだろうか。あるいは、狂気の結晶だったのだろうか。
歴史を見れば、要素技術は存在していた。だが、それらから解析機関を生み出すのには、あるいは発想するのには、どうしてもそこにも溝が存在する。
そうして、疑問はここに集約されるのだ。発明者は、執念の人だったのか、それとも狂気の人だったのか。あるいは、「第三章: あの日: 3−1: チェス ――従軍記者の手記より: 戦場にて――」にある天才のように、解析機関の発明者とは人類の一員だったのだろうか。
そして、今あなたの目の前にあるものが存在している。もしかしたら、あなたは、それが何なのかを理解すらできないのにもかかわらずである。
ここに、おそらくは最もわかりやすい不安があると言ったら、あなたは奇妙に思うだろうか。
この節を終えるにあたって、一つだけ付け加えておかなければならないことがある。ご存知のとおり、「第二章: あの戦争: 2−3: 従軍記者の手記より」にあるような、「棟間ライブラリアン」と呼ばれるようなものは存在しなかった。解析機関が複数の棟を占めるようになった当初から、そこにあるように電気信号を用いていた。もちろん、軍においてもである。単に機密であるのかもしれない。だが、従軍記者は当たり前のようにそれを知っていたようである。ならば、それが機密であったとも考えにくい。このズレは何なのだろう。




