5−1: 第一章から第四章についての補足あるいは解説
以上が、当時の資料と、そしてある古書市にて入手した、ある従軍記者の手記からの抜粋および要約である。特に、第二章、第三章、第四章のタイトルは、従軍記者の手記からのものである。その箇所のタイトルとするのにふさわしいものを、手記のその部分に該当する箇所から、選んだつもりである。それらが含まれた文は、第二章、第三章、第四章に含まれているとは限らない。そこで、それらについて、わずかばかりではあるが補足を試みてみようと思う。
まず、「第二章: あの戦争」、「第三章: あの日」、「第四章: あの時」というタイトルの並びを見ると、「第四章: あの時」に向かってなにもかもが収束していくような印象を持つだろう。とくに、「第三章: あの日」と「第四章: あの時」であれば、「あの日」の「あの時」に向かっていると思われるだろう。だが、読んでいだいた方にはおわかりのとおり、そうではない。あくまで「あの日」であり、「あの時」である。だが、言うなら、「迫り来る」という感覚を、読者の皆さんに持っていただけたらと思ってのタイトルでもある。
では、ここで簡単に内容や、私の意図についての補足のようなものを書いておこう。
「第一章: あの頃」では、時代背景と、戦争にどのような技術が投入されたのかの補足的、かつ準備的な情報を提供している。加えて言うなら、それらから、読者に、どのような社会であったのかを思い出して、あるいは調べていただければと思う。
「第二章: あの戦争」では、ある従軍記者が実際に戦場に赴く前の手記からのものである。だが、あの戦争が概観としてどのようなものであったのかを伝えるには、これで充分であろう。あの戦争の全体について細々とした断片となってしまう情報を載せるより、むしろ手記のこの部分のみでこそ、あの戦争の全体像が見えるものと思う。あるいは、あの戦争と他の戦争との違いはなんだったのか、それを知っていただくためにも、そこに焦点を当てた。
「第三章: あの日」では、問題となるのは、大尉が、解析機関による法律のいわば翻訳が試みられたことがあると述べた日である。その日こそが、タイトルとしてある「あの日」なのである。あるいは、「あの日」のどれかなのである。入手できた従軍記者の手記からは、従軍記者の認識は、その日を境に変容しているように思える。つまり、それ以前は、言うならば「人間にとっての解析機関」であったり、「人間にとっての変異人間」であった。その従軍記者個人の感覚ではあっても、人間がその中心にあった。対して、「あの日」における大尉の言葉により、「人間にとっての、そういうものだというもの」に思うところが移っているようにも見える。この点においてもまた、あの戦争、あるいは当時の社会はどうであったのかを知る手掛りになるだろう。
「第四章: あの時」では、従軍記者が、そして両勢力によって投入された変異人間が失踪した時点に向けての、従軍記者の考えを抜粋、あるいは要約している。「人間にとっての、そういうものだというもの」を疑問に思った従軍記者は、その最後にどうしたのだろう。おそらくは、変異人間と共に失踪したのだ。手記を残して。その時点において、その従軍記者の認識、あるいは共感が人間よりであったのか、変異人間よりであったのか、その実際のところはわからない。手記を、おそらくは人に託したのはなぜだろう。それは失踪の決意だったのかもしれない。あるいは、「人間にとっての、そういうものだというもの」に対する疑問が強くなったからなのかもしれない。ともかく、変異人間も、その従軍記者も消えた。おそらくは、今も生きているのだろう。だが、行くえは知れない。あなたの隣りにいるのかもしれず、あるいはまた、私がその一人なのかもしれない。
本章のタイトルもまた「あの明日」となっている。言うまでもなく、これは従軍記者に敬意を表わしてのものである。
もし、本書が他言語に翻訳される場合、各章のタイトルにおける「あの」をどのように翻訳すかは、議論があるかもしれない。例えば、指示代名詞とするのか、定冠詞とするのか、あるいは不定冠詞とするのか。さらには単数か複数か。目標となる言語によっても、それらの選択は異なるのかもしれない。だが、私自身が本書の各章のタイトルにおいて「あの」と書いている場合、その「あの」には意味を含めていない。それは確かに特定のあの戦争であったし、特定のあの日であったし、特定のあの時であっただろう。従軍記者にとっては、そうであったはずだ。だが、今の私たちにとって、それらを指し示す言葉は必要だろうか。言うならば、従軍記者の手記に記されていることは、私たちにとっては、特定の何かではないのだろうと思う。起ったこと、起こり得たこと、起こり得ること、そのすべてを「あの」として、私は編集し、書いている。
では、残りの紙幅を費し、従軍記者が持っていたであろう疑問である、その後がどうであったかを、これも簡単に解説を試みようと思う。もちろん、それは読者の皆さんにとっては周知の事実であろう。だが、少しばかり気になる点もある。それらに触れるためにも、タイプを進めよう。




