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あの頃の明日はどうであっただろう  作者: 宮沢弘
第三章: あの日
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3−3: 北へ ――従軍記者の手記より: 戦場にて――

「大尉、気付いているだろう?」

 私は大尉の横から呟いた。中隊本部ではあるが、実際にそれとしてどれほど機能しているのかはわからない場所だった。大隊本部からの命令に従い、隊員への他の中隊、あるいは小隊への随行を指示するだけの場所だった。

 ではあっても、だからこそ、ここには情報が集った。

「あぁ」

 大尉も静かに答えた。

「どういうことだろう?」

「さて」

 大尉はやはり静かに答えた。

 通信を聞いているかぎり、敵の変異人間は北に向かい、それに応えるようにこちらの変異人間も北に向かっていた。あるいは、こちらの変異人間が北に向かうのに合わせて、敵の変異人間も北に向かっていた。

「本部だって、気付いていないとは思えないが」

「だろうね」

 大尉はやはり少ない言葉で答えた。

「だからと言って、敵が変異・機械化中隊を北に向けているのならば、こちらもそれを無視することはできない」

「そんなところだろう」

 大尉は依然少ない言葉で静かに答えた。

「だが、これでは中隊本部が置いてけぼりを食うぞ」

「ふむ。一応準備を始めてみようか」

 大尉は横にいた副官に、その命令を出した。

「だが、もし敵が変異・機械化中隊の隠し玉を持っていたとしたら」

 それでも浮かぶ一抹の不安を私は言葉にした。

「それが南から突入してきたら……」

 大尉は、私が何を言わずともわかっている。

「だとしても、もうそれに対応する方法はない」

「あぁ」

 やはり大尉はそう呟いた。

 おそらくは一人でその判断を行なうのは、不安もあるのだろう。私に何かの責任を負わせるわけではない。形はどうあれ、大尉自身が言い訳を欲しいというところだろう。

 それに乗せられるなら、乗せられようと思う。

 見たいものがある。私が見てみたいと思うものがある。それは大尉も同じなのだろうか?

「大尉、北には何が?」

 あわただしくなってきた本部で訊ねた。

「何も」

「何も?」

「あぁ。何もない。つまりは他の場所と同じだ。人間がいる。君が期待するような何かはない」

 私はノートを読み返した。確かに両勢力の変異・機械化中隊は北へと誘導されている。そこに何もないということがあるのだろうか。

 では、何が誘導しているのだろう。それは考えるまでもない。解析機関だ。事前の計算であるにせよ、現在の計算であるにせよ。では、そこにどのような意図があるのだろう。あるいは意図と呼べるものがそもそも存在するのだろうか。

 そこに大隊本部からの通信が入った。中隊本部を北に移動させろというものだった。

「本部も思案に暮れているのだろうな」

 大尉はやはり静かに言った。

「というと?」

「この流れが面白くないのは間違いないだろう。だが、ここで解析機関の計算結果から外れた命令を出したとしたらどうなる? 予測から外れた混乱だ。それはもしかしたら味方にとっては望ましい混乱かもしれない。だが、その混乱を望むと思うか?」

 大尉はあご髭を撫でた。戦場に来てから始めて大尉が多くを話したように思う。あるいは、これも大尉は予想していたのだろうか。


  * * * *


 本部の移動途中にも、中隊は命令の中継を続けていた。

「大尉、計算に何かしたのか?」

「何に誓ってもかまわないよ。やっていない。解析機関に出向いている連中もやっていない……と思う。仮にやっていたとしたら、この状況を考えると敵方と内通していなければ無理だろう。そんな事は、私たちにとってはなおさら無理だ」

 ならば、可能性としてのみ存在していた何かが、偶然噛み合ったのだろうか。偶然? いや、解析機関と変異人間は存在している。それを戦略に組み込まないはずがない。それが噛み合ったのだろうか? 偶然ではなく。

 だとすると、前の疑問にもどる。解析機関はどこまで計算しているのだろう。どこまで計算可能なのだろう。

「大尉、解析機関が法律の運用や裁判に導入されるという話は聞いたことがあるか?」

「あぁ。軍では実際に導入が始まっている」

「なら、駐屯地では軍規もパンチしていたのか?」

「そういうことらしい」

「らしい?」

 大尉が「らしい」と言うのは珍しいように思えた

「あぁ。実際にどうなのかを聞いても、私にはわからんからね」

 どこまで、それが可能なのだろう。

「大尉、法律や軍規をパンチした結果について聞いたことは?」

「大変だったとは」

 それはもちろん大変だっただろう。だが、そういう話ではない。大尉もわかっているはずだ。

「軍規などの運用において、何か以前と違いはないのか?」

 私の言葉を聞いて、大尉はあご髭を撫でた。

「ある…… らしい」

「どんな?」

「なぁ、私は詳しくないだよ」

 解析機関棟にいた隊員は、今も大隊本部にいる。変異人間であるというだけでなく、解析機関を担当しているというだけでもなく、彼らの脳に機密そのものが入っているからでもあるのだろう。詳しく知りたいなら、彼らを訪ねる必要があるだろう。

 その時には、それがあるとするならば解析機関の意図も、彼らに聞くことができるだろうか。


  * * * *


 大隊本部から指示があった場所に、新たに中隊本部を展開した。

 その頃、変異・機械化中隊の戦場は、大隊のさらに北に向かおうとしていた。


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