二章 この世に伝わる七つの神の話
地球はかつて、何もない死の星でした。
生物もいなければ、水も空気もありません。
あるのはむき出しになった地表だけなのです。
宇宙には多くの神様たちが住んでいました。
ですがその誰一人として、地球に目を向けることはなかったのです。
死の星に命の灯火がともることはないのですから――
地球は一人ぼっちで回っていました。
遠く見える星たちに思いを馳せながら。
けして救われることなどないと自嘲して。
長い長いあいだ、ずっと回り続けていました。
ある日のことでした。地球に一人の神様が訪れたのです。
神様は一度きょろきょろと辺りを見渡しました。
そこにはやはり、何もありません。
しばらくしてから不意に、神様は地球に触れると、こう言ったのです。
「あなたはまだ、死んでいないのですね」
地球は嬉しくてたまりませんでした。
そうなのです。地球はまだ、死んでなどいなかったのです。
ただ、他の星たちとちょっとだけ事情が違っただけなのでした。
でも他の神様は、それに気付いてはくれなかったのです。
神様はにこっと笑うと、地球をそっと撫でました。
「でしたら……そうだ。あなたにいい物をあげましょう」
そう言うと、神様はゆっくりと瞼を伏せます。
「気に入ってくれるといいのですが」
神様は両手を天に伸ばしました。するとどういうことでしょう。その両手に導かれるように、一人また一人と神様が舞い降りてきたのです。
まるで蝶々のように、その姿は美しく、軽やかでした。
地球は見とれました。
それもそのはずです。今までここに誰かが訪れたことさえ、なかったのですから。
神様たちはくるんと天を舞うと、音も立てずに降り立ちました。
彼らは一様に、長く白い長衣に身を包んでいます。そして男性とも女性ともつかない、美しい中性的な顔と声音を持っていました。
「私は運命の神。ここであなたと出会えたのも、きっと運命の悪戯でしょう」
最初に訪れた神様は、優しい声でそう言います。
「さあ、受け取ってください。私たちはあなたの命となりましょう」
七人の神様は、誰もがにこやかに笑っておりました。
この地球には、七人の神様がいます。
光の神様は、金色の瞳と髪を。
地の神様は、小麦色の瞳と髪を。
風の神様は、淡い紫色の瞳と髪を。
水の神様は、水色の瞳と髪を。
火の神様は、赤色の瞳と髪を。
命の神様は、淡い緑色の髪と瞳を。
そして運命の神様は、灰色の髪と瞳を持っています。
彼らはとても仲良しです。
そして始めて降り立ったその場所で、地球を見守りながら一緒に暮らしています。
しかしいつしか神様たちは、地球を守りきれなくなってしまいました。
地球は思いのほか、駆け足で成長していってしまったのです。
神様たちは悩みました。どうすればいいのか、解らなかったのです。
だからといって、時間はそう長くはありませんでした。
すると命の神様が言ったのです。
「私たちの子供に任せましょう」
神様たちには、子供がいました。それぞれの神様と同じ特徴を持つ、まだ小さな子です。
でも小さいとはいえ、彼らもまた神の御子。
普通の人間には持ちえない力を、確かに持っていたのです。
命の神様は、続けます。
「子供たちを人間界に送りましょう。そして、私たちでは無理だったことを、彼らに補ってもらうのです」
「でも……それで大丈夫でしょうか」
光の神様は、心配そうな声をあげました。
「この子たちは人間と、あまりにも違いすぎる」
そうなのです。神様もその御子も、見た目からして人間とは違いました。
人間たちが持ちえないような色の髪と瞳が、何よりの証拠です。
しかし命の神様は、そっと瞼を閉じました。
「そのことなら、心配いりません」
命の神様は柔らかな声色で言いました。
たった一言「任せてください」と。
御子たちがその土地に溶け込めるよう、髪の色を変えました。
中性的な面立ちも、男女のそれに整えました。
そして彼らは人間界へと旅立っていったのです。
それからというもの、地球は再び平穏を取り戻しました。
今でも神様は、地球のどこかで暮らしています。
そして御子は遣いとして、地球上のいたるところで生活しているのです。
この世界にいる人間たちに紛れて、ひっそりと。
御子は今も、その髪は変わったままです。
ただ違うのは、その瞳の色だけ。
それが彼らの御子である証なのですから。
…*…
地球は人間と神の御遣いで溢れている。
確かめたわけでもない。突き止めたわけでもない。
でもそれは変えようのない事実なのだ。
そして御遣いたちは、今もなお人間と共に日常を歩んでいた。
共に歩み、異変があればそれを正す。そんなふうに世界の均衡を保ちながらの生活を、幾千年と続けて……。
それぞれはそれぞれの行くべき場所へと、移り行くのだった。
例えば上野の国・群馬には、光の神と風の神。彼らの御遣いの割合が、圧倒的に多い。
何故ならば夏場は雷、冬場は空っ風という気候的特徴があるからだ。
人々は古よりそれら気候の被害に苦しんできた。しかしそれは、人の力ではどうのしようもなかった。
だから人々は、県内の各地に雷や風にまつわる寺院を建ててきた。畏怖の心を形として残し、風神雷神と気候を崇め祀り、神の怒りを静めるために。
気候は人には変えられないものだ。というのもそれは、人知の及ばぬ神の管轄内なのだから。
だが不思議なことに、寺院で祈られたものは自然、神の元へと届いてゆく。彼らはそれを御遣いへと知らせ、そして現場へと足を運ばせるのだ。
光の神はその力で雷と太陽を、風の神は風を操ることができる。
だから彼らは移り行くのだ。それぞれの必要とされている場所へと赴くために。
この世界を、地球を守るために。
あの大輔も耿輔も、そして慧哉も。風の神の御遣い――風使いだった。
淡い紫の瞳が何より物証。
しかし彼らは、けっしてその存在を人間へと明かしてはならなかった。
何故なら彼らは人に類似し者であっても、人ならざる者。
人ならざる者が人間と交われないのは、自然界の道理。
覆すことのできない宿命。
彼らはどう足掻いても、その運命を変えることはできない。
彼らは神の血を色濃く告ぐ、神の御子。
それは人間とは相反する存在なのだ。
どうのしようも、最早なかった。
だから彼らは、人間には自分のことを隠し続ける。
彼らの責務に差し支えないためにも。
自然の摂理に則るためにも。
それは破ってはならぬ、絶対の掟なのだから。
だがもしもそれを破ってしまったとしたら、その時は――