《開花》
「リリー、昨日出した宿題は終わったのね!?」
さっきまでのお上品な態度とは打って変わって、ドアを閉めた後にリーノが放った言葉は、とても国王に向けられたものだとは思えなかった。
えーと・・・・・。
・・・・・リリー様って、国王・・・だよな?
国王に対してあの口調はちょっと、いかがなものかと・・・。
「むー。リーノー、国王に向かって呼び捨てはいけないよー。それにー、口調も変えるなー、って何回も言ったはずー。」
国王も怒ったような表情を浮かべてるし。
それに対して、
「ふん。所詮『監視魔法』は廊下にしかかけてないのね。ここで何があろうが騎士部隊に報告が行くことはないのね。よって、宿題を終わらせてないリリーに何をしてもいいのね!!」
「むぎゃー!! 後で騎士部隊にちくるぞー、って脅してみたりー!」
「証拠不十分なのね。」
「きいいいぃぃぃぃ!!」
・・・おかしい。
何故俺の周りの常識を覆すようなことばかり起こるんだ。
俺の目の前には、狭い室内で追い駆けっこを繰り広げるリリー様とリーノ、というとても王室で行われていることとは思えないような事態が展開されている。
おまけに、体格差のせいで捕まってしまったリリー様が、リーノの前で床に正座させられるという事態にまで発展。
・・・この国に、俺が知っている常識は通用しないのか?
「さて、リリー。私から逃げたということは、宿題を終わらせてないと見ていいのね?」
「ふ、ふん。それがまさかのまさかーだよー。実はちゃんと終わらs──」
「じゃあ、机の上から3番目の三重底の中に仕舞われている、鍵と『魔法』で二重ロックした箱の中の書類を見てもいいのね?」
「・・・えーと・・・。こら、リーノ! 王室内では出来るだけ『魔法』を使うなー、って何回も何回も言っていr──」
「そうなのね。じゃあ、私は、素直に罪を認めるのね。・・・ああ、でもそれだと、箱に『魔法』をかけたリリー様にも罰が与えられてしまうのね。どうしたものか。」
「・・・リーノ、質の悪い交渉術は気に入らないー、って何回も言ってるよー。」
「宿題をほっぽらかしてる奴が言うセリフではないのね。ほら、さっさと宿題をするのね!」
目の前で正座させられ、黙々と紙束に向かっているリリー様は、なんだかとても可哀想に見えた。
・・・ちゃんと教えられるかわからないけど、俺に教えられることだったら教えてみようかな?
「リリー様、よかったらお手伝いしまsy──」
「そのセリフを待ってたー!! さあさ、早速こっちをやってくださいなー!!」
「ダメなのね!! 宿題は自分でやるもんなのね!」
「でもさあ、リーノ、いくらなんでもこの量は多すぎるんじゃない?」
そう。紙束とは言えど、数が多すぎる。
積み重なっているそれは、下手をすれば俺の身長に届くんじゃなかろうか、というくらいに積み重なっていた。
・・・箱自体は30センチ四方程度なのに、どうやったらこの量が入るんだろう?
しばらく考えた俺は、ああそうか、と納得する。
ここは『魔法』が存在する世界。実力さえあればどんなチートだって許されるんだ。
改めて『魔法スゲー』と評価をしていると、目の前の紙束の半分位がこっちによこされた。
これ全て終わらせるのは無理だろうが、せめて半分くらいは終わらせられるだろう、なんて思いながら、手中にある紙に目を落とす。
所詮、分数の掛け算程度だろうと──
【今年度の予算と、その使用割合の協議会についt──】
「あー・・・頭が痛くなってきました。すみませんが、手伝いは出来そうにありません。」
決して、中学生にできる内容じゃなかった、なんてことはないから安心しろ。
俺の頭が悪いんじゃない。俺の頭が(ry なんて暗示をかけていると、横から、
「えー、人に期待させといてそれはないんだよー。」
頬を膨らませたリリー様が、俺の服を引っ張っていた。
いやいや、国が違うとは言え、一国の国政を助力するなんて真似、中学生にはできっこない。
如何に言い訳してこの状況をくぐり抜けようか、なんて考えていたら、今度はリーノが、
「リリー、カズにはまだ『魔力』の流れが見えてないのね。これからのことも考えると、今すぐにでも修練を始めたほうがいいのね。」
「ちぇー。まーでもー、言ってることも一理あるしー、それぐらいはいいかもー。それよりー、もっと気になったことがあるんだけどー。」
「何?」
「リーノってー、『勇者』殿のことを【カズ】って呼んでるんだー。」
「・・・っ!!」
「まーそこはー、一応10歳の女のk──わかったわかったー!! これ以上何も言わないから、黙って構えた包丁を今すぐ仕舞ってーーー!!」
「・・・わかったなら、いいのね。」
「あのー、今の会話、俺にも聞こえ──」
ドスッ! (リーノが包丁を床に突き刺す音)
「──てないです。だからその物騒なものを早く仕舞っていただけると非常に嬉しいのですが。」
いつになく丁寧な態度をとっていると、少々不服そうながらもリーノは包丁を仕舞った。
・・・だが、本当の不幸が始まるのは、これからだった。
つい、思い出してはいけないと思いつつも、さっきのリーノを思い出してしまう。
その様子は、どこの世界でも変わらないガキの表情そのもので──
「・・・プッ。」
「今笑ったのね! 殺す! 完膚無きまでに殺し尽くすのね!!」
「ぎいいぃぃぃやあああぁぁぁぁ!! リーノ、壁! 外れた『魔法』が壁を壊してるから!! 流石に王室の壁を壊すと厄介なんじゃ!?」
「そんなもの後で修復して証拠隠滅すれば意味ないのね!! それより、最優先事項はカズの抹殺なのねー!!」
「きいいいぃぃぃやああああぁぁぁぁ!!」
恥も外聞もかなぐり捨て、王室内をドタバタと走り回っていると、
【暴走者を検出、直ちに排除します。】
どこからか、人間とは思えない声が──っとぉ!! 危ねぇ!!
リーノの攻撃に混ざって、同じくらい危険な魔法が別方向から飛んできやがった!?
なんだこr──って、また来た!!
しかも今度は、巨大なゴーレム的な奴の姿まで見える──!!
「し、しまったのね。監視魔法のことを忘れてたのね。・・・でも、見た感じカズしか狙ってないから大丈夫なのね。さっさとトンズラするのね。」
「おーい!! あくまでこの暴動を起こしたのはおま──ぎゃあ! くそ、まともに動けねぇ! お願いします、リーノ! 助けてください!」
「嫌なのね。自分で何とかするのね。」
「薄情なあああああ!!」
逃げるリーノを見れば、いつの間にか彼女はこの場から消え去っていた。
セコイ。そして、ヤバイ。
出鱈目に逃げたせいでリリー様の居場所はわからないし、リーノの居場所もわからない。
頼れるのは自分のみ。
今までの積み重ねが物を言う!
・・・なんて、格好良く言っているが、それは結局、
「一人孤独に頑張りなさーい、ってかァ!?」
ということだった。
結局、自分自身で監視魔法を逃れた和磨は、ズタボロの状態でリーノの書斎についたそうな・・・。
そして、部屋に入ってから、彼自身気づくことになる。
「あれ? なんか変な流れみたいなものが見える・・・いや、感じる・・・。」
「・・・・・・・・・は? 何かの気のせいじゃないのね?」
そう。『魔法』をより近くで感じることによって、全ての感覚が研ぎ澄まされたのだ。
つまり、それが意味することは──
「これが、『魔力の流れ』?」
通常なら早くて半年程度かかるのだが、素質に助けられたカズは、僅かな時間で才能を開花させたのだった。