《国王》
「要するに、特別な手順を踏むのは最初の1回きりなのね。」
宮殿へと向かう途中で、リーノはそう纏めた。
因みに、今俺が聞いた話を表すと、
・『魔法』を発動する際には、『魔法式』『魔力』『詠唱』の3つが必要だということ。
・また、これらの手順は1回目以外には変わらない。
・使う『魔法』が初めての場合は、『魔力』の生成から『詠唱』を済ませることで、その『魔法』の『魔法式』が頭に浮かび上がり、それに『魔力』を流し込むと『魔法』が発動する。
・使う『魔法』が2回目以降の場合は、何の『魔法』を使いたいかを思い浮かべるだけでその『魔法式』が頭に浮かび、そこに『魔力』を流し込むと『魔法』の発動前である『魔術式』が完成し、『詠唱』を行うことによって『魔法』が発動する。
こんなところみたいだ。
他にも、
・『魔法』を習得することで『階級』が上がり、『詠唱』を省くことができるようになる。
とか、
・『階級』がかなり上級まで行くと、自ら『魔法』を発案したりもできる。(勿論、構築に至るまでの努力と手間暇はかなりかかるが)
などもあったりするらしい。
でも、『魔法』を使ったことのない俺には関係の薄そうな話だったので、頭の片隅に置いておく程度にしておこう。
「・・・まぁ、『魔法』を使うのはまだまだ先のことだろうし、今は修練を積むことがカズの仕事なのね。」
「ちぇー。ま、流石にそんなに簡単じゃないよなー。」
などど、口では言っておく。
実際、子供の時に夢見ていた魔法が使えるのは結構・・・いや、かなり嬉しいし、そのためなら少しの我慢くらいはしてみようと思っている。
「ただ、カズなら、『魔法』を習得するのにそんなに時間はかからないかもしれないのね。」
と思っていたら、突然リーノがそんなことを言いだした。
おかしい。さっき『時間がかかる』的なことを言ってたはずなのだが。
しばらく考えて、一つの答え(かもしれない)ものに辿り着く。
「・・・ひょっとして、俺にあるって言う、『勇者』の素質が関係してるとか?」
「大正解なのね。基本的に素質持ちは、『魔法』の習得も早いし、『魔力』の最大値が大きいのね。個人差にもよるけど、中には一般庶民の3倍以上の『魔力』を持つものも現れたりするのね。でも、私が生きてきた中でも、1回しか見たことがないのね。つまり、そんな素質持ちが生まれる確率は、極端に低いのね。」
「へぇ。それってどれくらい?」
「んー・・・。確か、500年に1度くらいだったのね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
・・・500年に1度?
俺が気になったのは、生まれる確率の低さじゃない。
目の前にいるリーノが、どれだけ生きているのか疑問になったのだ。
確かに、たまたまリーノがそこに居合わせただけという可能性もある。
ある、けど・・・。
「リーノってさ、今、何歳くらい?」
「ふ・・・。女性に年を聞くのは、もっと親しくなってからなのね。」
この表情、かなりムカつく。
ただのガキのくせに、と言おうとしたが、またさっきのように首を絞められてはひとたまりもない。ここは我慢することにしよう。
「・・・ま、いいや。それで素質持ちは、大体どれくらいで『魔法』が使えるようになるのさ?」
「まあ、それも個人によるけど、大体2,3年くらいなのね。」
「はあ!?」
「早い奴は1年で習得する奴もいるのね。」
「・・・。」
初耳だ。
どれだけ時間がかかるんだよ、全く。
大体、そんなに時間を空けておいて大丈夫だろうか。
元の世界で神隠しにあったのでもう帰ってこないと考えていいでしょー、なんてことになってないといいが。
というか、一旦帰ればいいんじゃないだろうか?
そんなことを考えていると、それがわかったのか、
「因みに、今の私に『次元転移魔法』が使えるほどの魔力は残ってないのね。」
そんなことを言った。
やはりそうか。でも・・・
「明日には一旦帰れたりしないの? まだ親とかに言ってないんだけど。心配してると思うし。」
それなら、『魔力』を貯めればいいだけのこと。それ自体は今すぐにでもできるはずだ。
何かダメな理由でもあるんだろうか。
「前も言ったように、『次元転移魔法』はかなりの魔力を使うのね。そこ1,2時間『魔力』を貯めたって、使えるわけではないのね。更に言うなれば、あれは、この世界とカズの世界を繋ぐ『魔法』。つまり、天体や時間といった、いろんな条件を満たさない限りは、いくら準備ができようと『次元転移魔法』は使えないのね。」
大体予想通りだったけど、ちょっとショック・・・。
しかも、話を聞く限りかなり時間がかかりそうだ。これは、帰るのは諦めたほうがいいか?
とりあえず、次『次元転移魔法』が使えるのか聞いてみよう。
「それだと、次に使えるのはいつくらい?」
「2年と3ヶ月、更に14日後。」
即答だった。
2年も帰れないとなると、元の世界では相当やばいかも。
『ちょっと寄り道してましたっ☆』では通じないかもしれない。いや、絶対に通じない。通じないどころか、殴られかねない。
「とりあえず、帰るのは諦めるのね。それより、前。」
ガシャアン!!
「痛ああ!! マジで痛あ!! マンションの30階から飛び降りたくらい痛あ!」
あまりの痛さに、つい、過剰に表現してしまった。
でも、それくらい痛い。
頭の中で、『俺、異世界を救ったんだぜ☆』『何を寝ぼけたことを言ってるんだ。さっさとここで土下座しろ。』『え、土下座?』『さっさと謝れ。』『ぎやあああぁぁぁ・・・。』なんてやり取りを想像してたら、つい、目の前の門に気付かなかった。
門番の人も、クククッって笑ってるし。いきなり恥かいちまった。
まあ、それは置いておくとして。
しばらくして痛みが引いた俺の前にそびえ立っていたのは、なんと表現したらいいのかもわからない程のデカイ建造物が建っていた。
「・・・でけぇ。」
「国王の宮殿ともなれば、このくらいが普通なのね。そして、いつまでも突っ立ってないでさっさと来い、なのね。」
ふと声のした方を見ると、いつの間にかリーノが先へ進んでいた。
・・・正直に言おう。俺に、ここを堂々と歩くほどの勇気はない。
とりあえず、リーノの後ろについて行くことにする。
普通は男が前を歩くものだと思うが、これは例外だろう。
ついさっきまで普通世界にいた俺には、宮殿のド真ん中を堂々と突っ切るなんて度胸は微塵もない。
あちこちの視線を気にしながらしばらく進んでいくと、宮殿の入口に着いた。
・・・・・門から入口まで1キロ近くあるぞ、この宮殿。
あまりの敷地のデカさに恐れ戦いていると、前の方から、
「アマキ・リーノ、只今帰ってまいりました!」
という声が聞こえてきた。
そちらを振り向いてみると、さっきまでの口調とは違う、なにか威厳を感じさせるリーノの姿が。
そしてその背中越しに見えるのは──
「おーおー。やっと帰ってきたなー、リーノー。」
国王のはずなのだが、そこにいるのはただの小学生くらいの女の子だった。
国王の娘さんかな?
「そういえばさっきー、リーノ宛に『おちゃー』が届いたよー。よくわからないからつくえーの上に置いといたー。」
あれ? でもおかしいな。それにしても国王の姿がないのはおかしい。ひょっとして重病だったり──
「おー、後ろに見えるのはー、噂に聞きし『勇者』殿なのかなー? よくわからないけど、ようこそー。私はー、ナキール公国のー、国王のー、ニシータ・リリーだよー。よろしくー。」
「やはり国王!?」
こんな小さいのが国王!?
どう考えても6,7歳にしか見えないんだけど!
「んー? そうだよー。私が国王だけどー、なにかー?」
「・・・いえ。なんでも」
「だったらー、立ち話もなんだからー、奥に入って話そうよー。ほらほら、早くー。」
あまりの衝撃にアタフタしていると、いつの間にかリリー(様?)が俺の手を引いて奥へと向かっていた。
「(・・・言い忘れたけど、国王はまだ6歳なのね。それで好奇心旺盛なもんだから、周りの世話役にもいっぱい迷惑をかけてるのね。多分、今日は世話役がいない日で、この宮殿には私たちしかいなかったのね。)」
「(それ先に言えよ!)」
「(ごめんなのね。それで、少し頼みがあるのね。)」
「(・・・まさか、)」
「(私が着替えている間、国王の世話をよろしく。)」
「まじすか!?」
そして、後ろから近づいてきたリーノが、さらりと俺に厄介事を押し付けていった。
「? いきなり大声なんか出してー、どうしたのー? 止まってないでー、早く行こうよー。」
「国王、私は着替えがあります故、しばらくしてからそちらへ向かいます。」
「わかったよー。できるだけ早く来てねー。」
ちょ、おまっ!? と小さく叫ぶのも虚しく、リーノは俺を置き去りにしてしまった。
・・・俺、小さい子の相手とか苦手なんだけどな。
これからどう振舞おうか考えていると、廊下の突き当たりにあるドアが見えてきた。
「はい、到着ー。ここが私の部屋だよー。」
そんなことを言って、初対面の俺を自分の部屋へと通そうとするリリー・・・様。
その顔は天真瀾漫そのものだが、正直、俺なんかが入ってもいいんだろうか?
「んー? そこで何してるのー? 早く入りなよー。」
しばらく迷っていると、向こうから促してきた。
うーむ。とりあえず、入ってみるかな・・・・・。
「では、恐縮して。」
恐る恐る部屋の中に入ってみると、そこは意外にも簡素な部屋だった。
多少は豪勢な飾り付けはしてあるものの、基本的に部屋の中は清潔といったようなイメージだった。
「こっちに座ってー。」
どこに行ったらいいのか分からず、少しオドオドしていたら、リリー様が部屋の中心に置いてあるソファーを指差した。
とりあえず、リリー様の支持したところに座ることにした。
すると、
パン!
ソファーの中で、風船が割れるような音がした。
「わーい、引っかかった引っかかったー!」
見れば、リリー様が腹を抱えて爆笑していた。
・・・好奇心旺盛というより、おてんばすぎる。
あまりのやかましさに、『世話役の人は大変だな。』なんて同情していると、ドアが開く音がして、
「失礼します。」
凛とした声と共に、リーノが入ってきた。
その格好は先程のふざけた格好とは違い、いかにもお嬢様、といったような格好をしていた。