《説明》
「へぇ・・・。こっちの世界は結構・・・いや、かなり暗いんだな。」
それが、この俺、未來 和磨の、こっちの世界へ来てからの第一声だった。
そう。なんたって、暗い。
日本基準で言うと、“10メートル置きに街灯が並んでいる真夜中の細道”くらい暗かった。
「そうなのね。もう少し前までは、まだ明るかったのね。でも、何者かに支配され始めてから、少しずつ少しずつ暗くなって、とうとう街の活気まで無くなったのね。」
そう応えるリーノの横顔には、なにか冷たいものが湛えられていた。
「ところで、まだ聞いてなかったのね。アンタの名前、なんて言うのね?」
「ああ、名乗り忘れてた。俺は《未來 和磨》ってもんだ。」
俺が名乗った瞬間、少しリーノの眉が寄ったような気がした。
「ミキ・カズマ、ね・・・。」
「・・・何か心当たりでも?」
「・・・いや、なんでも無いのね。これからはカズと呼ばせてもらうのね。」
・・・なんか馴れ馴れしいな。
ま、この際気にすることでもないか。
いきなり別世界に来て、そんなこと気にしてる余裕もないし。
「・・・ねぇ、さっきから歩いてるけど、どこに向かってるの?」
「ナキール公国の宮殿なのね。」
「ふーん、宮殿ねぇ・・・。・・・・・・・・・って、いきなり宮殿!?」
宮殿って、あの宮殿だよね!?
みや(宮)のとの(殿)と書いて宮殿だよね!? いきなりそんなとこ行って大丈夫なのか!?
「・・・一応言っておくけど、そこまで気にすることはないのね。昨日のうちに『勇者』の素質を持った者が学生だということは伝えてあるのね。多少の無礼なら許してくれるように進言しておいたのね。」
「・・・良かったぁ。失礼な態度とったら死刑かと思った。」
どれだけの大きさの国かは知らないが、それでも一国王なのだ。どれだけの罰が下されるかは知ったもんじゃない。
・・・でも、
「リーノってさ、国王に進言できるほど高い位なんだ。」
「・・・何か勘違いしているようなので、言っておくのね。私は、国王側近の最高位の役職に就いているのね。」
・・・は? 国王側近の最高位?
それって、
「自分で言うのもなんだけど、つまり、国王・王子に次ぐ第3位の権力者なのね。」
「・・・・・・・・・・・・まじかよ。」
つまりそれは、俺がタメ口で口聞いてた相手は、第3位の権力者だったってわけで、
「勿論、さっきまでの無礼は、全て記録してあるのね。」
「まじかよおおおおおおおおおおおおおお!!」
早速やらかしてしまった!
あれだけやらかさないようにしてたのに、もうやらかしてしまった!
なんてワタワタしていたら、
「大丈夫なのね。仕事をきっちり果たせば、このことは内密にしておいてもいいのね。」
なんて言葉をかけてきた。
いや、要するに、それって、
「つまり、仕事がうまくいかなかったら・・・?」
「道連れにしてやるのね。」
「ぎいいぃぃぃぃ!」
ですよねー!! そんな虫のいい話なんて、そんじゃそこらに転がっているわけないですよね!
「まあ、そんなことはどうでもいいのね。」
いや、俺にとってはかなり重要なんだけど。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、リーノは話を続ける。
「今は、この世界についてを教えておいたほうがいいのね。『魔法』の存在さえ知らなかったところを見ると、この世界について知っている事は皆無と見なしてもいいのね?」
「え、あ、まあ・・・そうだけど。」
何も『皆無』なんて言い方しなくてもいいじゃないか。そもそも俺は一般人だったんだし。
「じゃあ、まずは『魔法』について教えるのね。『魔法』には、大きく分けて3つほどあるのね。」
「3つ?」
「そうなのね。この世界の一般人が使う『通常魔法』、敵を攻撃する際に使う『攻撃魔法』、また、『攻撃魔法』やその他の攻撃から身を守る、『防御魔法』の3つね。」
「そのまんまだな。」
「名称なんてどうでもいいのね。他にも、王族だけが使える『継承魔法』や、修練を積み重ねることで『称号』を与えられて、その種類により使える魔法が違う『専属魔法』などもあるのね。因みに、さっき私が使った『次元転移魔法』は『専属魔法』に属していて、『極錬士』の『称号』の中でも最高位の者にしか使えないのね。」
「・・・なんか複雑すぎてあんまり分かんねぇ。」
そんな量、いっぺんに覚えられるか。
「今は、『通常魔法』と『攻撃魔法』、『防御魔法』について知ってれば十分なのね。」
「オッケー、オッケー。『通常魔法』『攻撃魔法』『防御魔法』ね。」
一気に簡単になった。
「今度は、『魔力』について説明に入るのね。『魔力』の最大値は個人によっても少し違うのだけど、大体は修練すれば同じくらいの量になるのね。」
なるほど。
『魔力』については簡単だな。ゲームと同じように記憶していればいい。
「そして、『魔力』は、主に『静』によって生成されるのね。」
「『静』?」
なんじゃそりゃ?
「『静』は、カズの世界の文字通り、『静かにしている状態』を表しているのね。・・・まあ、簡単に言うと『瞑想』なのね。」
「なんだ。『瞑想』のことか。なら、最初からそう言ってくれればいいのに。」
「ただちょっと違うのは、『瞑想』といっても、コツが掴めないと『魔力』を生成したりはできないのね。」
「は?」
「言葉では表しにくいのね。でも、『魔力』の最大値は大きくても、『魔力』の生成ができないせいであまり役に立たなかった、なんて話はざらにあるのね。カズはもともと『勇者』の素質があるから、最大値についてはいいと思うけど、できれば早くコツを掴んで欲しいのね。じゃないと、だたのカスなのね。」
・・・ほほぅ。『勇者』への道も、そう簡単ではないみたいだな。
「これで大体の説明は終わったのね。最後に、『魔法』の発動方法だけど──あれ? カズ、そんなところで何してるね?」
「見て分からない? 『瞑想』だよ。早くコツを掴みたいしね。」
少なくとも、道の真ん中で座禅を組んでたら『瞑想』だとわかるはずだけど。
「あー・・・カズに言うのを忘れてたのね。」
「・・・何?」
「『魔力』の生成は、ひとしきり『魔力』の流れが見えるようになってからしかできないはずなのね。」
「それを先に言えバカ!」
おかげですっごい恥かいたじゃないか!
さっき座った時に通りかかった人が、『何してんだこいつ』的な目で睨んでたし!
「いやー、悪かったのね。つい説明を忘れてたのね。ま、それよりも今は、『魔法』の発動方法について教えておくのね。」
「俺については軽く流すのかよ。」
「『魔法』を発動させるには、必要なことが3つあるのね。」
「また3つ?」
「そうなのね。まずは、『詠唱』ね。」
「何ソレ?」
「そのまんまの意味なのね。『魔術』にはそれぞれ合言葉のようなものがあって、それを『詠唱』しないと『魔法』は発動しないのね。」
「2つ目は?」
「『魔力』なのね。これもさっき説明したから、詳細はいいのね。また、この『魔力』を使うのが、『魔法』を使う上で一番難しいとされているのね。」
「なんでさ?」
「『魔法』は正しい魔力量を使わないと、全く発動しないのね。多すぎず、少なすぎず。これを守らないと発動しないし、ひょっとしたら別の『魔法』が発動される可能性もある。中には、間違って発動した『魔法』が強力すぎて暴走した、なんて話もあるから気をつけるのね。」
「意外と複雑だな。『魔法』なんて、まじないでも言ってひとっ飛びかと思ってた。」
「・・・『魔法』をなんだと思っているのね。」
「まあ、それはいいとして、最後の項目は何?」
「3つ目は、『魔法式』なのね。」
「・・・また難しいのが出てきたよ。」
聞くからに難しそうだ。
「これはそこまで難しくないのね。というか、全く難しくないのね。」
「なんでさ? 俺、素人だよ?」
「素人だろうとなんだろうと、そんなことはどうでもいいのね。この『魔法式』は、殆どが自動で頭の中に出てくるのね。」
「自動で? どうやってさ?」
「まずは、今まで教えた2つ、『正しい魔力量』と『詠唱』を済ませるのね。そうしたら、初めて扱う『魔法』の場合は自動的に頭の中に浮かぶね。『魔法』を使ったことのない者ならわからないだろうけど、覚えるのは驚くほど簡単なのね。2回目以降は、それを思い出し、思い浮かべて、その『魔法式』に『魔力』を流し込むのね。更に『詠唱』を済ませて、それらをやって、初めて、魔法』が発動されるのね。」
「・・・なんかもう、頭ん中がパンパンなんですけど。」
そもそも俺は、頭の良い方じゃない。そんなことを言われても、チンプンカンプンだ。
「・・・まあ、言って聞かせるよりは、見せたほうが早いのね。今から、今まで教えた手順をやって見せるから、ちゃんと見てるのね。」
「うぃーす!」
俺が答えると、リーノが右手を上げてきて、すぐにリーノの右手の上に何かが現れ始める。
・・・なんじゃこりゃ。
「このモヤモヤしたのが、『魔力』なのね。」
リーノの説明が入る。
なるほど。これが『魔力』なのか。
「そして次に・・・。」
そして今度は、リーノが左手を上げる。
すると今度は、不気味に光る円と文字(に見えるもの)が大量に出てきた。
「これが『魔法式』なのね。これにさっきの『魔力』を流し込むと・・・。」
ほほぅ。この『魔法式』が何を表しているかはわからんが、とても厄介だということがわかったぞ。
なんて、そんなことを考えているあいだにも、リーノの右手から『魔力』が左手の『魔術式』に流れ込み、鈍い光を発したっきり全てが消えてなくなった。
これから何が起こるのかと、期待を寄せていると、
「これで終了なのね。」
予想外のセリフが飛んできた。
は? 終了? まだ何も起こってないんすケド。
そんな疑問は俺の顔にも出ていたようで、即座にリーノは訂正する。
「ああ、正確には『準備』が終了なのね。今やったのは、基本的な『魔術式』の完了。『魔法式』に『魔力』を流すと、『魔術式』になるのね。それで『魔法』の準備は終了なのね。あとは、『詠唱』なのね。」
そう言ったっきりリーノは黙り込み、
「アマツの身を喰らいて炎をなせ!」
いきなり叫んだ。
耳痛っ! 叫ぶなら叫ぶで言って欲しいんですけど!!
なんて苦情を言おうとして、俺が目を向けたその先には、
「これが『魔法』なのね。」
手の上に火の玉を浮かべたリーノの姿があった。