《転移》
「あ~・・・今日も疲れた~。」
なんて呟く俺は、何の変哲もない中学生。
現在、授業などその他諸々の学校生活が終わり、帰路を辿っている途中だった。
特に目立ったことはなく、成績も普通、性格も普通、何もかもが普通。
強いて言えば、多少なりとも剣の腕に覚えがある程度だった。
それでも、日常生活に役立つわけでもなく。
毎日が淡々と過ぎ去っていく中、俺は出会ってしまった。
──道の真ん中に倒れている、タキシードと革靴、ステッキにシルクハットといった、それこそアニメか漫画に出てきそうな紳士服の“女性”に。
・・・女性?
・・・よし。一旦冷静になって考えよう。
冷静になれば答えも出るはずだ。
・・・こいつ、変態?
そんな考えが浮かんだ俺は、鞄の中に潜ませておいた携帯を取り出し、ある番号へと電話をかける。
(いち、いち、ぜろ・・・っと・・・。)
しばらくのコール音の後、ごつい声の男性が電話に応えたので、迷わず俺は、
「あ、もしもし、警察ですか? 変態が道路にたおr──ムグゥ!」
「なんてこと言ってるのねー!!」
変態が倒れている、と言おうとしたところで、とんでもない速さで俺の背後に回った女性に首を絞められた。
取り落としてしまった携帯から漏れる『大丈夫ですか?』という声に、いえ、全然大丈夫じゃありません、と口の中で答えて、俺の意識は落ちた。
☆
・・・あれ? ここはどこだろう?
コンクリート独特の硬い感触とともに、俺は目を覚ました。
「いてててて・・・。」
少し痛む頭を抑えて起き上がり、辺りを見回していると、
「だ、大丈夫なのね?」
さっきの変態がいた。
えーと、携帯携帯・・・。
「そっか・・・。さっきの場所で落としたままだったからなぁ・・・。」
「その反応は、もう一度首を絞めて欲しい、ということで間違いないのね?」
思わず呟いてしまった僕に、再び臨戦態勢を取る変態。
・・・ならばそんな服装じゃなければいいのに。
また呟いてしまいそうになったが、ここで呟いたが百年目(全然時間経ってないけど)。僕の首が再び掌握されかねないので、なんとか言葉を飲み込んだ。
・・・それよりも、
「あのさ、お前はなんでそんな格好をしているの?」
今の一番の問題は、コイツだ。
こんな不自然な奴、世界中どこを探してもハロウィンの仮装大会でしかお目にかかれないだろう。
そんな純粋な疑問を持つ俺の前で、変態は困ったような表情をした。
「(うーん・・・。これがこっちの世界の正装だって聞いたはずなのね・・・。)」
そんな呟きが漏れる。
おい、ちょっと待てやコラ。
「・・・お前、どこから来たんだ?」
こっちの『国』とかならまだ分かる。日本の文化をちょっと誤って覚えてしまった、イタい外国人などの可能性もあるからだ。
だが、コイツは今、明らかに『世界』と言った。
ついこの間見たテレビでは『異世界』があることは、可能性的には無いことも無い、ということだったが、あのテレビを見ている人の九割方はそんなことを信じないだろう。
勿論、俺も信じていない方なのだが。
だが、もし。
もし、そんなことがあるとすれば。
目の前の光景に納得することができる(かもしれない)。
無論、コイツが嘘をついている可能性や、『世界』の解釈が違う場合の確率の方が高い。
だが、万が一。
いや、億が一。
そんなことがあるならば。
・・・結構、面白くね?
いやいやいやいやいや、落ち着け俺!!
科学的に考えて、そんなことがあるわけないじゃないか!
そんな非科学、簡単に信じてしまうわけには──
「私は、ナキール公国から来た使者、アマキ・リーノなのね。今回、我が国を救うための『才能』を持った『勇者』を探し出し、我が公国に連れてくるためにこっちの世界に『飛んで』きたのね。」
信じてしまうわけには──
「それで、とりあえずこのニッポンとかいう国にサーチをかけてみたら、たまたま当たりがヒットしたのね。」
信じてしまうわけには・・・。
「そして、それがあなたなのね。」
「信じてえええぇぇぇぇ!!」
何その『あなただけが頼りです』的なアニメとか漫画でありそうな設定!?
超信じたいんだけど!!
「・・・大丈夫なのね?」
どうやら興奮のあまり、考えていた事が顔に出ていたようだ。
いや、でも、めちゃくちゃそれイイんだけど。
・・・だけど。
・・・本当かなぁ。
第一、まだ本当だっていう確証が──
「・・・まあ、だいたい大丈夫そうだし、さっさと向こうの世界に『飛ぶ』のね。」
──あった。
リーノ(さん?)の手のひらの先に、思いっきり現代科学では説明のつかないものがあった。
・・・なんすかこの黒い物体。
しかもどんどん膨らんでいくんですけど。
そうそうビックリしている間にも黒い物体は大きくなっていき、あっという間に人一人分通るくらいの穴(?)になった。
「さ、行くのね。」
・・・っていうか、もう行くんすか?
「ちょちょちょ、ちょい待ち! もう行くの!?」
「? 早く行かないと『次元ホール』が閉じちゃうのね。」
なんじゃそりゃ。
「『次元ホール』?」
「そうなのね。今から行くのは、11次元辺りに展開している世界なのね。つまり、3次元に展開しているこの世界からは普通には行けないわけなのね。それらをつなげるために『次元ホール』を作り出しているのね。」
なるほど。
話が突飛すぎて全然わからん。
「・・・でもさ、なんで急がないといけないの?」
「『次元ホール』には展開している時間に限界があるのね。私の魔力じゃこっちの世界の時間で1日程度しか展開できないのね。私がこっちの世界に来たのが・・・だいたいこっちの時間で、昨日の6時くらいだったのね。そして、アンタとのドタバタ騒ぎがあってから1時間弱ぐらい経ってるから、残された時間は残り僅かね。」
ほう。どうやら魔法的なものがあるらしい。
・・・でもさ、
「それだったら、その『次元ホール』とやらをもう一回作ればよくね?」
純粋な疑問。
いくら時間が短いからといって、それをつなげれば何の問題にもならないはずだ。
・・・なのに。
「・・・・・・・・・・はぁ。」
「ちょい待ち! なんでそこで『このバカ、なんにもわかってない』的な溜息を付くんだ!? そもそも俺は、今、オカルトみたいなモンがあるって知ったんだぞ!? そんなこと知ってるわけねぇだろ!!」
そもそも、それらをこっちの世界で知っている必要はないはずだ。
「・・・やっぱりバカなのね。」
「だから知るかっつってんだよ!」
「いくら知らなくても、魔力を使う以上、限界があることぐらいは想像がつくのね! それに、『次元転移魔法』は最も難しい魔法とされていて、その分魔力の消費も激しいのね! そう何回も連発できるほど簡単じゃないのね!!」
・・・おお。それもそうだ。
「いやいやいやいや、そうじゃなくて。・・・いや、それもちょっとあるけど、あまりにも早すぎるだろ! 少し準備する時間くらいよこs──」
「そのために余裕を持ってアンタに接したのに、それを無駄にしてしまったのは誰なのね? そもそも、アンタが通報なんてしなければ、事はもっと穏便に、尚且つ速やかに進んでいたはずね。それをミスして無くしてしまったバカに、我が儘を言う権利なんてないのね。」
・・・おかしい。
話からして、『勇者様、どうか我が国を救ってくださいませんか?』的な感じなのに、何故か俺の方が下に立ってる気がする。
というか、下に立ってる。
ここはしっかりと格の差を見せつけなければ。
「・・・そもそも、俺がわざわざ行く必要なくね? そんな地球を救っているでもない世界を、何の報酬も無しに救いに行くのはなぁ。」
俺の方が上、ということを思い知らせるために、ちょっと上から目線でモノを言ってみる。
すると直ぐに、
「誰も報酬無しとは言ってないのね。ちゃんと国王にも掛け合って、出来る限りを尽くすつもりね。」
すこしムスッとした感じで返事が返ってきた。
むむ。まだ俺の方が上だとわかってないな。
ここは少し、焦らしてみるのも手段か。
「でもなぁ。そんな態度で接されてもなぁ・・・。」
「・・・・・・。」
今度は少し考えているようだ。
よしよし、立場を弁えるのは大切なことだと──
「・・・わかった。言い方が悪かったのね。アンタが向こうの世界を救わないのなら、私がこっちの世界を破壊するのね。完膚無きまでに。」
・・・大切なことだと、思うぞ。
おかげで、またこの世界が救われた。
恐らく、俺があのまま救いに行かないと言っていたら、今頃この世界はゴミ屑同然と化していただろう。
「・・・チッ。」
「わかったらさっさと行くのね。一刻の猶予も残されていないのね。」
立場が逆転してしまった以上、俺がこのまま向こうの世界に行くしか手段は無い。
・・・諦めるしか・・・ないか。
・・・まあでも、ずっと帰れないわけではないし、さっさと済ませて帰ってこよう。『勇者』とか言う素質があるのなら、それなりに力もついているだろうし、努力次第ではこちらの世界に蜻蛉返り、なんてこともあるかもしれな──
「それと、言い忘れてたのね。向こうに行ったら、こっちの時間に換算して、早くても約1年程は帰って来れないのね。」
「それを先に言ええええええええ!!」
こうして俺は、半ばどころか、かなり強引に向こうの世界に連れて行かれた。
しかしそれが、これから先の運命を変えるものだったとは、誰も知る由もなかった。