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死刑囚臓器提供基本法

作者: 上崎新一
掲載日:2026/10/11

 8月31日

 

 法律で、死刑囚の臓器提供が義務化された。死刑囚臓器提供基本法。まったくその名の通りである。罪状は、殺人罪のみで、国家転覆やその他の罪はこの法律の対象に含まれない。全国の人間の幸福度の観点から、この法案が可決された。一部では反発のデモが起こっているが、あらかた国民は賛成のようである。

 

 9月1日

 

 この刑務所に、一人の死刑囚が入ってきた。罪状は、殺人罪。名前はジョンというらしい。中身は子供のようで、何らかの精神異常をきたしているようだ。今現在の世の中では、加害者の精神的状態は考慮される場合が少ない。故、彼も例外なく殺されることになるだろう。

 

 9月2日

 

 労働にはとても意欲的に勤しんでおり、ミシンでの衣服制作もとても熱心に取り組んでいる。教育係は田辺に任せた。最初は少し文句を言っていたが、諦めたのか気怠げに教えていた。彼にはもっと反省の余地があるだろう。

 

 

 9月3日

 

 田辺もジョンの教育に慣れてきたのか、しっかりとコミュニケーションを取れるようには

なってきている。が、まだ未知数なのか、田辺はジョンのことを、めんどくさいという意識から、軽蔑や畏怖の感情を抱くように変化したようにも感じる。

 

 9月4日

 ジョンの作ったものも問題なく出せるようになってきた。田辺は思いのほか嬉しそうであったため、少し驚いた。この刑務作業はもしかしたら、人間的な部分の再育成に、思った以上に貢献しているのかもしれない。

 

 9月5日

 ジョンが壁に穴を空けようと殴っているところを取り押さえた。隣の牢屋の田辺と話しやすくしたかったそうだ。田辺は、満更でもなさそうな表情であった。一人で独房に連れて行かれるジョンをみて、何か抗議しようとして、辞めた。私は何かあるなら言え、と言ったが、結局何も言わなかった。

 

 9月6日

 

 ジョンが独房内であまりにも暴れるため、いろいろ試してみたが、駄目だった。精神病棟に送られるかも知れない。それは避けたい。

 

 9月7日

 

 田辺に合わせると、大人しくなった。以降、田辺の提案もあり、相部屋を唯一許すこととなった。田辺とジョンは嬉しそうであったため、喧嘩などはさけることができるであろう。こちらのほうが随分ましだ。

 

 9月8日

 

 今日は本当にいつも通りだった。が、出たご飯があまり口に合わなかった。

 

 9月10日

 

 死刑執行日が決まった。ジョンに伝えようか悩む。義務だとは分かってはいるが、また暴れられては困るし、田辺の心身にも影響するかもしれない。面倒事は避けたい。何よりも、ジョンがどうなるか分からない。

 

 9月11日

 

 ジョンに伝えた。が、彼は何も分かっていない様子であった。他言無用だと、一応言いはしたが、多分無理だろう。彼の罪状は殺人罪。殺人犯無ことは確定しているが、どうも彼が人を殺したとは思えない。それが、人間の怖いところであると散々学んできたつもりだったが、まだまだだったようだ。

 

 

 9月12日

 

 田辺から抗議された。彼はどう考えても精神障害を持っているため、死刑にならないはずじゃないのかと。そう言えば、彼はあの法律が適応される前から此処にいたため、分からないのだと思い出した。その事を話すと、彼はうなだれて牢屋に戻っていった。

 

 9月13日

 

 まだドナーが見つからない。娘の死期は近いだろうと医者に告げられた。どうすればいいのか分からない。

 

 9月14日

 

 ジョンは今日も順調に刑務作業を終えたため、ハンプニングなく1日が終わった。田辺だけは浮かない顔をしていたが。

 浮かない顔をしていたのは、もしかしたら私もだったのかもしれない。巡回中にジョンにあうと、何かあったのかと聞かれた。私もそれだけ浮かない顔をしていたのだろう。

 

 9月15日

 

 上田が問題を起こして独居房に入れられた。それ以外は特に何もなかった。


 9月16日

 

 異常なし

 

 9月17日

 

 異常なし

 

 9月18日

 

 異常なし

 

 9月19日

 

 娘が危篤状態から山を超えたそうだ。私が抜けている分、苅田に日誌を任せていたが、適当なことしか書いていなかった。これは、咎めるべきだろう。まだドナーは見つかっていないが、驚異的な回復力の為、今回の危篤も乗り越え、ドナーが見つからなくてもまだ耐えられるそうだ。

 

 9月20日

 

 ジョンにその事を伝えてみると、とても嬉しそうだった。田辺は私に娘がいることに驚いていた。そう言えばこのことはほかの人には話したことがなかった。彼の純情な顔を見ていると、本当に彼が人を殺したのか、疑わしくなってくる。

 

 9月21日

 

 あと一ヶ月でジョンは処刑される。このことは黙っておくことにした。義務だと言われても、ジョンの気持ちを損なうことを言うつもりはない。これからの一ヶ月間を幸せに過ごしてほしいと思う。

 

 9月22日

 

 田辺が私に殴りかかって来たところを、ジョンが止めた。田辺は、どこで聞いたのか、ジョンがあと一ヶ月で処刑される事を聞いたのだそうだ。なぜジョンに言わなかったと憤りを抱いている様子だった。理解できない。

 

 9月23日

 

 ジョンが処刑されるまで、あと一ヶ月を切った。彼が人を殺した分、人を救うことになるとはまた皮肉なことであると、少し思ったと同時に、できた法律に少し違和感を覚えた。これは、加害者の人権を踏みにじっているものではないだろうか。しかし、ただ殺すだけの死刑とは違い、救われる人間もいるのだ。ただ死刑執行をしてしまうと、無駄に死んだ人間が2人になってしまう。その分、人が救われる方がよいだろう。いいことをするのだ。罪は許されなくても、ジョンがこれからトラブルなく、人権侵害を受けないよう注意するようにしようと思う。

 

 9月24日

 

 娘が死亡した。これからは少しの間代理を入れる予定である。

 

 10月15日

 

 私が戻ってきたことに、ジョンは喜びを覚えている様子だった。彼に猛烈な憤りを覚えてしまったことに、恐怖を感じた。田辺は一瞬私の表情に気づいて顔を歪めたが、はっとした様子ですぐにやめた。囚人に憐れまれる日が来るとは、思ってもいなかった。

 

 10月16日

 

 ジョンに対する考えが、何なのか自分のなかでも整理がつかない。私は今まで、彼に死ぬまでのあいだ幸せに生きてほしいと思っていた筈である。田辺に相談しようか一瞬迷ったが、辞めた。私と彼とでは役柄が違いすぎる。もう一度考えて、相談するのか決めよう。

 

 10月17日

 

 田辺は、私をまだ人間だと言った。そしてジョンに対して、彼は眩しすぎると言っていた。彼は田辺の中で希望であったという。田辺は、自分はジョンを人間として見ている、と言っていた。死刑囚なのに、なぜそのような感覚で見られるのか分からなかった。

 

 10月18日

 

 過去の自分の日記を読み返してみた。私は過去に、ジョンに対して幸せになってほしいと願っていた。が、同時に死刑囚を人間として見ていないような節が自分のなかにあることをいま自覚している。この矛盾に理由をつけられないようでは、私は人間ではない。

 ジョンに会いに行くべきだろう。田辺は、ジョンは私が来ないことに対して不安を抱いていると言っていた。古田さんの子ども、しんじゃったのかな、とずっと言っていると言う。彼は死という概念についてどこまで知っているのだろうか。

 

 10月19日

 

 ジョンが死ぬまで、あと2日。私はどうするべきなのだろうか。

 

 10月20日

 

 田辺は、私にはまだチャンスがあると言ったが、何のことか分からない。

 

 10月21日

 

 ジョンを、殺した。とても無意味で無価値な殺人だったと思っている。

 ジョンは最後、私に会えたことに喜びを覚えている様子だった。目隠しをされ、鎮静剤を打たれるその時まで、私とずっとしゃべっていた。忘れたくないので、覚えている限り会話を記すことにした。

「古田さん、子どもは大丈夫だったの?」

「まだ生きているよ。」

 なぜそう供述したのかは、分からない。

「じゃあ、もう大丈夫だね。」

「なんでそう思ったんだ?」

 私はとても驚いたのを覚えている。

「だって僕が死んだら、皆が救われるんだよね?田辺さんが、お前が死んだら、皆今の俺みたいになるって言ってたよ。俺は救われたって僕に言ってくれたんだ。」

「そうか。」

 囚人は、偶にこのような改心の仕方をすることがある。私は、それが綺麗事のように思えて今まで嫌いだった。

「僕は死ぬんだよね?」

「あぁ、そうだ。」

「よかったなぁ。これで、皆救われるんだよね?」

 私は、何も答えなかった。そこで真っ先に浮かんで来たことが娘だったとき、すべてを理解した。

 私は、彼を殺すための書類に判をおした。もし彼が生きていたら、彼の人生はやり直すことができたのだろうか? 

 

 10月21日

 

 ジョンが、自分の娘のドナー提供のために殺人を犯した事が分かった。わざと殺人犯になり、自身の臓器を提供しようとした可能性があるらしい。しかし、国の制度でドナー提供は加害者の身内や親しい人物以外に限ると新たに制定されたため、精神崩壊を起こしてこうなってしまったらしい。

 私は、このやり場のない怒りをどこにどうぶつけて良いのか、分からない。

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