第二話 婚約者
春の朝。
王立アルカディア魔導学院の門の前には、新入生が集まっていた。
貴族の子弟。
庶民の学生。
色とりどりの制服が並び、ざわめきが広がっている。
クラリス・ヴァレンシュタインは、ゆっくりと門をくぐった。
侯爵家の令嬢として、背筋を伸ばして歩く。
それが幼い頃から身につけた習慣だった。
しかし門をくぐった瞬間、ふと足を止める。
……今。
何か、変な感じがした。
理由は分からない。
ただ。
この光景を、どこかで見た気がする。
そんなはずはない。
今日は入学式なのだから。
クラリスは小さく首を振った。
気のせいだろう。
そのとき。
「クラリス」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、黒髪の青年が立っている。
レオンハルト・アルヴェリア。
この国の第二王子。
そして、クラリスの婚約者だ。
「おはようございます、殿下」
クラリスは優雅に礼をする。
レオンハルトは軽く笑った。
「おはよう」
次の瞬間。
彼は自然にクラリスの手を取った。
クラリスは小さく眉を寄せる。
「殿下」
「なんだ」
「手を離してください」
「嫌だ」
即答だった。
クラリスは思わずため息をつく。
護衛騎士はいつものことと素知らぬ顔でいる。
「ここは学院です」
「婚約者だから問題ない」
周囲の令嬢たちがざわめいた。
クラリスは視線を少し下げる。
「……目立っています」
「問題ない」
「問題あります」
レオンハルトは気にしていない様子だった。
昔からそうだ。
王子として堂々としているのは良いが、少し無頓着なところがある。
クラリスは仕方なく、彼の手を振りほどこうとした。
しかし離れない。
「殿下」
「なんだ」
「本当に離してください」
レオンハルトは少し考えたあと、言った。
「嫌だ」
クラリスは思わず目を閉じる。
「……理由を伺っても?」
「婚約者だからだ」
真顔で言われてしまった。
クラリスは小さく頬を赤くする。
「それは理由になっていません」
レオンハルトは楽しそうに笑った。
周囲の学生たちが、興味深そうにこちらを見ている。
クラリスは少しだけ顔をそむけた。
……この会話。
なぜか、知っている気がする。
同じ言葉。
同じやり取り。
同じ朝。
クラリスは不思議に思う。
そんなはずはない。
今日が、初めての入学式なのだから。
そのときだった。
ふと視線を感じる。
クラリスが顔を上げると、人混みの向こうに一人の少女が立っていた。
ピンク色の髪。
桃色の瞳。
庶民の学生だろうか。
少女はこちらをじっと見ていた。
そして何かを確認するように、空中に視線を向ける。
次の瞬間。
少女が小さく呟いた。
「……またダメ」
その瞬間。
世界が白く染まった。
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