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憧れの伯爵令嬢はどうやら殺されたらしい  作者: 碧井 汐桜香


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エピソード3 エトワールの心

「ごきげんよう。ジョセフィアリーヌ様」


 その夜、突然寝苦しく感じた私が目を開けると、いつものように美しい微笑みを浮かべたエトワール様が私の上に跨っていた。


「え、エトワール様……?」


 私が首を傾げると、エトワール様は困ったように笑った。


「ジョセフィアリーヌ様。“探知魔法(サーチ)”だなんてもの、使えたなんて……。わたくし、困ってしまいますわ。ジョセフィアリーヌ様のお父様には恩がありますのに。あなたを殺さないといけないなんて」


 微笑むエトワール様はいつものように美しく、私は何を言われているのか理解することができなかった。


 それにね、と言いながら私の首をまるで切るように撫でたエトワール様が笑う。


「わたくし自身を見て、優しくしてくれたのはあなただけだったのに……。そうですわ。あなたをつれていってしまえば、あなたのお父様を悲しませることなく、真実を闇に葬ることができるのかしら?」


 エトワール様はいいことを思いついた、というようにおっとりと微笑んだ。


「エトワール様……? ご無事で、ご無事で良かった……」


 エトワール様の頬に手を伸ばし、私は涙を堪えながらそう言った。

 首を傾げたエトワール様は、私にそう言われたことを不思議そうに首を傾げている。


「……あなた、わたくしのことが恐ろしくないの? わたくしが何をしたのか、“探知魔法(サーチ)”で見たのでしょう?」


 エトワール様にそう言われ、私は考え込んだ。エトワール様が恐ろしい……? マイゼン伯爵を屠る姿は、神の審判のように神秘的ですらあったのに?


「エトワール様には審判を下さなければならない、何かご事情があったのでしょうから」


 私の言葉に不思議そうにしていたエトワール様が少女のように笑った。


「ありがとう。ジョセフィアリーヌ様。ならば、わたくしの昔話を聞いてくれるかしら? なぜわたくしが産まれたのか、というところから……」


 微笑むエトワール様はいつものように完璧な笑みを浮かべる。


「わたくしは、マイゼン伯爵が気まぐれに手をつけたメイドの母を持つ私生児なの。愛? そんなもの、与えられなかったわ。母はわたくしを恨み、マイゼン伯爵夫人もわたくしを憎み、マイゼン伯爵はわたくしを……物として扱った」


 いつも通りの完璧な微笑みの裏でまるでエトワール様が泣いているように見えて、思わずエトワール様の目元を拭った。驚いたようにこちらを見たエトワール様が、恐る恐る私に頭に手を伸ばし、ぎこちなく撫で始める。


「メイドの母の仕事は押し付けられ、伯爵夫人には毒を盛られる毎日。成長するにつれ、マイゼン伯爵譲りの高貴な色と母の美しさを受け継いだわたくしを見て、マイゼン伯爵は嬉しそうだったわ」


 一度言葉を止め、手も止めたエトワール様は、ふぅ、と息を吐くとまた私の頭を撫で始めた。


「最初の夜は五歳になった誕生日の日だったわ。幼児が好きな変態って多いのね。格子のついた窓が四つある豪華な部屋。そこを仕事部屋として与えられたわ。その横の小さな部屋がわたくしのもの。そこは窓が一つで、バスタブと小さなベッドのみ。そうよ。窓が五つある部屋。実際にわたくしが眠るのは窓が一つしかない部屋の小さなベッドよ。そんなわたくしの入浴や寝顔を見せて、マイゼン伯爵は商品のように勧めるのよ。……実際商品ね。見返りをもらうのだから」


 エトワール様は自傷気味に笑って続きを語る。


「相手が何人いたか。誰だったかなんてもう覚えていないわ。何度も来る人もいた。痛くて怖くて辛くて。助けなんて来ないとわかっていたから、耐えるしかなかったの」


 私には何を言っているのかわからなかった。でも、エトワール様がマイゼン伯爵に何か辛いことを強要されていることだけは伝わった。


「名前だってそうよ。他の皆様の名前はとても立派よ。わたくしの“エトワール”だなんて、平民以下、愛玩動物(ペット)レベルよ。ふふふ、笑ってしまうわ。愛玩動物(ペット)の方がわたくしよりもいい暮らしをしているのに」



 くすくすと笑い続けるエトワール様は私を真剣に見て言った。


「ジョセフィアリーヌ様。わたくしはあなたが羨ましいわ。汚れを知らぬ美しいあなたたちが。まともな両親を持ったあなたたちが。殺してしまいたいくらいに憎いの」



 そこまで言ったエトワール様は、私の頭を撫でるのをやめ、顔を上げていつもの美しい微笑みを浮かべた。


「話を聞いてくれてありがとう。優しいあなたを殺したくないわ」


 そう微笑むエトワール様は神の審判のように思えて、私は言う。


「……エトワール様が殺すとおっしゃるのなら、お心のままに」


 私の言葉に目を丸くしたエトワール様が、また少女のように笑う。


「ふふふ、仕方のない子。……全て忘れておしまいなさい。わたくしのとっておきの秘密を教えてあげる。……“忘却魔法”」




 朝、目が覚めたら私は一人だった。何も覚えていない。ただ、とても悲しい気持ちになって涙が溢れた。




 翌朝、私の婚約者が死んだ。人という跡形もないくらいに殺されていたらしい。

 良好な関係を築いていると思っていたから、とても悲しかった。婚約者の死に様は、かの“マイゼン伯爵家惨殺事件”とそっくりで、猟奇的殺人鬼がいると社交界で話題になり、人々は屋敷に引き篭もるようになった。




「あぁ、愛おしいわたくしのジョセフィアリーヌ様。あなたに近づく汚物は全て無くして差し上げますわ」



 そんな女神のような声が聞こえた気がした。




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