エピソード2 エトワールの部屋の秘密
「あら、頭に花びらがついているわ」
そう言って花びらを摘むエトワール様の指は、貴族令嬢と思えないほど荒れていた。
思わず驚いてその手を見ると、視線に気がついたエトワール様が言う。
「……あぁ、これ? 恥ずかしいわ。わたくし、肌が少し弱いみたいで」
困ったように笑うエトワール様の心を晴らしたくて、私は平民の主婦たちにも人気な軟膏を買ってエトワール様に渡した。肌が少し弱いと言ったエトワール様の手は、私がボランティアでよく訪れていた孤児院の院長の手とそっくりで、院長に聞いたら、水仕事をするとよくこうなると言っていたことがあったからだ。院長にもこの軟膏をあげたら喜ばれた経緯もあって、エトワール様からは、水仕事をしたかなどは聞き出さずにそれを渡した。
「ありがとう。嬉しいわ」
軟膏の入った小瓶を抱きしめたエトワール様の微笑みは、とても幼い少女のようだった。
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「……エトワール様のお部屋の窓が室内と室外で違うなんて……どういうことかしら」
私の言葉に、お父様が思いついたように手を打った。
「浴室じゃないのか? エトワール様のために用意された浴室があると、マイゼン伯爵にお伺いしたことがあるぞ?」
お父様の言葉に、私はお父様を睨みながら言った。
「なんでお父様がエトワール様のそんな話を知っているのよ。気持ち悪い」
私の言葉に、お父様が慌てたように言った。
「い、いや。娘がエトワール様に憧れていると言ったら、マイゼン伯爵がいろいろと話してくださってな」
慌てるお父様を横目に屋敷の図面を覗き込む。たとえ、浴室なら、この図面に載っていないのがおかしい。それに、エトワール様のための浴室に、こんな外から見えるような窓があって……それなのにこんなにも暗い部屋が浴室であるなんてことのもおかしいだろう。
私が首を傾げると、お父様も図面を覗き込んできた。臭いから離れて欲しい。
「とりあえず、私が中に入って確認してこようか? いやでも、ジョセフィアリーヌを一人ここで置いていくのは……」
ぶつぶつと悩み込むお父様に、私は耳打ちした。
「お父様。あの魔法、今こそ使うべきじゃない?」
私の言葉に動きを止めたお父様が小さく唸り始めた。
「うぅん。こんな場所で使わせるのもな……ジョセフィアリーヌの魔法は希少だから……」
魔力があることさえ登録すればいいこの国で生まれたおかげで、私はこの特別な固有魔法を国に報告しなくて済んでいる。お父様の目算では、確実に国に囲い込まれるそうだ。
しかし、一家が惨殺されたこの場所に来るような風変わりな人間は、ここにいない。
「……“探知魔法”」
お父様の静止を無視し、私は魔法を展開した。
焦って話しかけてくるお父様の声を無視して、少しずつ壁の向こうを探っていく。窓のすぐそばにバスタブがあった。やはり浴室かと思いながら、その先を探る。小さなベッドに拘束具。鞭のようなもの。用途のわからないものばかり見えてくる。
ついでに横のエトワール様の部屋も覗いてみる。そして、首を傾げる。とても年頃の少女に向けて作られた部屋ではなさそうだ。年配の男性が好みそうな家具に、壁紙。そしてこちらにもある使い道のわからない道具たち。そして、
「ジョセフィアリーヌ!」
お父様の声に、私は我に帰った。そして、今見た不思議な光景をお父様に伝える。私の話を聞くにつれて、お父様の表情は徐々に悪化していった。そして、私の両肩を抑えて真剣な表情で言った。
「やめて。お父様、臭、」
「ジョセフィアリーヌ。絶対に今日見たことを誰にも話すな。そして、全て忘れろ。わかったな」
いつも通り嫌がろうとした私は、お父様のあまりにも真剣な瞳に頷いてしまった。
その後、お父様は私の魔力の痕跡を消し、館の売却を早めることにした。
だからこそ、途中までしかお父様に話すことができなかった。私の見た痕跡はそれだけじゃない、と。
凶器を握りしめ、あの美しい微笑みを浮かべたまま、事切れたマイゼン伯爵を肉片に変えていくエトワール様の姿を見た、など。




